彼女の剣
前線にいる騎士達が攻撃を開始する前、レーネが先んじて動く。彼女はまず剣を地面に突き立てた。
それと同時に一団を囲む魔物達も動く。複数いるリッチがまったく同時に杖を掲げ、魔力が生じる。
「魔法……それにしっかりと統制が執れているな。どこかで指示を出しているのか?」
雪斗が疑問を口にすると同時、リッチが一斉に魔法を射出する。炎、雷、氷――様々な属性の魔法が降り注ぐ様は、騎士からしても絶望的に違いない。
けれど、レーネは表情一つ変えず剣に魔力を込め――刹那、一団を取り巻くドーム状の結界が形成された。
一瞬のうちに生じた結界は、リッチが放った魔法の数々を全て受け止め、なおかつヒビ一つ生じないまま揺らぐことなく維持される。それを見て雪斗は一言。
「結界の規模、大きくなったな」
「当然だ。修練を欠かさなかったからな」
レーネは応じると突き立てた剣を抜き、素振りして土を振り落とす。
「結界は魔法を防ぐものであり、魔物の突撃はそのまま通過してしまう! 応戦する態勢を整えろ!」
彼女が指示を行うと、騎士達はそれに応じ素早く動く。同時、魔物の雄叫びが響くと一斉に襲い掛かってきた。
雪斗はそれをじっと眺め、イノシシのような大型の魔物が最初に結界を通過したのを確認。それに対し騎士も応じる。まず盾を持った一人がそれを真正面から受け止め――動きを止めた。
(あれも霊具……容易に魔物の突撃を防げた以上、ディルの見立て通りの強さといったところか)
雪斗が断じた直後、騎士の剣や槍が魔物へと注がれる。一度悲鳴じみた声を上げたイノシシ型の魔物は再度突撃を試みようとしたようだが――身じろぎくらいしかできないまま滅んだ。
「よし、いけそうだな」
レーネが呟く。それと同時に彼女は戦場へと駆けた。
(遠距離攻撃は魔法を防ぐもの。そして持ち前の能力で接近戦を挑み、撃破していく)
雪斗は作戦を理解し、結界へと目を向けた。
――レーネが持つ『聖霊剣』の最たる特徴は、その魔法防御能力にある。この世界では武具などを利用した直接攻撃を物理攻撃、魔力の塊を魔法として放つ攻撃を魔法攻撃として区別している。レーネが防げるのは後者の魔法攻撃。強力な魔法でも彼女ならばダメージはゼロになるほど、魔法攻撃に対する耐性が強化される。
例えば魔力をまとった剣による攻撃は物理攻撃扱いで、レーネの結界では防げず、ドーム状に形成された今回の結界も透過してしまう。だが魔法攻撃は全てを遮断する。無論強力な魔法ならばその限りではないが、雪斗は彼女の結界が破られたのを一度――邪竜との戦いにおいてのみしか見たことがないため、今回は問題ないだろうと悟る。
そしてレーネが結界の外へ出て魔物へ仕掛けた。近くにいた剣を握るスケルトンが応戦しようとしたが、剣を振りかざす前に首をはねて対処する。続いて彼女へ突っ込んでくる狼。首に食らいつこうとする動きだったが、レーネはそれを見極めて避けると、即座に狼の頭部へ剣を叩き込み、撃破する。
雪斗ほど派手ではないし、まとめて倒すといった無茶な真似はしていないが、それでも一体一体正確に剣を薙ぎ、倒していく。彼女の『聖霊剣』は身体強化や集中力の増加もあり、剣の正確さなどが向上する。それによって剣を外すことなく一太刀で魔物を切り伏せていく。
大丈夫だ――雪斗はそう確信しグリークへ視線を移す。当の大臣は無表情に徹し、心を読まれないようにしている。
(問題はこれが予定通りなのか、それとも予想外なのか……どちらにせよ、面倒なことに代わりはないけど)
次に何が起こるのか。この魔物達で一団をどうにかできるとは思っていないはず。
(敵の狙いはこの場に俺達を留めておくこと、でいいんだろうな……しかし縫い止めてどうする? ジークはこの状況に気付いていないはずはないから時間が経てば援軍が来るはず。その間に決着をつけるとすれば、こちらを押し潰すだけの戦力もしくは邪竜級の能力を所持する魔物が来なければ話にならないはだず)
「ディル、索敵しているか? 周囲に敵は?」
『やってるけど殺意を持つ気配は囲んでいる魔物だけだね』
「他に怪しい存在はいるか?」
『いるにはいるけど、姿は見えないよ。森の中にいるし』
雪斗は西側に目を移す。そこには結構な広さを持っているであろう森林地帯が広がっている。
『それに、力そのものは低いし戦力になるような存在じゃないね』
「戦いを観察しているヤツかもしれないな……レーネに連絡して倒すか? それとも俺がやるか」
けれどグリークを野放しにするのは色々な意味でまずい。どうすべきか迷っていると、レーネが思わぬ行動に出た。
包囲された一角の魔物を全て撃破した後、彼女は周囲の騎士を見回し、
「結界内に入ってくる魔物を迎撃せよ! 私は森の奥にいる魔物を倒す!」
そう言って駆けた。身体強化もあってレーネは数瞬で森まで到達し、中へと入って行く。
『……観察する魔物に気付いたみたいだね』
「森の中は罠の危険もあるけど――」
『あっ』
雪斗達が会話をするうちにディルが声を上げた。
『レーネ、あっさりと倒したよ』
「特に罠もなしか……」
程なくして姿を現すレーネ。そして適宜騎士達に指示を出しながら、魔物を撃滅していく。
現状、戦闘については順調で問題ない――だが雪斗は警戒を怠ることなく、敵が次にどのような一手を打ってくるかを思考する。
そうした中、いよいよ魔物との戦いに決着がつく。レーネが奮戦したことにより圧勝。犠牲もなく、敵の罠を打ち破ったかのように見える。
「ディル、どうだ?」
『援軍の様子はないね』
本当にこれだけだったのか――そんなはずはないと雪斗は思う。
もう一度グリークへ視線を移す。相変わらず難しい顔をしている大臣であり、この事態を見極めようとしている節もある。
「……予定外の事象、ですか?」
なんとなく問い掛けると、グリークはほのかに笑みを浮かべ、
「どういう理由にせよ、魔物との戦いは避けられないということでしょうね」
(――手を組んではいるが、さすがに行動全てを知るわけではないか)
雪斗がさらに口を開こうとした時、レーネが戻ってきた。
「終わったぞ。苦戦もなく倒せたのは良かったが……これで終わりとは思えないな」
「俺も同感だ。ともかく進もう。夕方までには町に辿り着きたいだろ?」
「ああ、そうだ。すぐに出発を――」
その直後だった。突如、うめき声が聞こえた。
何事かと思った矢先、声の主が――グリークへ視線を注ぐと、彼は胸を押さえうずくまっていた。
「大臣……!?」
「これ、は……!」
何かを悟ったような声。次いで雪斗は気付く。グリークが身につけている紫色のペンダント。それが不自然なほどに輝いている。加えてそこから魔力を感じられた。しかもそれは、
(邪竜の魔力……!?)
輝く石から禍々しい力。それは嫌というほど体感した、忌まわしき魔力。
(光るまでは何の力も蓄えていない石だったはず……それが突如――もしや、敵の狙いはこの石が発動するまでの時間稼ぎか?)
疑問を浮かべながら雪斗は大臣へと詰め寄る。狙いはペンダント。それを破壊、もしくはグリークの手の届かない所へ弾き飛ばせばこれ以上の異変はないはず――
だが雪斗が足を踏み出した直後、グリークの雄叫びが周囲に響き、彼の体が突如漆黒に覆われ、それが火柱のように噴き上がった。




