王の決意
魔物の声にも聞こえる外から音は――騎士が所持する笛。敵襲の合図だった。
「何……?」
レーネが呟く。それと同時に突如馬車が止まった。
次いで外から騎士が扉を開け、状況を報告する。
「魔物の襲撃です! 街道を囲むように魔物達は布陣! 我らに威嚇を行っています!」
報告に、グリークが息を呑むのを雪斗は目にする。様子からどうやら予定外の出来事。
彼の驚く様は一瞬で消えたが――魔物相手の取引ならば裏切られても当然であるため、こういう反応はしないと雪斗は思う。むしろなぜ、信じられないという思いが強い雰囲気。
つまり、グリークは魔物の主君に対し仕事をきちんとするという信用を抱いていたわけだ。
(主君が誰なのか、予測はそう難しくないかもしれない……ともかく今は魔物の討伐だな)
予定外のことならば、むしろ気合いを入れ直さなければならない。レーネに視線を送ると彼女は頷き、雪斗達は同時に馬車を出た。
次いでグリークも外へ出る。周囲の状況の確認のためか。
雪斗はまず視線を巡らせる。馬車は街道に沿って進んでいるが、そこから外れた場所に数十体の魔物がいた。
「俺がいることを察しているなら、この数はむしろ少なすぎるくらいだが……レーネ、現在地はわかるか?」
「ああ。町まで距離があるな……王都側がこちらの状況に気付いてもすぐに援軍できるような場所でもない」
答えながらレーネは目を細める。敵としては絶好の狩り場ということか。
「転移魔法が使える距離ではないが、それでも魔法を使えば二時間程度でここには辿り着くだろう。相手がそこまで悠長に待ってくれるとは思えないが」
「確実に言えるのは、ここからさらに敵が増えるだろうってことだな」
雪斗の発言にレーネは頷き、
「ユキト、あなたはグリーク大臣の護衛を」
レーネは告げると同時に剣を抜き放ち、白銀の刃が太陽光に照らされる。
「ここは私が応じよう」
「いいのか?」
「ああ、数的にも私と護衛の騎士で応じることができる」
彼女は雪斗と目で会話をする――グリークを観察していてくれ。
(周囲の魔物より、グリークを警戒しているというわけか)
先ほどの驚きもブラフで、何か隠しているという可能性もあるとレーネは判断したようだ。
雪斗はここで周囲にいる魔物を確認。大半は近接戦を行う種類だが、漆黒のローブを身にまとい、杖を持った骸骨――リッチが何体も存在し、布陣が多少なりとも厄介。だが、
「ディル、敵の気配から察するに、その実力は?」
『召喚された直後に交戦した魔物と同レベルだと思うよ』
「なら問題はなさそうだな」
そう断じた雪斗は事の推移を見守ることにした。
* * *
一方、城側は「大臣達が魔物に取り囲まれている」という状況を知った矢先、慌ただしく動き始めた。
「敵は会議場に到着する前に仕掛けてきた……これが大臣の思惑通りなのかはわからないが」
ジークはそのように翠芭へと語る――場所は召喚直後に訪れた観察部屋。中央の光の奥には既に雪斗達が映り込んでいる。ちなみにこの場には翠芭以外に信人がいて、貴臣は雪斗の指示により、鍛錬を続けている。
「魔物の数からすれば、ユキト達を倒せるほどの戦力ではないし、何か目論見があると考えていいだろう」
会話の間に光の奥に見えていた人物――レーネが動き出す。
「まずはレーネが動いたか」
「大丈夫なんですか?」
翠芭の問い掛けにジークは頷く。それは彼女を信頼していることが明確にわかる所作。
「レーネもまた『邪竜』との戦いで貢献し続けた騎士だ。実力的に王都にいる騎士の中で上位に入るだろう。霊具を操っていることもあるが、その力は保証する」
述べてからジークは信人へ視線を向けた。
「とはいえ霊具を暴走させた君に勝てなかった事実もあるため、不安に思うかもしれないが……あれは相性が悪かったという面もある」
「それは本人からも聞いています」
信人は応じると、再び目をレーネへ。
「霊具同士の戦いなんかでは相性もある……そして霊具はそれぞれ個々に特性があると」
「その通りだ。レーネが持つ霊具も驚異的な力を持つのは間違いない」
「今回の敵はどうなんですか?」
「さすがに魔力を捕捉することはできないが、ユキトが敵の能力を見誤ることはないし、レーネも一人で十分だと判断したのだろう。いくら邪竜の力を宿した魔物と言えど、霊具を使いこなしているレーネの敵ではない。加えて」
ジークは光の奥を注視し続ける。
「どうやら魔法を扱う魔物が多いようだが……そうであればレーネの真価が発揮される」
その時、光の奥で変化が。騎士達が動き始め迎え撃つ態勢に。
一方で雪斗はまだ動かない。グリークへ視線を注いでいることから、大臣に対し警戒を示しているようだ。
「陛下」
そこで室内に騎士が報告に現れた。
「出撃準備、整いました」
「では早急に援護に向かえ。それと同時に周辺の安全の確保と他に敵がいないかの確認を。場合によっては首謀者がいる可能性もある。その場合は即座にユキト達と合流し、対応するように」
「はっ!」
指示を受け騎士はすぐさま部屋を離れる。強襲を受けた時点でジークは既に動き始めていた。いつでも対応できるよう準備はしていて、ジークはテキパキと指示を行っていく。
――若き王であり翠芭とさして変わらない年齢のはず。しかし王として国を背負う存在として、人々を救うために陣頭に立っている。彼女としても良い王だと理解できた。
やがて一通り指示を終え、ジークの目線は再び光の奥へと戻る。
「……すまない、異界の者達」
そして次に告げたのは、謝罪の言葉だった。
「大臣に対抗するために色々と動いてはいた……が、おそらくあなた方が……そしてユキトが戻ってこなければ、多大な犠牲が生まれていただろう。こうして無理矢理召喚され、本当に申し訳なく思っているが――」
「私だって、何もしていませんし……」
翠芭の返答。それにジークはほのかに笑みを浮かべ、
「聖剣を握り、戦う意志を示したと聞く。それだけで十分だ……この国の代表として、感謝する」
彼の礼と同時に翠芭の体は一度ブルッと震えた。王様から感謝されるとは、思ってもみなかった。
「必ず、元の世界へ帰れるよう手はずを整える……その前にグリークとの戦いだ。何も知らない者達が召喚されただけなら、私は窮地に陥っていたかもしれないが、ユキトが戻ってきた……それにより潮目が変わった」
「潮目、ですか?」
「ああ。大臣は内心ユキトの登場に慌てている。それにより大臣と手を結んでいる主君側もどうやら動き出した……元々両者は今回の会議で何か事を起こそうとしていたのだろう。そこへ急遽ユキト達を護衛にした……裏があるに違いない」
――あれほどの実力がある雪斗に対し罠を仕掛ける。となれば相応のものであるはずだが、
「だがユキトにはどうやら切り札もある。それも敵が想像もできないような手法が。罠を必ず食い破れると思うし、この国の騎士団が彼を支える」
語り、ジークの顔に苦笑が浮かんだ。
「僕達が主導的立場になれないことが悔しいが……ユキトのために、彼の望みを叶えるべく、全力で支えよう」
その言葉はきっと、終末を迎えようとしていたこの世界を救った雪斗達に恩義を抱いているものだろう。そう強く確信させるほど、ジークの言葉は決意に満ちていた。




