主導権
眼前にいるグリーク大臣を見据え、雪斗は真っ先に思う。まずは主導権をこちらが握る。
頭は冷静であったが、召喚されたことにより怒っているように見せた方がいいだろう――そんな風に雪斗は思い、実行した。
「お前らは……まだこんな、馬鹿なことをやっているのか」
ボソリという表現が似合う声音で雪斗が語る。それをグリークはどう感じたか。
また背後にいるクラスメイト達は反応がない。ただ雪斗としては好都合。彼らが動き出す前に、ここでの話し合いに片をつける。
「……ま、待ってくれ、ユキト殿」
やがて、グリークはそう声を発した――ちなみに姓名で、本名はザン=グリーク。召喚されたこの国の権力中枢にいる存在で、雪斗としてはあまり良い感情を抱かない存在。
「その様子だと、俺がここにいることは想定外みたいだな」
雪斗は続ける。相手はまたも声をなくし、二の句が継げなくなっている。
「まあ当然か……俺みたいな何もかも知っている存在が現れてしまったら、召喚した面々に対し主導権を握れなくなるからな」
グリークは沈黙。そこで雪斗は間髪入れずに質問をした。
「世界に危機が迫っていると言ったな?」
声にグリークは一度体を震わす。
「それは……本当のことなのか?」
問いに、大臣は答えない――その所作で、雪斗は一つ推測した。
(少なくとも召喚されるだけの理由はあるんだろう……が、世界存亡の危機とまで言うのは、過剰表現ってところか)
なおかつグリークはどう応対すべきか迷っている。ここで雪斗に対して下手に出たら、主導権を握ろうとしたクラスメイト達に舐められる可能性がある。
かといって誤魔化しは通用しない――グリークは雪斗が前回召喚された時、何をしたかを克明に理解している。その所行を思えば、下手な嘘はまずいことになるとわかっている。
「……とりあえず、話については俺が聞く」
そう告げると、グリークは表情を硬くして、
「しかし――」
「部屋は既に用意しているんだろう? さっき、まだ余裕はあると言っていたな? 部屋で落ち着くくらいの時間はあるんじゃないのか?」
尋ねるとグリークはまたも沈黙。どうすべきか――ここで相手に葛藤が生まれた様子。完全に主導権を奪われる。それについては避けたいようだが、雪斗はここでさらに追及する。
「時間がないと言うのなら、状況を説明できる人をここに呼んでくれ。危機というのなら、俺が対応する」
その言葉で、グリークは奥歯をギリッと噛みしめた。どうすべきか――必死に考えている。
この間に背後にいるクラスメイト達にも変化が。またもざわつき始めたが、さっきとは少し様子が違う。
どうやら雪斗の行動に対し反応している様子。ただ召喚された状況に対し理解が追いついていないため、彼らとしては事の推移を見守るしかないようだった。
雪斗はその中で、視線を浴びながらじっと大臣を見据えながら考える――グリークが主導権を握っていた場合、確実に背後にいるクラスメイトは、戦いの道へと進んでいただろう。
それを確信し、雪斗は思う――前回の召喚における戦いは熾烈を極めた。今の雪斗はそれを振り返り、あんな馬鹿なことをさせるべきではないと考える――
強い決意を胸にグリークと向かい合い――やがて、
「……わかりました。皆様、部屋へとご案内致します」
その顔には計画が上手くいかず、苦々しい様子がありありと出ていた。
雪斗としては上々の成果――しかしそれと共に次に何をすべきかを考える。
(まずは、状況把握……なぜ再び召喚が行われたのか。とはいえグリークから聞き出すのは重要な話をはぐらかされる恐れもある。誰か他の、信用できる人物から聞こう)
雪斗が前回の召喚でやった所行を思えば――そういう人物はいくらでもいる。
(けど、経緯はどうあれ答えは一つか。すなわち)
グリークが案内を始めようとするのを眺めながら、雪斗は心の内で呟く。
(再び……『迷宮』に支配者が現れたんだ――)
グリークの先導により雪斗達は休める部屋へと案内される。基本的には個室でなく二人ないし三人部屋なのだが、雪斗だけは別だった。
「これは俺への当てつけか、それとも過ごしやすいようここを薦めたのか……」
苦笑する。目の前には一枚の白い扉。雪斗は入らなくてもわかる――ここは前回召喚された際に使っていた部屋だ。
部屋に入るか迷い廊下に立ち尽くしていると、横から声が。見ればメイドの案内に従い雪斗のクラスメイト達が部屋に案内されていた。
その中には翠芭の姿もあり――雪斗と目が合った瞬間、彼女は近寄ってきた。
「あの……」
そこで、口が止まった。雪斗はそれが名前を思い出せないからだろうとなんとなく直感する。
グリークはユキトという名を告げたが、それは下の名前だろうから呼ぶのが躊躇われる――そんなところだろう。
「……質問なら、答えるよ」
ひとまず雪斗は助け船を出した。すると翠芭は少し逡巡した後、
「ここへ、来たことがあるの?」
「ああ。一年前……同じように召喚された」
――こちらの世界ではどの程度時間が経過したのか。それも確認しなければと雪斗は思う。
「ここはフィスデイル王国首都、ゼレンラート。大陸中央部に位置する国家で、領土も大きく大陸屈指の軍事大国でもある」
「軍事大国……そんな国でも窮地に?」
彼女の言葉に雪斗は少し思案した後、
「大臣はそう言っていたが、実際はどうだろうな。状況は前回と大きく違うみたいだ」
前回の召喚――それは間違いなく、世界の危機だった。
「前に召喚された時は、城内もずいぶんゴタゴタしていた。こんな風に部屋をあてがわれはしたが、廊下に人が行ったり来たりしていて慌ただしかったのを憶えてる。けれど今は違う」
雪斗は耳を澄ませる。少なくとも、城内で混乱が起きているようには感じられない。
そこで雪斗は翠芭に背を向けると、部屋の扉を開けた。その先にあったのは、ひどく見慣れた部屋――白い内装にベッドとテーブル、いくつかの戸棚があるだけのこじんまりとした部屋。雪斗は前回召喚された際、功を上げそれこそ大人が十人は並んで寝られるようなベッドのある部屋に案内されたこともあるが、結局この部屋の居心地がよくて最後までここを利用していた。
雪斗は無言で部屋を進み、窓を開ける。途端、冷たい風が体を撫で、目の前に異世界の景色が映る。
城はずいぶんと高台にあり、眼下には広大な町並みが存在していた。やや遅れて翠芭が窓に近寄ると、その景色を見据え、
「……綺麗」
「この景色はいくら見ても飽きなかったな」
町の向こうには雄大な山々が連なっており、見る者を圧倒させる。前回召喚された時、雪斗は嫌なことがあれば部屋にこもり景色を眺めていた。それがこの異世界で一番癒やされる時間だったかもしれない。
「……前回召喚された時は、町中から悲鳴が聞こえた」
雪斗は告げる。それに彼女は険しい顔となり、
「でも、今は違うみたいだけど……」
「そうだな。どうやら前と比べて状況は悪くないみたいだ――」
「ということは……」
「世界の危機、とはほど遠いかもしれない……大臣は危機と言って無理矢理戦わせようとしていたのかもしれない」
雪斗は右腕を上げ、手のひらを見据える。そして少しばかり逡巡した後、軽く腕を振った。
すると変化が。突然、雪斗の手に何かが出現する――
「え……?」
彼女が思わず呟いた。雪斗の手に握られていたのは、剣。柄の先端から刃に至るまで全てが黒い剣だった。