壮大な野望
「……そもそも、だ。あんたの狙いが『魔紅玉』であることはわかっている。それだけなら迷宮攻略をするだけでいいわけで、敵と手を組む必要はないはずだぞ?」
雪斗の発言に、グリークは肩をすくめる。
「手を組んだ、というのも少し語弊があります。相手側から私に話を持ちかけてきた……断っても良かったのですが、利があるとして受け入れたまで」
「利だと?」
「ええ、私の名声を高めるための、ね」
話を持ちかけたのは敵だが、グリークはそれを利用しようとしている。今度は自らが表舞台に立ち、聖剣所持者と共に民衆から支持を得る。
内外からの名声を利用し、支持を得る――そうなればジークは孤立し、傀儡どころか最悪王位簒奪もあり得る。
(グリークが権力を手にして王となるための準備をしている、といったところか)
おそらくジークの味方の勢いが増していることも関係しているだろう。王となるためには彼らが邪魔であり、魔物達を利用しようと考えた。
だがここで最大の疑問が生じる。
「魔物は、憤慨しているんじゃないのか? あんたは魔物側にとって、最悪の敵を生み出してしまったわけだぞ」
「それも予定の内ですよ」
予定――敵は聖剣所持者を召喚することも念頭に置いていたということか。
その狙いは何なのか。雪斗は思考をしながらなおも尋ねる。
「敵と手を組むことに利益……『魔紅玉』以外に何か欲しているものがあるのか?」
グリークは笑みを見せるのみ。否定とも肯定ともつかない表情。
そうした顔を見据えながら、雪斗はなおも思考する。
(こうして一緒に馬車に揺られているのは、罠にはめて俺やレーネを始末するため……ただよくよく考えれば俺を討つにしてもこんな公的な場ではなく、もっと有利な戦場を用意することができるはず。けれどグリーク達はこんなやり方を選択した。それはなぜか――)
「……そうか」
雪斗が思案する間に、レーネが呟いた。
「ユキト、わかったぞ……大臣の狙いが」
鋭い視線をグリークへ投げるレーネ。
「大臣と魔物との取引は推測だが……これは迷宮攻略のためだろう。魔神の力を得ているとはいえ攻略するのは難しいと判断した」
魔神の魔力ならば迷宮はフリーパスなのでは――と考えることもできるが、これは誤りである。実際そうした力を所持した存在が迷宮に入り込んだが、無残にも殺された。
迷宮の魔物は、迷宮の主にしか動かすことができない。これは絶対的な法則で、だからこそ迷宮の魔物を外に出すことができた邪竜は恐ろしかった。
「大臣と手を組む主君とやらの狙いは迷宮の何か……『魔紅玉』だけが全てではない。魔神からすれば、あの迷宮に眠る力はよほど魅力的だろう」
「つまり、迷宮そのものに用があると」
「あくまで推測だが……大臣と手を組む動機としては一応理由にはなる」
そう述べたレーネは、大臣をにらみつける。
「魔物襲撃も勇者召喚をするための口実……そして、今回の大陸会議だ」
「会議で何かするってことか?」
「ああ。大臣は会議の席上を襲撃し、要人を抹殺するつもりなんだ。それにより国力を下げ、このフィスデイル王国――ひいては大臣の発言力を他国に対しても高める」
――こうした戦いは前回召喚された際もあった。国同士が窮地に立たされ連携を模索するために各国の王や要人が一堂に会した。そこへ邪竜の一派は襲い掛かってきた。
「そして私やユキトを同行させたのは、この戦いで評判を下げるためだ」
「……犠牲者を出すことによって、俺達の国際的な地位を減らすって寸法か」
大臣ならばよからぬ噂などを立てることなど決して難しくない。つまり今回会議に赴くこと自体が――罠。
「聖剣所持者などを統率するユキトが邪魔であったため、今回魔物側の指示を受けて仕掛けることにした……そんなところだろう」
グリークは何も語らない。相変わらず微笑を浮かべ反応をひた隠している。
さすがに肯定するようなことはなかったが、雪斗は大なり小なりそういう目論見があるのだと雪斗も理解はできる。
ただ、一つ引っ掛かることもある。
(俺という存在があるからこうした罠を用意した……いや、違うだろうな。元々計画があり、それを利用して俺を潰そうと考えたか)
グリークは雪斗の能力を克明に把握している――それにも関わらず計画が成就すると考えているのだとしたら、よほど作戦内容に自信がある。あるいは、
(敵を潰すだけなら容易にできるが、護衛するとなればさすがに援護なしではキツイ……敵の主君という存在が出てきたのなら邪竜の力を所持した魔物がいてもおかしくない。霊具を持つ護衛が多数いるにしても邪竜の力は脅威で、俺やカイでなければ対応できないくらの難敵もいた。そういう存在がいるとすれば、犠牲者が増える可能性がある)
とはいえ、雪斗自身決して厳しいとは思っていない。現在貴臣が鍛錬している『空皇の杖』――その力を使い、天に「呼び掛ければ」全てを救うことができる。
(今日中にはできると語っていた以上、会場に到着して騒動が起きても対応はできるはずだ……グリークを含め切り札については誰も認識していない。邪竜の記憶を主君が継承していれば話は別だったかもしれないけど、そういうわけじゃないから挽回はできる)
もしそこでグリークの目論見を潰すことができれば――ただ失墜させるには証拠がない。そこがやはりネックだった。
「……さすがに、騎士レーネが語るような真似はしませんよ」
沈黙を置いてグリークは返答。しかし雪斗は、
「最終目的は、この国だけでなく大陸に存在する国々を支配するつもりか」
「いえいえ、そんなことは――」
「いや、お前は心のどこかでそう考えている……要人を全て始末し、自らが英雄になることができれば、そんな夢物語も不可能じゃないと」
雪斗の言葉にグリークは肩をすくめるだけ。ただその瞳の色は決して全てが妄想であるとは思えない――そういう目論見があるように感じられた。
「……そうまで権力を得て、何をするつもりだ?」
「逆に問いますが、なぜ力を持っているあなたが権力を得ようとはしないのですか?」
質問に質問を返された。訝しげな視線を投げると、グリークは苦笑する。
「これは『白の勇者』カイ様にもお話しさせていただきましたが、あなたのような力があれば、それこそ国を牛耳ることが可能なはずです」
「力だけ持っていても、国を統べることはできない」
「邪竜を倒す者達の中には素晴らしい人材がいた……それこそ、一国を支えることができるほどの。そこに勇者が加われば、より素晴らしい国家ができたはず……いえ、国を統べることはなくとも、その力をもってしてこの世界において望み通りの暮らしができたはず」
「俺達の行動が変だって言いたいのか?」
「あまりにも欲が希薄だと言いたいのですよ。人は食欲や性欲など生理的欲求に加え、知識や権力などを欲するという欲求を持ち合わせています。邪竜を滅したあなたはその全てを手に入れることができた。けれどあなたは元の世界へと帰った」
「それこそ、俺の望む物だったからな」
明瞭な言葉――勇者としてこの世界につなぎ止めるものは確かにあった。けれど、それに背を向け雪斗は帰還した。
「それに、大臣の考えは少し違う。俺達にも欲求があった……元の世界に帰るという、強い欲求が」
雪斗の頭の中に過去の情景が思い起こされる。白の勇者だったカイの望み。他の仲間の会話、死に際の願い――それらが蘇り、雪斗の胸の中にチクリとした痛みが走る。
けれど、そうした感情を表に出すことなく、雪斗は告げる。
「カイは想い人の下へ帰るために……ある者は誰かを救い続けたいとして医者になることを志したり、あるいは元の世界の日常に回帰したいと強く願う者もいた……欲求はこの世界に向いていなかっただけで、俺達の中には確かにあった。聖人ってわけじゃない」
「それは今も変わらないのですか?」
「ああ、そうだ。俺はクラスメイトにできることなら戦わせたくない。その上で、全員元の世界へと帰す」
強く決意に満ちた言葉。それと共に雪斗は一つ問い掛けた。
「寝返るよう説得でもしようと思っていたのか?」
「可能性があるのなら、と思っていましたよ」
「悪いがあんたがどれだけ俺の願いを叶えることができるとしても、友人を倒そうとしている人間には味方しないさ」
「陛下のことを言っているのですか?」
「そうだ」
「なるほど、陛下と敵対する以上、仕方がありませんね」
そこでグリークは笑みを消した。
「改めて言いますが、会場に到着した際、護衛をよろしくお願いします」
それは間違いなく、宣戦布告――雪斗がグリークをにらみ返した時、窓から漏れる太陽の光に反射したか、グリークが身につけていた紫のペンダントがわずかに光った。
すると目線に相手もまた気付いたようで、
「ああ、これですか。主君からの贈り物ですよ」
「……魔物から贈られた物を身につけるとは、よほど相手を信用しているんだな」
「ええ、そうですね」
笑みを返す――どこか狂気が宿っている。やはり敵は大臣に気付かせないよう思考を誘導している。
(警戒心の強いグリークにこうした装飾品を身につけさせる存在。それは――)
その時だった。突如ピィィィィィという笛のような音が、外から聞こえた。




