違う感情
「――それじゃあ、よろしく頼むよ」
『了解』
電話口の向こうでイズミが応じる。それに対し会話相手であるカイは通話を切った。
場所は自室。放課後で家に帰って今後の方針などをイズミに伝えた。
やれることは全てやっている、とカイは考えている。そして現状では考え得る限り、最適なパフォーマンスで敵を倒し続けている。
「相手の出方は気になるけれど、今度は相手が何かをするより前に仕掛けられるかもしれない」
カイはそう述べつつも、邪竜はそう簡単に尻尾を出さないだろうとも考えていた。異世界における戦いで、邪竜は幾度となくカイ達の予想を裏切り攻撃を仕掛けてきた。そうした中で仲間が一人、また一人と倒れ続け、迷宮内で最終決戦を行う際は、間違いなくギリギリだった。
「……相手の想定を上回る戦力を揃える必要があるな」
ただ、ここにも一つ懸念があった。邪竜はカイ達が召喚された際に様々な調査を行ったはずだ。内通者なども多数いたことから所持していた霊具の情報などもあったに違いない。
ということは、記憶を取り戻した仲間の能力についてもおおよそ推測できているはずであり、場合によっては先読みし対策される恐れもある。
「霊具そのものを大きく変えたものにするべきか?」
仲間の魔力特性などは頭に入っている。現在はまだまだ検証段階であるため、記憶を戻した仲間に託す武器は、召喚された際に扱っていた霊具に近しい物にするべきだろう。そうでなければ異世界で使っていた武器との比較ができないため、検証が困難になる。
ただ、そういった特性などをきちんと分析して霊具の量産体制を確立すれば、仲間に付与する霊具はわざと別の物に変える、という手もなくはない。確かに仲間は記憶を持っており、魔力を操ることができる。ただ、必ずしも同じような霊具を持つ必要性はない。
「これもリスクがあるのは間違いないけれど……」
カイは椅子に座り考え込む。自室にある勉強机には所狭しと今回の一件に関する資料が積まれている。
それらに目を通しながらカイは邪竜の動きを推測しようと試みる。現状ではヒントがない。そもそも邪竜が何をしようとしているのか、それ自体定かではない。
しかし、カイは邪竜が目的達成の過程であることをするのではないか――と、推察していた。
「……おそらく、僕らと接触してくるだろうな」
それがどういう形なのかはわからない。出現した魔物と共に出てくるのか、あるいは計略によって人気の無い場所などで顔を合わせることになるのか。
どういうやり方にせよ、会話ができるような状況にはなっているはずだとカイは考える。なぜならば――
「……邪竜がもし、僕らと話をしたいとするなら、第一目標は僕である可能性が高いな」
そう呟くと共に、カイはならば邪竜とどういう会話をするのかを推察する。それと同時に、カイは異世界で召喚され、邪竜と戦い続けた日々を思い出す。あの中でカイは、他の仲間とは違う感情を携えていた。
それは結局、ユキトにすら露見することなくカイは邪竜との戦いで死に『魔紅玉』の願いによって生き返った。そして、元の日常に回帰したわけだが、
「僕は思い出せる……思い出せてしまう。あの戦いの中で何を思い、何を考え戦っていたのかを」
――カイは、資料を探る手を止めた。部屋に一時静寂が生まれ、そうした中で目をつむる。
(邪竜は知っている……僕がどういう考えであの戦いに挑んでいたのか)
そして戦いの結末は――霊具に存在していた記憶により、この世界のカイは戦いのことを思い出した。邪竜との決戦。それがどういう経過を辿ったものであったのか。
(僕自身、ユキトが何も言及してなかったことに疑問を感じていた)
そこでカイは記憶が戻った直後のことを思い出す。邪竜との戦いについて、迷宮の最深部で行われた戦いは極めて奇妙な形となった。しかし、最終的に人類が勝利し世界は守られた。
その中でユキトは、目の当たりにしたはずだった――あの戦いで何が起こったのかを。
(けれど、ユキトは記憶が戻った僕に対し言及はしなかった……メイの証言から、どうやらユキトは邪竜との戦いについて記憶を一部分失っている。それが原因だ)
リュシールとの『神降ろし』が原因なのはほぼ間違いなく――カイは思う。この事実をどう考慮すべきなのか。
(話すべきなんだろう、これからの戦いのことを考えるのであれば。けれど)
カイは思考を止める。自分は果たして何をしようとしているのか――
(……いずれ、僕は選択に迫られる)
そしてカイは今後の予想を立てる。
(もし邪竜が姿を現すとしたら……それが僕の目の前であったとしたら、その狙いは明白だ。ならば邪竜は……だけれど……)
部屋の中でカイは考え続ける。それはカイにとって、過去と現在に向き合うこと。仲間と共に戦った鮮烈な記憶。そして、世界を救うために聖剣を手に取り、希望と称える人々。
だが、それ以上に――カイには秘めた思いがあった。けれどそれはひどく利己的であり、決して許されるものではないものだった――




