大臣の狂気
旅立ちまでの間は特に騒動もなく、翠芭達が修練する日々が続いた。そしていよいよ任務当日――準備を済ませた雪斗とレーネは、城を出る前に見送りとして翠芭達と顔を合わせる。
「以前話した通りの動きで頼む。特に貴臣、よろしく頼むよ」
「ああ。使えるようになったらすぐに実行する。指導者からは今日中にはできるって話だから、頑張るさ」
会話を成した後、出発。見送られ雪斗とレーネは二人して城を離れる。城門を抜けた先に馬車の停泊所があるのだが、そこで既にグリークは待っていた。
「お待ちしていましたよ、お二方」
にこやかに語るグリークだが、その雰囲気には魔が備わっていることは疑いなく、雪斗は隠し立てする気もないのだろうと直感する。
加え、いつもの格好に加えて一つ、違う点があった。それは首飾り。菱形で紫色の石がはめられた物。魔力がこもった魔石であると雪斗は見当をつけるが、現時点で力は感じられない。
「今回、私の要望を聞いてもらい感謝します、ユキト殿」
なおも笑みを伴ってはいるが、内心黒い感情で渦巻いていることは明白だった。
(……邪竜との戦いで権力の大半を手にした。今はその大詰めの段階ってところで、俺が邪魔に入った。グリークとしても絶対に俺を始末したいはずだ)
翠芭達が大臣に従うのかわからないが――いや、彼ならば強引な手段で従えてもおかしくない。
(クラスメイト全員が霊具を保有できるだけの魔力を所持しているから乱暴はされないだろう。けれど、例えば霊具を扱えない人間を選び、それを人質にして翠芭を動かすってやり方はある……聖剣所持者には洗脳魔法とかも通用しないから、この方法が無難だろう)
「では参りましょう。お二方は私の馬車に」
グリークの指示により雪斗とレーネは彼の馬車に乗合となる。そして多数の騎士を伴い馬車は走り始めた。
それなりに装飾がしつらえてある車内の窓から雪斗は外を覗き見る。騎士が馬を駆り馬車と併走する姿が映る。
(護衛の騎士は、基本的にグリークの息が掛かっていると考えてよさそうだな。けどまあ、彼に手を出さない限りは向こうも無茶はしないはず。それに魔物が襲い掛かってきたのなら、いくらグリークの手駒とはいえ俺達を妨害するようなこともないだろう)
そして車内にはグリークと雪斗、レーネだけ。雪斗達は大臣と対面するような形で着席しており、訝しむような状況だった。
(俺達が暴れるようなことはしない、というのはグリークも理解しているはずだが、それにしても無防備過ぎないか?)
「いやしかし、見事な戦いぶりでしたね」
考えている最中、グリークが口を開いた。
「召喚直後、都を襲うはずだった敵の殲滅……ユキト殿がいれば、万の兵団ですらも一蹴ですな」
「……どうでしょうね」
雪斗が応じるとグリークは「ははは」と笑う。一見すると和やかな会話だが、グリークが何かやろうとしているのだろうと雪斗は予想する。
(そのタイミングがいつ来るのか……)
少なくとも都からある程度離れた場所だろう――ただ国境を越えて騒動を巻き起こせばグリークとしても政治的なもみ消しなどができなくなる。さらに言えば都から目的地の間には大規模な軍事拠点も存在する。都から離れてもそこに近ければ間違いなく救援が来る。
(罠がある場合はそう遠くないうちに起こるか……下手すると今日中かもしれない)
そう胸中で呟きながら、雪斗は馬車に揺られ続けた。
昼を過ぎ、一度町に停泊して昼食をとった後、再び一団は街道を進む。このまま何事もなく目的地へ到着――とはやはり考えにくい。
「……ところでユキト殿、聖剣を手にした女性については問題ありませんか?」
重苦しい雰囲気となりつつあった車内で、ふいにグリークが問い掛けた。
「ユキト殿がお考えになることは私としても理解できますが、手にしてしまった以上はそうした目で見られることになりますからね」
あんたが仕向けたんだろ――雪斗は心の中で呟きはしたが、口には出さない。
「きちんと指導してもらっているので、どうにかできそうです」
「そうですか、良かった」
諸悪の根源であるにも関わらず、その全てを棚に上げるような言動。ここで雪斗は、少しばかり話を向けてみることにする。
「……大臣も、大変だったのでは?」
「大変、とは?」
「リュシールが亡くなり、国を立て直すのも大変だったでしょう」
これは雪斗にとって最高の皮肉だった――元々グリークとリュシールは対立していた。権力全てを握りたいグリークに対し、王に仕え国に忠誠を誓うリュシールは幾度となく対立していた。おそらくリュシールが亡くなったことでもっとも喜んだのは、彼に違いない。
「さすがに、あの方の穴を埋めるのは大変でした」
対するグリークの返答は、重々しかった。
「いえ、リュシール様だけではない。あの戦いで多くの者が亡くなった……だからこそ、私はそうした者達の意志を背負い、国をよくしていかなければならないのです」
――雪斗は重い空気でなければ笑っていたのでは、とさえ思ってしまった。大真面目に国のことを語るグリークを見て、滑稽とさえ感じた。
決して私利私欲だけで国を治めているわけではないし、そればかりに邁進しているわけでもない。相応の技量があるからこそ大臣として権力を握っているのも事実。だが彼には絶えず謀略の気配があった。政争に関わろうとしなかった雪斗は知らないが、ジークは「筆舌に尽くしがたい」出来事まであったと語っていたのを記憶している。
だから雪斗としても前回、帰還する際に気に掛けたのはそこだった。けれどレーネは語った――「後のことは任せろ」と。
実際、先の戦いで若輩者であったジークのことを認める人間も現れた。リュシールという柱を失ってしまったことは大きいが、それでも巻き返せるだけの材料はあるとレーネも語っていた。
一年経過し、情勢がさして変化していないのは、ジークにとっては苦労している点かもしれないが、リュシールがいなくなってもなお状況が大きく悪化していないことは、そうした材料を上手く活用したことの証左である雪斗は思う。
だが、そうであったとしてもグリークの権力がさらに高まったことも否定はできない。
「……とはいえ、お二方は私がそう言っても信じられないでしょう」
そしてグリークは語る。何を、と雪斗が思った直後、レーネは大臣の言葉の意図を察した。
「――隠し立てするつもりはない、ということか」
「ええ、そういうことです」
にこやかにグリークが語る――隠し立て、というのはグリークが今回『主君』と呼ばれている存在と手を組んでいることだ。
(つまり、この場に俺とレーネ以外の護衛がいないのは、そうした話を聞かれないようにするためか)
ジーク側も証拠がない以上は追及もできない――権力でいくらでも潰せるということか。
「納得できない点もおありでしょう。しかしそれは、この国のさらなる発展への布石なのです」
「魔物と……邪竜の力を携えた存在と手を組むことが、か?」
雪斗の問いにグリークはなおも笑みを見せる。紛れもない肯定の意。加え、そこはかとなくグリークが漂わせる空気に変化があると雪斗は断じた。
それは――狂気。以前のグリークならば、こんなあからさまな会話をするようなことはしなかった。けれど今は違う。それはおそらく、手を組んだ存在と関係している。
雪斗は首に掛けるペンダントがきっかけではないかと思った。魔力は感じないが、大臣の思考に変化を与えている――
「私こそ、この国をよりよくできる」
断言だった。そこについては信じて疑わない雰囲気。
「いえ、この国だけではない。この大陸全てが繁栄する」
「……『魔紅玉』を手にしてどうするつもりなのか知らないが、俺としてはあんたが国のために願うなんて到底思えないんだが」
「ユキト殿、それは誤解です」
「誤解か。現在あんたは敵と手を組んで都を脅かそうとしている」
「勇者召喚の件もある以上、あの襲撃があっても都そのものはビクともしなかったはずです」
「だが十中八九俺がいなければ犠牲者は出ていた」
「国を発展させるには必要な犠牲だった」
そう返答するグリークに対し雪斗はこれ見よがしにため息をつき、さらに疑問を投げかけることにした。




