未練という名の嘘
「メイは記憶を取り戻して以降、気にしていたみたいで僕に言ってきたんだ」
「カイに……? えっと、そこまで気にするってことは、何か重要なことなのか?」
「内容は、端的に言えばメイにとってやり残したこと、かな」
「……あの世界で?」
カイは小さく頷く。
「うん。未練、みたいなものかな……自分が死ぬということでおそらく語ったんだと思う。ユキトがそのことについて気にしていないか、と気を揉んでいたみたいだ」
――ユキトはそう言われて納得しかけたのだが、同時に引っかかるものを感じていた。
カイの語っている表情は本当のことを喋っている、という風に見えるしそういう雰囲気ではあった。ではなぜそう思ったのか――原因はカイが話す態度だ。
共に戦った仲間――カイは先ほどそう言った。だからこそ、ユキトしか知らないこともある。戦いの日々で気付いてしまった、カイの癖。嘘を言う時は、ユキトにしかわからない変化ではあるがある挙動をする。
これはきっと、カイ自身嘘を言い慣れていないためだろう――だからユキトは思った。きっと誤魔化すために、納得させるためにカイは今説明したのだと。
では本当は何なのか――気にはなったが、ユキトは追及するつもりはなかった。メイは詮索されることを避けているのなら、それに従うべきだと考えたのだ。
「そっか。ま、必要であればメイは話すと思うし、俺からは何も言わないことにするよ」
「うん、そうだね」
カイが返事をした時、ユキトはリュウヘイに呼ばれた。それに応じるべく、思考を切り替えて会場の中を歩き始めた――
* * *
ユキトが歩き去ったのを見送ったカイは、内心で小さく息をついた。
「……ディルもいることだし、下手に嘘をつくと見破られるだろうね」
ひとまずユキトは納得した様子であったため、これで問題はないだろう――そう考えていると、メイが近寄ってきた。
「カイ、ユキトのことだけど――」
「穏当な返答をしておいた。大丈夫だと思うよ」
その言葉にメイはほっと胸をなで下ろした様子だった。
「……ごめん、でもまさか記憶がなくなっているなんて」
「あの戦いはそれほど激しかった、ということだろう。ただ、僕自身ユキトは憶えていたらもっと早期にメイへ言及していたと思う」
そこで、カイはメイを見据え、
「でも僕に話して良かったのかい?」
「……せめてカイには話しておかないと、上手く誤魔化せないと思って」
「まあそうかもしれないけれど……その、メイとしてはどう考えているんだい? やっぱり――」
カイはここで、声のトーンを落とす。そして声が聞こえる範囲に誰もいないことを確認し、
「アイドルとしての立場上、告白したというのはまずいということかい?」
――その質問に、メイの顔には苦笑が浮かぶ。
「そういうわけじゃないよ……いやまあ、どうなんだろうね? ともかく、私が気にしているのは世間的な部分じゃないんだ」
「どういうことだい?」
「異世界でと共に戦い続けて、戦場に立ち続けたユキトを見て私は……でも、その感情はずっと心に押し留めておくつもりだった」
「それには何か理由がありそうだね」
「別に深い理由じゃないけどね……私はきっと、隣に立つ人が現れたらきっとダメになるだろうって思うの。今のようにアイドルとして活動していくことはできなくなるだろうし、まして夢を追い掛けることもできなくなる」
「それは何故だい?」
「私は……それこそ一人だから、色んな人を励ますことができる。もし好きな人ができて、一緒に並んで歩けるとしたら、私はその人だけを励ますようになるって感じかな」
メイはそう述べると、小さく肩をすくめた。
「私の性格的な問題かな。私は色んな人に必要とされている……私の立場は、今回の戦いでも重要なものになる。だから、そんな風になるってことは許されない。それこそ、邪竜との戦いが続く限りは」
「終われば話は別なのかい?」
「どうかな……カイやユキト、他の人達は私を強い人だと思っているかもしれないけど、それは違うんだよ。確かに友達はいるよ。アユミやシオリ……記憶を取り戻して共に戦ってくれる仲間もいる。でも、私は一人だからこそ……どこまでも突っ走ることができる」
「一人、という単語にずいぶんと強い意味があるようだね。それに、普通とは意味も違う」
「精神的な話、かな? 誰かと恋人になるってことは、心まで深く繋がるってことでしょ? そうなったら私はもう、歌うことだってできなくなるかもしれない」
「……そうまで自覚があるのは、何故だい?」
「異世界での戦いで、色々あったからね」
メイが語る表情は確信に満ちていた。だからこそカイは何一つ言及せず、メイの言葉を待つ。
「邪竜との戦いが終わったらどうなるかわからないけど、少なくとも終わるまでは……バレてはいけない。たぶん大丈夫だとは思うし、ユキトが詮索することはないと思うけど……カイ、もし何かあったら、手を貸してくれる?」
「僕で対応できるかどうかわからないけど、協力はするよ」
「ありがとう」
礼を述べたメイは、どこか悲しげな笑みを浮かべていた。




