彼の記憶
「これは私だけじゃない。ユキトを含め仲間達全員に言える」
「そうだな……魔法技術。それを秘匿するという結果になったとしても、俺達は魔力を通して世界を見ている。それは間違いなく、科学技術発展に貢献できる何かを生む可能性は高い」
「だからまあ、私にとっては選択肢が増えちゃったね」
「アイドル活動との両立はできなさそうだな」
「だろうね……ただ、アイドルという立場によって、この組織運営上大きな影響を与えられているのも事実。それに、この活動も私は気に入っているし」
「メイ……」
「心配してくれる?」
「もちろん。何かあれば相談してくれ」
「ありがと」
笑うメイ。無邪気でありながら、ユキトを安心させようとする感情が見え隠れしているのがわかり――彼女の双肩に乗っているものがどれほど大きいのか、おぼろげにユキトは理解する。
「……とはいっても」
ここでユキトは、メイへ告げる。
「こちらがどれだけ心配しようとも、メイは突っ走るつもりなんだろうけど」
「あ、バレた?」
「まったく……召喚された時もそうだったけど、本当に無茶をするんだよな」
――異世界で、アイドル活動のために奔走する姿もユキトは見た。それこそこの世界での活動を超えるくらいに。
自分の手で、多数の人々と交渉して作り出した舞台の上で、彼女は歌い多くの人々を歓喜に包んだ。その姿を一目見たユキトは、なんて綺麗でなんて凄まじい人なのだろうと思った。
自分にはない、確かな才能――アイドルとして活動し始めたことで、見いだせた彼女の力。それに合わせて治癒能力を持ち、誰もが彼女のことを敬愛した。
――ユキトは、あの戦いの最中に思ったことが一つあった。その考えは最後の戦い――邪竜との戦いの際、彼女が犠牲になったことで霧散してしまったが、現在、記憶を得て再び躍動している彼女の姿を見てユキトは、
「……メイ」
そういった感情を押し殺し、ユキトは言葉を紡ぐ。
「もう一度言うけど、何かあれば相談を。メイに倒れられたら責任なんてとれないからな」
「わかってるわかってる」
そして笑う彼女。彼女は、誰にも屈託のない笑みを浮かべる。アイドルとして、誰もを励ます存在であるため。
だからユキトは、胸の中に浮かんだ感情も彼女の歌に熱狂する人々と同じものだと考えた。むしろ、そうでなければならない――そんな風に思った。
「……ユキトの方こそ、無茶はしないでね」
そしてメイは告げる。無論だと、ユキトは小さく頷き、
「引き際は見極めているつもりだよ。ただまあ、主力の俺が頑張らないで誰が頑張るんだという状況でもあるけど」
「それでも、だよ」
メイの言葉に、ユキトは「わかった」と小さく答えた時――メイはここで、ユキトの表情を窺うように顔を覗き込んだ。
「……どうした?」
「あー、えっとね」
そして、珍しく歯切れの悪い口調。
「今更の話なんだけどさ」
「ああ」
「邪竜との決戦。私が倒れた時のことって憶えてる?」
「……もちろん」
「その時のことなんだけど、まあその……今際の際に言ったことについてだけど」
――その時、ユキトは目を細めた。するとメイは様子を見て、
「ユキト?」
「……えっと、ごめん」
ユキトは思い返す。邪竜がいる最下層へ向け突き進んでいた時、罠にはまりユキトとメイはカイ達と分断されてしまった。そして邪竜の配下である悪魔と交戦し、メイはユキトをかばうように攻撃を受け、倒れ伏した。
「……メイを介抱して……その、会話を……したのは憶えているけど……」
内容が思い出せなかった。何が言いたいのか理解したか、メイは口を開く。
「もしかして、憶えてないの?」
「あの戦いのことは……最終決戦のことは憶えている……はずだ。はずなんだ。でも――」
ユキトはその時の記憶がおぼろげであることに、今気付いた。それこそ最終決戦の記憶は、自分だけが生き残った出来事であり、あまり思い出したくなかった内容ではあったのだが――けれどそうだとしても、倒れた仲間の最期の言葉を、忘れるはずがない。
「どうして、だ……?」
「何か、心当たりはある?」
メイに問い返され、ユキトは沈黙する。候補となるのは、何があるのか。
「……ディルの能力を行使していて何か変調があったわけじゃない。もし何かしら影響があるなら……記憶に齟齬があるなら、それまでの戦いで起こっているはずだ。なら、可能性があるとしたら『神降ろし』なのか?」
「それは邪竜との戦いの際に発動させたよね?」
「ああ。だからメイを看取った後の出来事だけど……いや、思い返せば確かに決戦の記憶が曖昧な部分がある。もしかすると天神の力による影響、なのかもしれない」
と、ユキトはメイへと向き直り、
「ごめん、その……もし良かったら、内容について教えてもらうこととかできないか?」
「あ、えっと……」
戸惑う表情のメイ。それでユキトは小首を傾げたが、
「あ、その、大した内容じゃないから憶えていないならいいよ。ごめんね、なんか気にするようなことを言って」
「いや、メイがいいなら別に構わないけど――」
そこで、カイが姿を現した。メイは即座に彼へと声を掛け、ユキトもまたカイへ近寄っていく。
――結局、彼女が語ろうとしていた内容は、わからずじまいだった。




