寝静まった夜に
雪斗が魔物を滅し、また翠芭が聖剣を手にしてから、以降敵からの攻撃はなく鍛錬は続いた。クラスメイトも落ち着きを取り戻し、雪斗が出立する前日まで特にトラブルもなかった。
そうした中、ここに来て一つ変化が。
「……うーん……」
ベッドの上で翠芭は唸る。元の世界で着る寝間着と比べても上等な物に袖を通し、初日はベッドの柔らかさなどもあって異常事態にも関わらずすんなりと眠ることができた。けれど、今日は違った。
訓練を続けたことで、聖剣を手にした自覚が強く芽生えてきた。それと共に思い出すのは雪斗が剣を振るう光景。圧倒的な魔物の群れに臆することなく、たった一人で蹂躙する姿。
最初見た時は、まるで映画でも見ているような感覚だった。けれど聖剣を手にして、自分もまたああして戦う必要性が出てきたと自覚した瞬間、あの光景が頭の中から離れない。
ただし、それは恐怖ではなかった。
(私は……あんな風に戦えるのだろうか)
もしかすると聖剣が、翠芭の不安や恐怖を取り除いているのかもしれない。それと共に翠芭の心情としては、自分が選ばれた以上は何としても元の世界に皆を帰さなければという、使命感だった。
クラス委員をやっていてそれなりに人をまとめる能力などは持っているが、翠芭自身正義感といった感情はあまりないと思っていた。けれど今はそうした感情が強まっている。これも聖剣の効果によるものか。
しばしベッドの上でゴロゴロしていたのだが、眠れないので翠芭は起き上がる。なんとなく外に出ようと思い、寝間着から明日用に準備された衣服に着替え、さらに聖剣を抱えて廊下へ。
誰もいない廊下だが常夜灯のような魔法の明かりが点在しており、歩くには不便ない。それを確認すると同時、昼間は感じられなかった寒々とした空気が翠芭にまとわりついた。
(少し寒い……そういえば働いている人はみんな厚着だったな。季節は冬なのかな?)
とすれば、自分達の世界と同じか――考えながら翠芭は歩む。火元がまったくない廊下は壁も床も冷え切っていておかしくないのだが、壁を触っても確かに冷たいが冷気を感じさせるほどではない。
(もしかして、建物自体に魔法とかが掛かっているのかな? それで少しだけど城全体を暖めているとか)
推測をしながら翠芭は歩む。クラスメイトを起こさないようそろりそろりと足音を立てないように進んでいく。そこから十字路に差し掛かった時、ふと右方向へ視線が向いた。
「……あれ?」
その先は昼間鍛錬を行った訓練場。そこから――気配がする。
翠芭はそう認識すると同時に首を傾げたくなった。もし聖剣を握る前の自分ならば決して気付かなかっただろう。訓練場が見えているわけでもなければ、音がしているわけでもない。にも関わらず翠芭は気付いた。
しかもその気配は、どうやら雪斗。
(真夜中に鍛錬ってこと?)
翠芭はそちらへと歩む。気配をできるだけ押し殺し(なぜそうしたのかは翠芭もよくわからない)ながら、昼間辿った通路を抜ける。
訓練場もまた常夜灯と思しき魔法の明かりによって灯され、全体像が窺える。それに加えて部屋の中央には煌々とした明かりが一つ。その下で、雪斗が剣を振っていた。
翠芭は訓練場の入口付近で半開きになった扉の陰に隠れ観察する――まず彼は翠芭から見て横を向いている形。加え格好は『黒の勇者』の物ではなく、城で用意してもらったと思しきこちらの世界の衣服。
雪斗が一歩足を踏み出すと同時に剣を振りヒュンという風切り音が翠芭の耳に入ってくる。ただ全力というわけではなく、剣を振った感触を確かめているようにも見えた。
またそれと同時、翠芭はおぼろげながら理解できる――彼の動きが。それはどうやら、剣術の型らしい。
右足を踏み出すと同時に剣が横へ一閃される。すると雪斗は一回転してさらに横薙ぎ。続いて刺突を繰り出したかと思えば、すぐさま引き戻すと縦切りを一回。そうした動作が流れるように行われる。
動き自体には一切よどみがなく、幾度も重ねてきた行為なのだと翠芭も理解できる。一瞬聖剣のように魔剣の中に眠っている力を用いて剣を振っているのだと思ったが、装備などを見るにそうした力は用いていないのか。
そう思ったのと同時、突如雪斗の剣が止まった。終わったのかと思いきや、彼は自然体になった後、
「眠れないのか?」
明らかに、翠芭に向けられたものだった。ビクリと体を震わせた後、誤魔化すか応じるか少し迷い、
「一応言っておくけど、足音立てなくても聖剣が持っている気配ですぐにわかったよ」
その言葉で翠芭は観念したような気持ちになり、おずおずと訓練場に入る。
「ごめん、その……覗き見するつもりはなかったんだけど」
「色々あって眠れないとか、そういうことか?」
心を読むかのような発言。翠芭が驚いていると、雪斗は苦笑した。
「その、前回の召喚で聖剣を握った人物……名前はカイって言うんだけど、彼も同じことを言っていたからさ」
「……そっか」
翠芭はいいながら自身が抱える聖剣を見る。
「戦うことが怖いとか、そういう感情は不思議とないんだ。あるのはやらなきゃっていう、使命感だけ」
「カイもまったく同じことを言っていたよ……聖剣は天神が作った物と言われていて、その思いが詰まっているのかもしれない。聖剣を作った天神は、使用者に不安や恐怖を生ませないよう、加護でも加えているのかもな」
「加護……」
「無理矢理戦わせようとしている、って見方もできるからあんまりいい気分ではないかもしれないけど」
雪斗の発言に、翠芭は首を左右に振った。
「ううん、私は、その……不快ではないよ」
「そうか……あ、それと鍛錬を重ねていけば気配なんかも殺すことができるようになる。いずれ俺に気付かれないよう覗き見することだってできるさ」
「そんなつもりはないけど……あの、雪斗。こんな夜にどうして剣を?」
「元の世界に戻った時、時折こうして剣を振っていたんだよ。夜にやることが多かったから癖になっているのかもしれない」
「さっきのは、剣術の型?」
「そうだな。といってもあれはディルの中に封じ込まれていたものだ。封じ込めたのは誰かって話はあるけど、そこはさすがにわからないな」
「つまり、剣がなかったら……」
「いや、俺はもう体得してしまってる。ディルがいなくても魔力を扱う術も得ているから、丸腰でも戦えるよ。剣の技術が俺の体に刻み込まれた、とでも言うのかな」
そこまで言うと雪斗は肩をすくめた。
「翠芭も修練を積んだらそうなるよ。これは望む望まないに関係なく」
「そうなんだ……今の私は、あくまで聖剣に眠っている力だけを使っていると」
「正解。それを体に染みこませるだけでも相当動きが変わる……前回はそんな状況でも戦わなければならなかったけど、今回は違う。ゆっくりやればいいさ」
そう言った後、雪斗は一つ提案した。
「それを認識してもらうのに、いい手段がある……一度、手合わせしてみないか?」
「え、私と雪斗が?」
「ああ」
思わぬ提案。これはきっと翠芭自身の心をなだめるような意図があるのか。
「……わかった。いいよ」
これに翠芭は同意。かくして、観客がいない訓練場で一騎打ちが行われることとなった。




