鍛錬の質
その後、いくらか話をして会議は解散。ユキトは次の指示を受けて帰宅した。
「で、結構大変そうだけど」
自室へ戻り、開口一番言ったのはユキトが持つ霊具であるディル。彼女は人間の姿をとってベッドに座りユキトへ告げる。
「それだけカイも重要だと思っているって話だろ」
と、ユキトはディルへ返す――カイは基本的に転移魔法の完成を目指すべく動くとのことで、メイやツカサもそれに助力する形。それに対しユキトは、スイハと共に現在いる他の仲間の強化について、指示された。
「でも、具体的に強化ってどうやるの?」
「これまでと同様にひたすら修練の繰り返しだな……転移魔法が完成したとしても、戦力が俺やスイハだけだったら意味はない。タカオミを始め他の面々は手を貸してくれると表明しているし、カイはそれを尊重するようだから……俺も、気合いを入れて鍛錬に付き合うさ」
「スイハ達は強くなれるかな?」
「……修行する、という環境においてはあまり良くないけどな」
鍛錬にも質は存在する。例えばの話、異世界で戦っていた際は国のバックアップがあったため十分すぎるほど質も量を確保できた。
とはいえ、こちらの世界ではそれは非常に難しい――質的な面で言えばそもそもこの世界には魔力という概念が認知されていないため、魔力の訓練についてはユキトやカイが保有している異世界での鍛錬を参考することになる。
「そうだとしても、問題はこの世界と俺達が召喚された世界とでは魔力の質が違うという点。これは邪竜が力を取り込めず、協力者を集めていることからもわかる」
「そうだね……つまり、鍛錬により効率的に強くなるためには、魔力の質に関して解明しなきゃいけないってこと?」
「そうだけど、最大の問題は魔力を調べる手段なんて皆無ってことだ。もちろんカイやツカサの分析能力があれば、ある程度は解析できる。そこにイズミが加われば盤石だろう。ただ、鍛錬を効率化するための分析というのは、それこそ大学の研究施設くらいの規模と機具が必要だ」
「人の手による解析だけでは無理だと?」
「例えばの話、人体の構造だって今も新発見が成されるケースがあるし、人間が生成する化学物質だって、その全てが完全に解明されたわけじゃないだろう。つまり、膨大な研究データがなければ本当に効率的な鍛錬なんてものは、普通無理なんだよ」
ユキトはそう言いつつ、肩をすくめる。
「まあ、筋肉の構造や性質を完全にわからなくとも鍛えることはできるけど……魔力というものに対しほとんど解明できていないこの世界では、それがきちんとできるかもわからない……課題は山積みだな」
「でも、鍛錬はしないといけない」
「そうだな。ここは俺が鍛錬してきた経験則とか、あるいはこの世界で実際に魔力を使ってみて情報を集めるしかない……困難な道のりだけど、カイは必要なことだと断じたんだ。なら、俺も頑張るしかないな」
とはいえ――と、ユキトは内心でどうすべきか思案する。
(俺達がやってきた鍛錬を参考にして対処するしかないけど……効率的にやれるかどうかは甚だ疑問だな)
異世界とこの世界とで前提条件が違う上に、さらに言えば鍛錬の方法も個人の魔力に合わせて調整する必要があった。向こうの世界ではそれはきちんと体系化され、鍛錬に落とし込んでいたが、魔力の質が違う以上はその検証から始めなければならない。
「そもそも俺は専門家じゃないからな……」
「鍛錬の?」
「単純に体を動かして鍛錬する、だけではダメだ。なおかつ敵がいつ何時来るのかわからない以上、可能な限り早く……全員が、魔物に対処できるだけの力を身につけないといけない」
それは何をすればいいのか――ユキトは頭をかきつつ、
「部活動とかで、後輩の指導経験とかあれば少しは変わってくるんだけど……」
「ユキトにはそういう技量もナシか」
「まあな……ないない尽くしで大変だけど、やるしかないな」
――とはいえ、ユキトには邪竜との戦いを重ねて得られた経験がある。逆に言えばそれしかないが、事態を打開できる要素があるとすればそれしかない。
「ディル、鍛錬の質が上がるかどうかはディルにも掛かってるから頼むぞ」
「あ、私?」
「魔力の解析なんかはディルの方ができるだろ」
「そうだけど……でも、私はあくまで魔力を調べるだけだよ?」
「わかってる。それをデータ化するとかまでは難しいだろうし、やれることには限界もあるだろうけど……やれるところから進めていくしかないな」
ユキトはそう呟くと、勉強机と向かい合ってノートに何やら書き込み始める。
「それは?」
「現状スイハ達についてわかっていることの洗い出しだ……先日施設で訓練した情報などを基にして、方針を決定しようと思う」
それぞれに役割を持たせる――例えばの話、ユキトであれば剣も魔法も扱えるため、オールラウンダーとして如何様にも立ち回ることができる。だが、スイハ達はそうもいかない。
(スイハとノブトの二人は前衛を任せるタイプで、タカオミとカノの二人は後衛で魔法を使って立ち回るのがベスト……これは手にしていた霊具を考慮すれば問題ないけど、問題はチアキだな)
彼の霊具は魔法を主体に戦う風の霊具だったが、その特性上前衛としても動くことができた。
(なら、俺と同じようにオールラウンダーにような役回りがよさそうか? もし全員で戦うような機会があれば、状況を見て立ち回れる人員というのは必要だろうし――)
仮に、全員で戦うというシチュエーションは何があるのか。ユキトはふと考えてから、それが非常に危険な状態であるのを確信する。
(本来は、そういう状況に陥らないように頑張らないといけないけど……備えていないといけないのもまた事実か)
ユキトはノートに仲間の能力について書き記していく。動くのは明日から――そう胸の内で決意しながら、この日は検証に費やしたのだった。




