大臣の依頼
(建前としては、都に襲撃があった以上、敵を警戒してのものだろう。大臣クラスの人間が外に出る以上、俺が護衛するというのも説明がつく)
護衛依頼をそう考察していると、レーネは口を開いた。
「私は、ユキトが都を離れた直後、手を組む魔物の主君が襲ってくるのでは、と考えている」
「まあ、そう考えるのが筋だろうな……その護衛はいつからだ?」
「三日後」
「なら、そうだな……霊装騎士団はいつ頃帰ってくるかわかるか?」
雪斗の問い掛けにレーネは少し間を置いて、
「報告では、今日くらいから順次戻ってくる予定だ」
「そうすると都の襲撃という可能性は低いと思う」
「なぜそう言える?」
聞き返すレーネに、雪斗は順を追って説明する。
「大臣と魔物の主君が裏で繋がっているのなら、こちらの状況は筒抜けだろう。近日中に霊装騎士団が戻り、なおかつ聖剣所持者までいる。戦力が整いつつあるこの情勢で都襲撃を手引きするとは思えない」
「確かにそうだな……ここまで大臣が無茶をしている状況、魔物の主君は大臣と組んでいた手を切ってもおかしくないと思うのだが」
「大臣は切られたとわかったなら、十中八九報復を恐れて城から出ようとはしないだろう。けれど今回は外に出る。手を組んだのには俺達の想像とは違う理由があるのかもしれない。ともかく今回の件、俺を指名した以上は敵の計略だと考えてよさそうだけど……」
雪斗とレーネは二人して悩む。だが結局答えは出ない。
「……魔物の主君の目的が気になるが、確実に言えるのは今回の護衛任務が罠だということだ」
そうレーネは告げる。
「下手すると犠牲者も出るだろう……ユキト、どうする?」
「仮に罠だとして、食い破れるのは俺だけだろうな」
「受けるのか?」
「ああ。けどもしもの場合に対応してこっちの作業も急ぐ必要があるかな」
「スイハやタカオミのことか……いいだろう、それについては私が責任をもってやらせてもらう」
「八戸さんはいいとしても、陣馬さんに対してはどうかな……魔法なわけだし」
「専門家を別に用意するさ。ひとまず教えるのは上空に魔法を放つ、だけでいいんだな?」
「ああ。三日でそこまでできるかわからないけど、できる限り急いでくれ……もし『空皇の杖』と相性が悪ければ――」
「そこは要相談としか言いようがないな」
――そこで会話は途切れ、ユキト達は動き始める。どういう形であれ、事態は動く。雪斗は次の戦いに備え、頭を回転し始めた。
「急遽決まったことであるため、こちらとしても申し訳ない」
そう告げたのはジーク――雪斗は国の中枢が今回の件をどう捉えているのか、その情報を得るため城上階にあるバルコニーを訪れ、王の話を聞いていた。
「突然グリーク大臣がユキトを護衛に指名したんだ。重要な会議である以上はユキトの力を借りたい……主張は筋も通っているが、正直なところ大臣がそう言うのはどうにも違和感がある」
「レーネにも言ったが、罠だと考えていいと思う……それに対する策は講じているから、心配しないでくれ」
「そう言ってもらえるとありがたい……霊装騎士団も戻ってくる予定だから、守りについては問題ない。安心してくれ」
「そこさえ大丈夫なら、こっちもやりようはあるよ」
多少の沈黙。そこからジークは幾度か雪斗へ視線を注ぎ、逸らすを繰り返し、
「……ユキトは、他の仲間達が無事に戻ったと語るだけで、それ以上のことは何も話していないな? 何か、あったのか?」
――彼は前回召喚された面々がどのような間柄であったかを克明に理解している。だからこんな質問が飛んでくる。
「大臣はおそらく、敵と手を組んでいる中で自分に刃が来ないよう聖剣を扱える者を手駒にしておきたかった。だからこそ召喚魔法を使った」
告げると、ジークは雪斗を真っ直ぐ見据える。
「しかしカイを再召喚するようなことになれば、大臣の自由にはできなくなる……だから絶対に彼を召喚しないように注意を払っていたはずだ。つまり、カイがいた場所とは別の地点を指定して召喚した。けれどそこにユキトはいた」
雪斗はなおも沈黙。そうした中でジークは続ける。
「つまり、前回召喚された面々の近くにはいないということ……何かあったのか? それとも、別に事情が?」
「――この戦いで生じた、それこそ生死に関することに比べれば、大したことない理由だよ」
そう雪斗は答える。ただ語る表情はどこか後ろ暗いものがある。
「何か事情があってカイ達から離れたわけじゃない……もっとどうしようもない、俺個人の、感情的な問題だ」
「感情的な問題……?」
「どういうことになったのかは、いずれ話すよ。ジークには聞く権利もあるからさ……ただ今は戦いの準備をさせてくれ」
「わかった……確認だが、カイ達は全員無事なんだな?」
「ああ。そこに偽りはないよ」
答えた雪斗の目は真っ直ぐで、ジークもそれで納得はしたようだった。
「わかった。ならばこれ以上追及することはない。ユキトが語ってくれる日まで待とう」
「ありがとう……さて、話を戻すけど大臣の護衛をしている間は当然俺は都から離れる。防備についてはしっかりしてくれ。聖剣所持者がいるとはいえ、油断はしないように」
「そこは大丈夫だ……それと、これを渡しておこう」
ジークは雪斗へ何かを差し出す。ピンポン球を一回り小さくしたくらいの大きさの、水晶球。
「城から魔法で周囲を観察できるのはユキトも知っているはずだが、これを携帯していると所持者の周辺に魔法が作用し、周辺を覗き見ることができる」
「監視系の道具か?」
「それに近いが、所持者が魔力を込めないと発揮されない上に魔力を発しているのがバレバレなので、密かに所持して観察するというのは難しいが……もし何かあればそれに魔力を込め、状況を教えてもらえると助かる」
「わかった」
返事をして、話は終わったのでこの場を立ち去ろうとする。しかし、
「ユキトのことは信用しているし、今回の護衛任務も問題ないとは思う」
最後にジークは、語る。
「だが、グリークが何をしているのか不明瞭な点が……注意はしてくれ」
「もちろんだ」
頷き、雪斗はジークに背を向ける。彼の視線は、雪斗が部屋を出るまで続いた。
以降、雪斗は出立するまで翠芭達の訓練に付き合うことになった。さすがにカイのように聖剣を扱うのは修練が必要で、時間を要するのは間違いなかった。
場所は城内の一角に存在する訓練場。こちらの世界にある動きやすい衣服を借りてレーネから指導を受ける翠芭と信人。加え、雪斗の指示通りに貴臣も杖を握り別の人間から指導を受けている。
(……そういえば、前回召喚された時もこんな風にしていたな)
最初の交戦は、霊具の力をフル活用して乗り切った。けれど魔力を多大に消費し、なおかつ身体的にもかなり疲労する有様であったため、きちんと扱えるよう目の前の光景みたいに指導を受けていた。無論、雪斗もその一人。
また指導した人間は――邪竜との戦いで亡くなっている。
(あの戦いは犠牲も多かった。ジークを支える人間も多くいなくなってしまい、俺が元の世界に帰った後、大変だっただろう)
ただ――雪斗は思う。
(もし『空皇の杖』を使えば、その辺りの潮目が変わるだろうな)
そんな呟きを心の中で発した時、雪斗の所にレーネが近づいてきた。
「相談がある」
「どうした?」
「ユキトだけでは護衛する騎士団と連携がとれるのか、ということで私も護衛任務をやるようにと指示を受けたのだが……」
「顔見知りのレーネがいれば俺としても護衛はやりやすいけど、大臣の本音としては厄介者をまとめて排除したいってところか」
雪斗のコメントにレーネは「そうだな」と同意した。




