答えがない
ユキト達はその後、いくつか打ち合わせをして解散した。
敵の計略については全貌が見えない。だが、今回構築された魔法陣が何かをしている可能性を考慮し、町中に魔物が出現するという想定をして、対策を練ることにした。
ユキトは打ち合わせの後、もう一度巨人が出現した地点へと足を運んで状況を確認した。ひとまず魔力が再び湧き上がっているなどといったことはなく、魔法陣の効果は完全に消えていることはわかった。
「敵の目論見を潰せていればいいけどな……」
ユキトはそんな風に呟きつつ、それは難しいだろうと頭のどこかでわかっていた。後手に回るが、敵の行動に対して準備をしておく――それしかないと思いつつ、戦場を後にした。
そうしてユキトは家に帰った――最後にスイハへのフォローはしておく。また出かけようという旨を連絡すると、彼女は『わかった』と返答した。
ただその中で、ユキトはふと考える。スイハとは、どんな関係を築きたいのか。
「ねえねえ、ユキト」
自室の中、ふいにディルが声を上げる。
「これから戦っていく中で、今の学校にいる人にも協力をお願いするよね?」
「敵の動き方次第だけど、戦力になるのなら……かな」
「その中で今も戦えるスイハだけど……ユキトとしてはどういう風にしたいの?」
問い掛けにユキトは答えられなかった。答えがない――まさしく今は、そういう状態だった。
スイハが少なからずユキトに好意を抱いているのはさすがに理解できている。ただそれは仲間としてなのか、それとも恋慕なのかはユキト自身判然としていない――が、本人にもわかっていないのではないか、などと思う。
「……スイハは――」
「ユキトー、私はスイハじゃなくて、ユキトのことを聞いているんだよ」
指摘に対しユキトはディルへ視線を移した。巫女服というどこか浮いた存在ながら、その顔は珍しく真面目そのものだった。
「スイハがどういう目的で、デートを計画したのかはわからない。ユキトのことが好きだから、気付いて欲しいからかもしれないし、あるいは連日作戦で動いていたから、リフレッシュさせたかったなんて思惑からかもしれない。でもこの際、スイハがどう思っているのかはあんまり意味がないよ。ユキトの方が、どう思っているか。それが重要じゃない?」
「……まさかディルにそんな指摘をされるとは思わなかったよ」
「このくらい言わないと、邪竜との戦いがあるからと誤魔化して結論を先延ばしにするのは目に見えているからねえ」
彼女の言葉は至極真っ当であり、ユキトは苦笑するしかなかった。それは紛れもなく正解であり、なおかつ放置すればユキトだけでなくスイハだって同じようにすると簡単に予見できてしまうためだ。
「ディルとしてはさっさと結論を出せってことか?」
「違う違う。悩むなら悩むでいいよ。スイハがどう考えているのかわからないわけだから、探り探りデートを重ねてもいい。でも、何か踏ん切りがついたらちゃんと言いなよって話。ユキトはなんというか、あっちの世界の出来事が影響しているのか遠慮がちな感じになっているし」
「……まあ、そうかもしれないな」
ユキトは頷きつつ、ディルと視線を合わせ、
「わかった。現段階では結論なんて出せないけど、心に決めたことができたら、すぐに言うようにする」
「よし。ま、私でよければいつでも相談に乗るよ?」
「……あんまり参考にならなそうだなあ」
「む、失礼な。邪竜との戦いで、結構私は色んな人から相談受けてたよ」
「え、初耳なんだけど」
と、ディルは突然胸を張る。
「異世界の人に相談するのは変だけど、クラスメイトには話せない……みたいな経緯から、ユキトが私を手にして以降、結構話を聞くようになってたりしたからね。ま、最初はメイの友人とかがする恋愛話を興味本位で聞いてたからなんだけど」
「経緯がなんとも言えないな……」
「でもおかげで、カイ達の恋愛事情については詳しくなったよ」
「それが何か役に立ったか……?」
「今、ユキトにアドバイスができている」
ユキトは再度苦笑する。物は言い様である。ただ、そういう話を聞かなかったらディルはここで話題に取り上げなかったのも事実。
「……スイハ達に対しても、助言とかするつもりなのか?」
「相手が望めば受けるよ。恋愛云々だけじゃなくて魔法についてもね。ちなみに次回会った時、魔力とかについて話をしようかなって思ってるけど」
「……悩みを話せる相手がいるのは良いか。魔法についてはこの世界の人に伝えても、解決しない話題だからな」
「そういうこと。あ、でもスイハのことについては期待しないでね。私はちゃーんとプライバシーは守るから。そもそもスイハがユキトのことを私に相談する可能性低いけど」
「別に期待してないよ」
「ちなみにユキトに対しても受け付けているから、何かあったら言ってね」
「わかったよ」
頷いた後、ユキトはディルへ視線を送り――彼女は彼女なりに考えて動いているんだなと、考えた。
「何か失礼なことを考えてない?」
そしてバッチリそれを看破される。しかしユキトは「何でもないよ」と小さく応じ、
「さて、明日からも警戒しつつ、だな……対策の大半はカイがやってくれるみたいだし、俺は敵が動いたら即座に応じられるように準備をしておくくらいか」
「常在戦場ってやつだね」
「まさしくその通りだな……まあ制服だろうが私服だろうが、パジャマであっても幻術とディルの能力を使って装備を変えればいいから、即座にというのはクリアしているんだけど」
「なんとかなりそう?」
「相手次第としか言いようがないな……敵が次の動きを示した時、それが広範囲だったら厄介だけど……」
ユキトはふと、邪竜という存在を頭に浮かべる。どれほど狡猾なのかは理解できる。そして、異世界に召喚されて戦った時、敵が繰り出す全ての作戦に意味があった。単純に世界へ武力により侵攻するだけではない。そこには確実に、謀略の気配があった。
ならば、今回も同じだろう――その全貌を一日でも早くつかまなければ、大惨事になる危険性がある。
「絶対に、倒さないと」
まだ満足に活動できているとは言いがたい。しかし、それでも――足りないものが多かったのは初めて召喚された時も同じだった。とにかく、自分にできることをやる。それを胸に刻んだのだった。




