過去の夢
信人の騒動はあったにしろ、他のクラスメイト達にそれほど動揺はなく、ひとまず問題が出るようなこともなくその日を終えた。
雪斗はこの日、早々にベッドに入る――多大な能力を抱えているとはいえ、召喚され精神的に疲労している部分はあったようで、あっという間に眠りへと落ちた。
そうして彼は夢を見る――それは決まって、自身が夢であると自覚しているもの。
「つまり、ユキトはこう言いたいのだな?」
夢の中で真正面に立っている騎士が一人。赤い髪を持つ人物で、勇壮という言葉が似合う誰もが惹かれる顔立ちと雰囲気を持つ。
名はアレイス=ベイン。雪斗にとって大戦友と言って差し支えない人物。
「私の戦い方は直情的で、魔物に対しては適していない、と」
「邪竜の影響を受けて狡猾な魔物もいる。それに注意をするべきだって助言しているだけだよ」
雪斗の言葉にアレイスは押し黙る。その言葉を理解はできている。しかし、全面的に納得しているというわけではない。
アレイスは頑固者――それは戦闘スタイルにおいても一緒だった。雪斗はこれが夢であると自覚してなお、こうした考えを持った人物だと理解し、心の中で笑ってしまう。
「確かに、魔物が正々堂々と戦ってくれると信じるのは良くないわね」
そう告げたのは傍らにいる女性。穏やかに、優しくアレイスを諭すような口調。空色の髪が太陽光に照らされてドキリとさせるような幻想を空間に生み出している――名はリュシール=メーテア。この国における最強にして王を支える献身的な魔法使い。
「アレイスも、もう少し柔軟になった方がいいわね」
「……肝に銘じます」
どこか納得いかないという感じの雰囲気であり、そんな様子を見てリュシールは笑う。
「けれどアレイスがそういう性格だからこそ、多くの騎士がついてくるし、また窮地を救った事実もある」
「そう、ですか。わかりました」
綺麗な一礼でアレイスは応じる。その時、雪斗の視界に見慣れた人物が。
「剣の訓練か?」
――その姿を見て、もう二度と見ることはないその格好を見て、雪斗は夢の中で泣きたくなる。
召喚当初は単なるクラスメイトの一人だった。大企業の子息で何でも完璧にできる彼を見てただただすごいと、嫉妬すら芽生えずひたすら憧れを抱いていた人物。
そんな彼と共に異世界へやって来て、肩を並べて剣を振るようになった。そうして雪斗は彼と話をして、人間らしい一面も見つけた。
――誰もが白の勇者と称え、この異世界になくてはならない人物。その名は、
「……そういうカイは、どうしたんだ?」
雪斗が問い掛ける。名を呼ばれたカイは笑みを見せ、
「金属音が聞こえたから、様子を見に来たんだよ。この様子だとまたユキトの勝ちか」
「次こそは、勝てるよう精進します」
真面目に応対するアレイス。そんな彼にカイは笑みを絶やさぬまま、
「頑張ってくれ……と、ユキト。いよいよ決戦間近だけど、そっちは大丈夫か?」
「ああ、もちろん。ようやく、終わりそうだな」
「戦いが終わって皆を生き返らせても道半ばだよ。そこから元の世界に帰る手段を見つけなければならないから」
「でも、これまでの戦いに比べれば何億倍もマシ、だろ?」
「違いないな」
頷くカイ――その顔は、早く帰りたいという感情が垣間見れる。
クラスメイトは様々な考えを持つ者がいた。ある人は「英雄として過ごせるならこの世界も悪くない」と豪語したり、あるいは「家族が心配しているだろうから一刻も早く帰りたい」と告げる者もいた。
カイの場合は後者――彼は公言していた。「想い人の待つ元の世界に帰りたい」と。
そうやって表明していたから、彼は勇者と称えられても接近する人物は少なかった。彼の名声にあやかって近づく者はいるにしても、例えば「あなたの嫁に」と息女を差し出すようなことにはならなかった。
もし彼が「この世界に残る」などと表明していれば、彼自身政争に巻き込まれ迷宮攻略どころではなかったかもしれない。また彼の行動はクラスメイト達にも影響し、例えば貴族の誘いなどにも乗ることはなく、政治的な問題に巻き込まれることはほぼなかった――ゼロと言えないところが悲しいが。
カイの思いは強く、クラスメイトを生き返らせること。そして元の世界に帰るために先頭に立ち続けた。その思いは真っ直ぐで、だからこそ雪斗は彼と共に戦い、その願いを叶えるべく剣を振っていた。
「……けれど、ようやく区切りをつけることができる」
カイは言う。決戦が近い。それは決して楽な戦いではないし、夢だと認識しどういう結末を迎えるか知っている雪斗にとっては、今この現状を目の当たりにして、辛いとさえ思える。
「ユキト、アレイス、リュシール……苦しい戦いになるはずだ。けれど、最後まで、僕を信じてついてきてくれ。必ず……邪竜を倒すから」
「もちろんだ」
雪斗の返答にカイは信頼しきった顔で「頼む」と告げ、拳を差し出す。それに応えるように雪斗は拳を合わせ、
「頼むぞ、黒の勇者」
「任せてくれ、白の勇者」
互いに笑う。それに釣られてアレイスやリュシールもまた笑顔になり――
そこで、雪斗は目が覚めた。
「…………」
沈黙が部屋の中を満たす。夢だとわかっていても、先ほどの光景が現実なのではと少しばかり考えてしまい、悲しい気持ちになる。
「……別にあの戦いをもう一度やりたいなんて思わないけどさ」
そう呟きながら雪斗は上体を起こす。
「心のどこかでは……あの光景に未練があるのは事実なんだろうな」
『――何の話?』
ディルの声が頭の中で響く。雪斗は「なんでもない」と応じて着替えを済ませた。
「さて、今日はどうするか……」
現在、都の近くに敵はいない。さらにディルに索敵をするよう指示し、その結果待ちという状況。
迷宮に足を踏み入れて現状を確認するという術もある――が、雪斗も少しばかり躊躇う。
「今のところ迷宮外に魔物は出ていないけど、邪竜くらい狡猾だったら面倒なことになるよな……」
死にはせずとも、もしかしたら迷宮内で罠に掛かって足止めなど食らう可能性も否定できない。そこに主君とやらが現れて都を襲撃したら、目も当てられない状況になる。
「事態の変化により、霊装騎士団が戻ってくる。それまで待機して、なおかつ八戸さん達の訓練が上手くいけば、少なくとも防衛については万全になる……それまで迷宮には入らない方がいいかな」
準備が整ってからにしよう――雪斗は結論づけてならばどうするかと考える。
「ここは無難に八戸さん達の訓練に付き合うか」
それが一番いいだろうと決めた時、支度が完了する。ではまず朝食、といったところでノックの音が。
雪斗が扉を開けると、そこにはレーネの姿。なおかつどこか深刻な表情。
「おはよう……その様子だとあんまりいい話ではなさそうだな」
「面倒な事態になったのは間違いない」
そう言って肩をすくめる。表情は硬いが緊急を要している雰囲気ではなく、主君が都に攻め込んできた、といった事態ではなさそうだ。
「グリーク大臣からの依頼だ」
「大臣から? 何があるんだ?」
「近々、大臣は都を離れる……各国が集う大陸会議があって」
――この大陸ではある一定の期間をおいて話し合いの席がもたれる。そこでは各国の利権などにより火花が散らされ、熾烈な権力闘争が存在する。雪斗は元の世界でいう国際会議などをイメージしているが、大体そういう感じで合っている様子。
「その護衛をお願いしたいと……」
「俺に?」
「ああ。黒の勇者として、是非とも護衛を頼みたいと」
唐突な申し出――それを聞き、雪斗は口元に手を当て思考を始めた。




