一生の記憶
ゆっくりと水族館を進み、やがて出口まで到達した後、スイハから別の提案があった。
「次に行きたい場所があるんだけど」
「ああ、いいよ」
「ユキトは大丈夫? 何か行きたいところがあれば」
「いや、スイハに従うよ」
とはいえ、決してノープランというわけではなかった。一応、彼女に案がなければ行こうと言うつもりではあった。
「そう。なら――」
次に指定したのは美術館。一つの日に水族館と美術館をはしごにする、というのはユキトにとっては新鮮だった。
「スイハの行きたいところでもあるのか?」
「うん……実を言うと、ユキトを誘うのにかこつけて、ちょっと行きたいなって思う場所を選んだんだけど」
「それでも問題ないさ。俺にとっても新鮮だし……異世界へ行ったけど、こういう美術品とかと触れ合う機会はなかったな」
「ずっと、戦いの連続だったから?」
スイハの質問にユキトは「まさしく」と応じる。
「メイとかに聞けば、色々と教えてくれるかもしれないぞ……あ、でも向こうの絵画とか、その辺りの詳細を知ることは難しいか。記録とかを保有しているわけじゃないし」
「そうだね」
会話をしつつ、ユキト達は美術館を回る。非常にゆったりとした時間が二人の間に流れており、ユキトとしてはこういう時間を提供してくれたスイハに対し感謝の念を抱いた。
改めてお礼を言おう――と思ったところで美術館を出て、時間も頃合いだったため食事をすることに。これもスイハは調べていたのか、ユキトを先導する形で店へと入った。
「ちなみに次は?」
「んー、行きたい所は以上だし、一応候補はあるけど……でもまあ、買い物とかに付き合ってもらう方がいいのかな? あ、でも私ばっかりの提案は良くないよね」
ユキトは別に良い、と答えようとしたのだが少し思いを変えて、
「なら、俺から一つ」
「うん、どこに行くの?」
「本当なら夕方とかの方がいいのかもしれないけど、今日は天気も良いし今の時間だってよさそうだな」
スイハは小首を傾げる。そこでユキトは、
「聞いたことがある場所だとは思うよ……食事を終えたらそこへ向かうってことでいい?」
「うん、いいよ」
スイハは返事をして、ユキト達はひとまず食事へ集中することにした。
そうして次に訪れたのは、町で一番の高さを誇る建物――商業施設であり、屋上は開放されそこからの見晴らしがかなり良かったのを、ユキトは記憶していた。
この日は朝から天気も良く、大気中にゴミなども少ないせいか遠くまでぼやけず澄み渡っていた。山肌や、少し遠くには海も見えるその場所で、スイハは声を上げた。
「おー、いいね」
「高いところが苦手だったらどうしようかと思ったけど……大丈夫そうだな」
「うん、そういえばここは有名だけど来たことがなかったね」
ユキトは周囲を見回す。デート中のカップルらしき人が数組いた。
「ユキトはよくここに来たの?」
「そういうわけじゃないけど、一度家族でここを訪れたことがあって……記憶に残っていたんだよ」
「へえ、そうなんだ……あ、ご家族の話とかはしていいの?」
「別に取り立てて何かあるわけじゃないよ。それこそ、カイとかに聞けば刺激的な話を聞けそうだけど」
「住む世界が違うもんね」
「カイの方は話しても構わないってスタンスだけどな……」
「家とかに行ったことは……ないか」
「この世界で記憶を戻したのはつい最近だからな」
ユキトは真っ直ぐ景色を見据える。視線の先には町並みと水平線が見えていたが、頭の中には別の情景が浮かび上がっていた。
「……たまに、だけど」
「うん」
「邪竜との戦いを思い出す……夢に見るときもある。俺にとってあの戦いこそ、人生が激変したきっかけだ。力を手にしてこの世界へ戻ってきたことも要因ではあるけど、俺はこの思いをきっと一生持ち続けながら生きていくと思う」
「それは、良いことだと思う?」
「どうなんだろうな。人とはあまりに違う……この世界の人とは価値観が大きく違うと思う。でもまあ、悪くはないかなって思ってる自分がいる。それはあの世界での出来事を、全て否定したくはないからだと思う」
「……そうだね」
スイハは同意すると共に、ユキトへ語る。
「私はあの世界へ召喚されて、短い期間だったけど……あの世界で生きる人と接した。それだけでも感情移入することが多かった。ずっと戦い続けたユキトなら、なおさらだよね」
ユキトは指摘を受けて首肯した後、
「まあ、俺達が異世界に召喚されたことで、今回の事件みたいな出来事も招いてしまったけど」
「別にユキトが悪いわけじゃないし」
「そうだけど、な……正直、かなり正念場なんじゃないかなって思う」
「正念場?」
「この世界に魔法というものがもたらされたら、どうなると思う?」
スイハは沈黙する。ユキトもまた一時無言となり、
「……正直、どれほどのインパクトがあるのかわからない。それこそ、科学技術で成しえていたことが、全てひっくり返る可能性だってある」
「それほどまでに、魔法はすごいってことか」
「俺達が召喚された世界は、中世ファンタジー的な要素の高い世界だった。科学技術という観点では、こちらの世界が圧倒的に上だ。でも、魔法というものがあったからこそ、遙かに便利だと感じることだって多かった」
ユキトは自分の手のひらを見据える。魔力を込めると、それに応じて右手に熱が生まれた。
「霊具を持たなかったクラスメイトが、何一つ不満なく、不自由なく城の中で過ごせたのは、魔法による恩恵だ……あの世界は科学技術を発展させる必要がなかった。魔法一つあれば、電気も水道も必要がなくなる。この世界において構築してきた文明が、根本から覆される」
「未来が大きく変わりそうだね」
「そうだな。正直、魔法というものを明らかにすることがいいのか悪いのか……それすらもわからない。でも、それが明らかになることによって、混沌が生まれるのは間違いないんだ。国側は、魔法を公にしたくはないって雰囲気だけど……」
「仮に魔法を公にするにしても、今回みたいに無理矢理はダメじゃない?」
スイハからの意見。それにユキトは「そうだな」と同意した。




