科学と魔法
ユキトがスイハに案内された場所は、繁華街から少し離れた所にある水族館だった。体験型ではないためペンギンとかと触れ合えるわけではないが、通路など見せ方に工夫を施しており、ユキトもクラスメイトなどから話には聞いていた。
「スイハ、ここに来たことはあるか?」
「んー、実は一度友達と。ユキトは?」
「俺はないな。評判良いし、行く機会があれば……って気だったけど、そういうシチュエーションに遭遇することはなかった」
「行く、と決めない限りこういう場所には来ないよね」
「そうだな」
ユキトは頷きつつ、水槽の中を泳ぐ魚を眺める。色とりどりの、熱帯魚だろうか。ユキトは水槽の傍らにある看板を見て、どのような魚が泳いでいるのか確認する。
「綺麗だな」
「うん、そうだね」
「スイハは、こういう場所によく来るのか?」
「友達以外にも、家族とかとよく行くね。遊園地とかも家族で行くケースが結構ある」
「家族揃って、というのは仲が良いんだな」
「三つ下の妹がいてさ、行きたいとせがんで親がじゃあ一緒に行きましょうって言うの。お母さんもお父さんも妹には甘いから」
「へえ、そうなのか……」
「ユキトの家は?」
「俺は……仲が悪いわけじゃないけどな。家族総出で旅行とかは、小学生の時にはあったけど、中学以降は記憶がないな」
「それは反抗期だから、とか?」
「あー、さすがにそういうわけじゃないよ。ただ……家でゲームとか、読書とか多くするようになって、外へ出るより家にいた方が楽しく思えてしまったからだな」
「インドア派ってこと?」
「そういう言い方もできる」
返答しつつも、今の状況は楽しいと思える。
(単純に、誘う相手がいなかったというさみしい理由かもしれないけど……)
「もし良かったら」
と、スイハはユキトへ告げる。
「今後もこういう風に、誘ってもいい?」
――まさかさらなるお誘いが来るとは想定しておらず、ユキトは水槽を見ながら固まった。
「あー、えっと……うん、まあ」
ぎこちない返事に対し、スイハはクスクスと笑い始める。
「そんな緊張しなくても良いのに」
「いやいや、さすがに……」
「そういえば、向こうの世界で誘われたりはしなかったの? 例えばこの世界に残って、とか」
ふいに話を向けられ、ユキトは異世界の出来事を思い返す。
「もちろん、あったよ。一応俺も『黒の勇者』なんて異名を得たくらいだから」
「この世界へ戻ってきたのに理由があるから、断るのはわかるけど……揺らいだりとかはしなかったんだ?」
「……これはカイにも言ってないけど」
と、ユキトはスイハを見返しながら告げる。
「もし『魔紅玉』に仲間を生き返らせてくれ、と願いその場で全員が蘇ったりしたら、あの世界に留まる選択をしたかもしれない」
「仲間がどうなったかを確かめたかったから、元の世界へ戻ったんだもんね」
「ああ、その理由がなければ……別に勇者と言われるようになったから、というだけじゃない。なんだかんだ……理不尽な形で戦うことになったけど、あの世界の人々と交流することで……愛着が湧いたし、仲間の中にはあの世界に留まろうとする人間だっていた」
「そうだよね……」
スイハは遠い目となる。彼女にとって短い期間ではあったが、聖剣を手にして戦ったヒビは、鮮烈で今も記憶に強く刻まれている光景だろう。
「ねえ、一ついいかな? あ、でもこれは戦いに関することだし」
「別にいいだろ。スイハの方が雰囲気を壊したくない、と言いたいなら日を改めればいいけど」
ユキトの指摘にスイハは「なら今」と前置きをして、
「私達が召喚されたことで、この世界に影響を与えている……ということは、場合によっては私達が召喚された世界と何らかの形で繋がることもあるのかな?」
「どうだろう……そもそも、召喚についても相当な儀式系魔法を使う必要性があった。そこから考えると、異世界間の移動というのは相当な魔力が要求される。この世界にそれだけの物があるのかどうか……それ以前に、魔法というものがちゃんと根付かないと、厳しいだろうな」
「魔法が……」
「といっても、この世界は科学が発展している。それは物理的な法則に基づいて研究される分野だ。魔力……魔法技術は、そうした法則から逸脱した現象だし、もし魔力が解明されても、それが実用化されるまでは相当な時間が必要なんじゃないかな」
そう言った後、ユキトは小さく肩をすくめた。
「ついでに言うなら、今この世界に魔法が生まれるとしたら……とんでもないことになるかもしれない」
「そう、かな」
「異世界と違って、情報の拡散性がまったく違う。魔法なんて情報、それが真実なんだと解明されれば、全世界に広がるだろう。その影響がどれほどのものになるのか、俺には想像がつかないけど、国や政府を巻き込んだ大騒動になる可能性がある」
そう言った後、ユキトは別の水槽をのぞき込む。今度は小魚の大群が揃って同じ方向へ進む光景があった。
「俺達が関わった組織は、きっとそうしたことを危惧しているんだ。よって、それを止めるために尽力しているし、俺達に協力を持ちかけている」
「……私達は、矢面に立たされるよね」
「魔法によって、例えばマスコミとか野次馬の対策はできるけどな……敵の目的が魔力という存在、あるいは魔物というものを公にすることだとしたら、敵の動きも相当危険なものになるかもしれない」
スイハの表情は硬くなる。と、そこでユキトは首を小さく振り、
「ま、敵の計略を止める手立てはちゃんと考えているし、組織だって動いている。そう心配はしてないよ」
「そうだね……と、話はここまでにしようか」
「ああ。さて、次は……」
会話を交わしながらユキト達は水族館内を進んでいく。その途中、ユキトはふとスイハの横顔を見た。
異世界に再召喚されるまでは、こうして肩を並べて歩くこともなく、横顔を間近で見るような機会はなかった。しかし、今では――剣を握る時とまったく違う、等身大の女性がそこにはいて、ユキトはほんの少し、意識することになった。




