ほんの数年
――スイハ自身、ユキトにデートの約束を取り付けたのは、何か特別な意味合いがあった、と言われると微妙なところだった。
無論のこと、好意を持っているからこそ提案したのは間違いない。ただスイハ自身、それが恋愛感情なのか、それとも黒の勇者として彼に憧れを抱いたのか、正直なところわからない。今回のデートでそれを見極めようなんて考えもあるにはあるのだが、第一の理由としては、元の世界へ戻ってきても剣を振るおうとする彼の重い肩を、少しでもほぐすことができないか、という考えからだった。
デート当日、スイハは確かな足取りで待ち合わせ場所へと向かった。格好そのものは割と配色が地味ではあるが、コートに関してはなかなかに値段の張る物を着ている。
スイハにとっては勝負服、とまではいかないにしろ、普段使いするような物でもない、どこか特別な衣服――自分か誘っておいて、それなりに気合いが入っていることからなんだか緊張さえしてくる。
(落ち着け、落ち着け)
心の内で自らに言い聞かせながら、待ち合わせ場所に到着。五分前だったのだが、ユキトは既に待っていた。
向こうも地味な配色の衣服ではあるのだが、どことなく新しい――新調したのか、それともスイハと同じようにあまり着ない衣服なのか。
「……お待たせ」
そう声を掛けてスイハが近寄ると、ユキトはどこか戸惑った様子を見せつつ、
「いや、俺も丁度ここに来たばかりだから……えっと、行く場所とか、特段リサーチとかはしてないけど」
「そこは大丈夫。まずは――」
提案にユキトは首肯し、二人はゆっくりと歩き出す。とはいえ、双方とも何を喋っていいかわからないような状況。そうであればスイハは自分が話すべきだろうと考え、まずは無難な話題から始めることにした。
「敵に対抗する手段は順調?」
「カイから何も聞いていないのか?」
「概略くらいはもらっているけど、ユキトの方には詳しい話が来ているのかなー、って」
――この日までに、カイはある程度の形として敵の動きを観測する術を整えたという情報が回ってきていた。霊具などもないこの場所で、どのように――とスイハは最初首を傾げたのだが、ユキトの様子を見る限り魔法を扱えるカイならば十分可能だということで間違いないだろうと心の中で断じる。
「そうだな……ある程度どういう構造なのか教えてもらってけど、まあそれなら大丈夫かな、と。ただ俺も魔法の知識に関してはそう多く持っているわけじゃないからな」
「研究系の霊具とかじゃない限り、詳しくはならないと?」
「あー、別に戦闘系の霊具所持者は詳しくない、というわけじゃないんだ。むしろ自分の能力を高めるため、魔法や魔力について詳しい人は多かった。でも俺の場合は、常に戦場に立ち続けていたから」
ユキトの霊具の特性は継続戦闘能力の特化。その能力ならば当然、裏方でいる時間よりも外に出て戦っている時間の方が長いはずだ。
「邪竜の侵攻はそれこそ苛烈だったからな……」
「それをユキトが押し留めていた、と」
「俺だけの力じゃないけどな……でもまあ、色々な戦場を渡り歩いた。それこそ、歴戦の傭兵みたいに」
遠い昔のことを思い出すようにユキトは呟く。ただ、その経験はそれこそほんの数年の間に生じたことだ。
その出来事を前にして、ユキトはどう思っているのか。これまで様々な思いを聞いてきた。その中には彼の本心だって含まれていた。けれど、
(まだ私は、ユキトのことを知っているわけじゃない、か)
他者のことを余すところなく知るなんて芸当は不可能だ。けれど、それでも――
「……もしよければ、だけど」
スイハは意を決したように話をする。
「最初に召喚された時のこと……そういったことを、話してはくれない?」
「別に、隠しているわけじゃないからいいけど、それはカイとか、あるいはメイとかでもいいんじゃないか? 俺は戦場に立ち続けていたし、異世界の出来事を深く知るには、国の人と折衝とかしていたカイとかに話をしてもらった方がよさそうな気もするけど」
「ううん、ユキトの話を聞きたい」
要求に当のユキトは戸惑った様子だったが、やがて頷いた。
「まあ、俺が見聞きした範囲でよければ……」
「ありがとう。でも今日は、目の前のことに集中してね」
「ん、そうだな……」
と、返答してやはり戸惑ったままのユキト。二人が肩を並べて歩いている状況が何であるか彼もよくわかっているようで、だからこその反応らしい。
そういえば、こんな風にどう応じていいかわからない、という表情を見るのはあまりなかったとスイハは振り返る。異世界に再召喚された彼の姿は勇壮で、何もかも全て守ろうと自分を追い込んでいるようにも見受けられた。常に緊張し、戦い続け――それはきっと、邪竜の存在が認知された今も同じだ。
(……ほんの一時でもそういうことを忘れてもらえれば、と思ったけど)
難しいかもしれない――いや、そういう風にしてみせる。そのくらいじゃないと、彼の肩の力を抜くことなんてできはしない、などと考える。
「……スイハ?」
ふいに名を呼ばれた。視線を変えると眉をひそめる彼の姿が。
「眉間にしわが寄りそうな感じだったけど」
「あ、うん。大丈夫」
慌てて返答する。気付けばユキトをどうもてなそうかと考えて、怖い顔になってしまっていた。
(私も楽しまないと、彼だって笑ってくれないよね)
そう思い直して、スイハは先導するような形で歩いて行く。それにユキトは追随し、二人は繁華街を進んでいく。
休日であるため人通りは多く、スイハ達はその人混みをよけるようにして進んでいく。途中、スイハは一度ユキトと視線を合わせた。彼は相変わらず微妙な表情をしていたが、他ならぬスイハがそれで気を悪くするかもしれない――などと思い直したか、表情を改める。
そんな心境が透けて見えるような態度にスイハは少しばかり笑いたくなったのだが――それを我慢し、ユキトと共に町中を歩き続けるのだった。




