天の神
「聖剣を手にした以上、八戸さんを見る目が城内にいる人々の中でも変わってしまうのは事実だ」
そう雪斗は前置きをする。当然翠芭は緊張した面持ちとなった。
「ただ、同時に聖剣を扱うことがどれだけ大変なのかも理解している。前回召喚された際も白の勇者は四苦八苦していた。召喚された直後ではかなり危ない目にも遭っていたし、まずは扱いに習熟する必要があるとは誰もが思ってくれるはず」
「まずは扱う訓練からってこと?」
翠芭の問いに雪斗は頷いた。
「そうだ。だから八戸さんがやることは、城内で剣の扱い方を学ぶこと。聖剣を握るだけで戦えるようにはなるけど、自分の判断で動けるようにならないと危ないから」
「わかった」
頷く翠芭――そこで、レーネが部屋へとやって来る。
「すまない、雪斗――」
「謝ってばかりだな、レーネ」
「まったくだ……ノブト君からもらった情報で、誰がやったのかはわかり尋問した。結論から言えば、大臣に懐柔されていたよ」
「やっぱりか。で、処罰とかはどうするんだ?」
「処遇については申し訳ないが上の判断にさせてもらう……とはいえ大臣の手によってどうにでもなるだろうからな。隊から除名して謹慎処分……これくらいになるかと思う」
「まあ大臣の手駒が減ったのだから良しとしよう。それでレーネ。頼みがある」
「スイハの訓練だな」
「ああ」
「ならばノブトも同様にやろう。槍を握ってしまった以上、彼も何かしらやらなければならないだろうし」
「……そういえば」
ふいに貴臣が口を開いた。
「建物とかかなり壊れてしまいましたけど……」
「ああ、それなら大丈夫。とある霊具を利用すれば元通りになる」
「そうですか、良かった」
「――それでレーネ、ひとまず魔物を指揮していた敵は倒した」
雪斗は話を変える。途端、部屋にいる面々の顔が引き締まった。
そこから雪斗が説明を開始。それを終え最初に口を開いたのはレーネ。
「主君か……敵の正体がわからないのは不安だが、邪竜の関わりがあるのは間違いないと。霊装騎士団が戻ってくるとはいえ、また襲撃があるかもしれない以上、気は抜けないな」
「次来るときはもっと上手くやるだろうな。俺が現れたとわかっただろうし」
雪斗の言葉にレーネも頷く。
「場合によっては邪竜級の敵が現れる可能性もある、か?」
「そこについて、一つ案がある。『空皇の杖』を使って」
「あれを? しかし使い手はいないぞ?」
「そこはクラスメイトに頼むしかないな……本来は誰にも霊具を持たせないつもりだったけど、こういう状況になってしまったんだ。ならばこれを利用して説得……って感じかな」
不本意、という気配を滲ませながら雪斗は語る。
「やることは一つで、杖の扱い方を学んで上空に魔法を放つ。それだけだ」
「ユキト、どういう意味があるんだ?」
「……空で眠る天神を目覚めさせる」
その言葉に、レーネが目を見開いた。
「天神……!?」
「邪竜との戦いで一つわかったことがある。それは天神と魔神……両者はあくまで眠っているだけで、滅びたわけじゃない。俺は最後、とある天神の力を借りて、邪竜を倒した」
「天神……ちょっと待て、邪竜との戦いで最後の最後で天神が登場したのか? なぜ天神はそれまで介入しなかった?」
「色々と理由があったんだけど、それについては悪いけど忘れた……その時俺も結構頭の中が混乱していたからな。けれど最後の最後にしか登場できなかった理由はあるよ。それで現在は邪竜との戦いにより、空で眠っている。けれど呼び掛ければこちらに来てくれるはずだ」
「その呼びかけを『空皇の杖』でやると」
「そういうこと……問題はその人物だけど――」
「果たしてあの惨状を目の当たりにして、同意してくれるのか、と」
翠芭の指摘に雪斗は頷く――が、
「もし必要であれば、私が話をしてみるよ」
と、彼女は口を開いた。
「今回以外にも力が必要なら、私がクラスメイトと顔を突き合わせる。戦いに……私達が全員無事に帰るには、必要なことなんでしょ?」
「そうだと、思う。現状でも対応はできているけど、いざという時に備える必要はある。今回は特に敵の正体がわからないからな」
「なら、聖剣を握ったわけだし、もしもの場合は私が動くことにするよ」
――そのくらいはやってみせる、という雰囲気を翠芭は発していた。雪斗としてはありがたいと思いながらも、巻き込んで申し訳ないという気持ちもある。
(ともあれ情報を収集し、ただ立ち回るだけではまずいとわかってきている……多少の協力は必要か)
今後どうするのかは、邪竜一派との戦いを考慮して判断するしかない――そう雪斗は結論づける。
ともあれ、できる限り巻き込まないようにはしたいと思っていると、
「それで、その人物に心当たりはあるのか?」
貴臣が訊く。そこで雪斗とレーネは、同時に彼へと視線を注いだ。
当の彼は注目されて少々戸惑った様子――しかしやがてその視線の意味を理解してか、目を見開いた。
「もしかして、僕か!?」
「ああ」
「魔力だけならナンバー2だな」
雪斗の返事に続きレーネが答える。
「実を言うと、召喚された面々をとりまとめていること以外も、魔力の高さを考慮して二人に話をしたんだ。聖剣を所持する可能性などを考慮して、な」
「俺が言ったことをやってくれればいいから、例えば戦場に立つなんてことにはならない……が、霊具が驚異的な力を持っているのは間違いないし、八戸さん達と同様、周囲の人の視線が変化すると思う。だから難しいのであれば――」
「――そうは言っても、さすがに断れる状況でもないだろ?」
貴臣の問いに雪斗は押し黙る。確かにそうだ。
「それに、全員が非協力的というより、騒動もあったわけだし色々城に協力姿勢を見せた方がいいのも事実だろうし」
「……悪い」
「けど、僕は期待に応えられそうか? 正直そっちの不安の方が大きい」
「そこは大丈夫。まだ感じることはできないようだが、魔力の高さは相当なものだから」
「実感できないのが悲しいところだけど……できる限り頑張るよ」
「頼む……ひとまずやることはまとまったな。レーネ、俺はどうすればいい? 引き続き主君という存在を探すわけだが、それ以外に何かやることはあるか?」
「城側のことはこちらに任せてくれ。もう二度と、今回のようなことにはしないようにする……ただ気になるのはグリーク大臣だな。スイハが聖剣所持者となった以上、何かしら干渉してきてもおかしくない」
「ならそっち方面に注意を向けることか……さすがに今の状況では大臣も下手に干渉してこないだろうし、警戒していればひとまず大丈夫そうだな」
現在、大臣側は表立って動いている様子がない。これは計略の準備をしているのか、それとも傍観しているのか――探りを入れたいところだが、彼自身霊具などを利用して周囲を警戒している。その用心深さは雪斗が近づけないほどだ。
(宝物庫で仕掛けたみたいに行動はしているし、今後妨害があってもおかしくないな)
敵の主君と大臣が手を結んでいるとしたら、次はどのような手か――頭の中で予測をしながら、雪斗はひとまず話し合いをまとめるべく口を開く。
そうして作戦会議は終わった――しかし翌日、事態は予想外の方向へと進んでいくことになる。




