世界を大きく変える力
一通りの説明を行った後、春伏はユキトへ向け皮肉げに笑みを浮かべた。
「とはいえ、です……私達にとってはそこが、観測するのが限界ということでもあります」
「やっていることは情報のやりとりと魔力に関わる事象の観測……けれど、例えば大事件が起きる前に未然に防いだり、対処するようなことはできないと」
「はい、まさしく」
春伏の言葉にユキトは当然だと思う――そもそも、魔力という概念が浸透していない以上、それにまつわる出来事が起こってもどうにもできない。
「活動に限界があるのは確かです……しかし、あなた方が加わることで、その状況を打開できる」
「とはいえ、僕らが表立って活動するという可能性は低いらしい」
と、カイが春伏に続き発言した。
「魔法という概念を操ることができるのは僕らだけ……それはすなわち、世界のパワーバランスという意味合いでも影響してしまう」
「この施設にいる……異世界からの帰還者だけが使える能力……だからこそ、世界に大きく影響を与えてしまう、か」
「これから僕らはさらに仲間の記憶を戻していくとなれば、当然ながらさらにその力は大きくなる……下手をすれば世界を巻き込むほどの事態となる」
ユキトは素直に頷く。ただ正直、どういうことになるのか――想像するのは難しい。
「僕らのことは、当面の間伏せるとも言っていたよ」
「……それ、大丈夫なのか? いつか公に……いや、情報のやりとりをしている世界との間で軋轢が生じないか?」
「なぜ日本が隠していたのか、ということだね?」
ユキトはカイの問い掛けに首肯する。これは当然の考えだった。
「そこについては、私達がどうにかするとしか言いようがありません」
と、今度は春伏が口を開いた。
「現状、これだけ魔法を使える人間がいる……この事実そのものが、既に軋轢を生む可能性が高い。それに、政府関係者はあなた方のことについて多少なりとも耳に入れていますが、その事態の本質……つまり、魔法、魔力という概念をより詳しく理解するには、少々時間も必要です」
「なるほど……まずは俺達のことが露見しても問題ないようにする……そのための土台作りから始めないといけないって話か」
「その通りです。あなた方が……この施設を訪れた皆さんが国のために……いえ、世界のために動いてくれるというのは間違いないでしょうし、私もそれを信じます」
春伏の言葉には重みがあった。
「ですが、組織関係者に加え政府で関わっている人全てが、そういう風に考えるというわけにはいかない……ということです」
「まずは俺達の存在をしっかりと認知してもらって、なおかつ信用してもらうと。でも、信用というのは……」
「いくらか魔力にまつわることを解決すれば……といっても、ユキトさんはいくらか解決しているようですね?」
「……カイ、話したのか?」
「いえ、あなたの叔父の事件経由です。実は魔力に関する調査の過程で顔を合わせることがありまして」
「ということは、俺のことは元々知っていた?」
「いえ、名前を聞いたのはカイさんから……あなたの叔父は決して話すことはありませんでした。カイさんから名を聞いて、なるほどそういうことだったのかと納得しました」
「そう、ですか……で、そうした騒動を解決できれば、信用してもらえると?」
「本当は騒動なんて起こらない方がいいんだけどね」
肩をすくめカイが言う。
「でも、邪竜かそれに類する存在がいるのは間違いない。よって、彼らの捜索をしながら組織との関係を強めていくしかない。現状、僕らは政府関係者と手を結んだ方が良いだろうからね」
「まあ確かに、公的な組織と手を組んでいた方が何かと都合が良いし……」
ユキトが同意の言葉を告げると、春伏は「ありがとうございます」と応じた。
「少なくとも、私達の組織……その長官についてはあなた方のことを信用し、また同時に協力を願っています。少なくとも私達が敵に回ることはない……それだけは、信じてください」
「なら俺達は、迷惑を掛けないように頑張りますよ」
「訓練の調子を見ていれば、問題はないだろうけどね」
カイはそう告げると、ユキトへ向け笑みを浮かべた。
「最初に召喚された面々だって、暴れるような人はいなかったからね」
「そうだな……でも、異世界で極限状態の中戦っていた時と、こちらの世界で平常にしているのとでは状況も違う。記憶を戻すことについては、多少なりとも慎重にならないといけないかもな」
「そこについては、今後検討かな……さて、ユキト。挨拶は済んだけれど何か質問はあるかい?」
「組織について? まあ、今日のところは特にないかな。ただ春伏さん。もし協力してもらえるのであれば、情報が欲しい」
「わかっています。何か脅威が迫っているということも把握しています。それと関係するかどうかわかりませんが、こちらが観測できている情報については、お教えします」
「お願いします」
――そうして初顔合わせは終了した。春伏は「施設についてはいつでも入れるようにしておく」と言い残し、部屋を去った。
「とりあえず、信用はできそうだけど……」
ユキトの言にカイは頷きつつ、
「もっとも、政府系の組織だし色々と秘密を抱えている雰囲気ではあるけどね」
「……まあさすがに、全てをひけらかすのは無理だよな」
「ただ僕らと友好関係を築きたいと考えているのは間違いないよ。今まで観測しかできていなかった事象を、解決できる手段が生まれた……それと共に、邪竜という存在がこの世界にもやってきてしまったけど」
「そこは俺達の咎にはならないのか?」
「僕らが自らの意思で異世界を訪れたわけではないからね。春伏さんは言っていなかったけど、僕らのことについては政府内で同情的な見方が強いらしい」
「……複雑な心境ではあるけど、まあ否定的に捉えられていないってことで良しとするか」
「少なくとも敵対関係にはならないよ。それに――」
ここでカイは悪戯をする子供のような笑みを浮かべた。
「いざとなれば――魔法でどうにかなりそうだし」
「怖いことを言うなよ……」
「でも、それは考えなければいけない。僕らは自ら望んだ形でないとはいえ、この世界を大きく変えてしまうほどの力を有している。力を持つ者は、相応のメリットと代償を得る……それは個人的な能力から権力まで、全てを含めてだ」
「力、か。そうだな……」
カイの言葉に、ユキトは小さく頷き同意した。




