交戦開始
森を出た後、ユキトはカイから宿題を渡される。
「一度異世界へ赴いた人達を集めるべきだな」
「それは……俺が再召喚された時の人も?」
「ああ。情報を共有する必要性と、何より一堂に会し方針を決めるべき段階に来ていると思う」
カイの言葉は重々しい。それと共にユキトは沈鬱な表情で頷いた。
敵が何のために先ほどの男性に力を与えたのかはわからない。ただ、邪竜の気配に近しい魔力だと感じた時点で、最悪を想定して動かなければならない。
カイはそれをわかっているが故に、ユキトへスイハ達も参加させるよう進言したのだ。
「……確認はとるぞ」
ユキトはカイへ向けて告げる。
「俺の学校にいる面々は、ある程度事情を知っていて俺に手を貸してくれる気配だが、こんな状況になってはさすがに戦列に加わるかどうかは……」
「わかっているよ。僕はメイやツカサに伝えておく。協力は欲しいけれど、無理強いはしない。ただそれは、もちろんユキトも含まれている――」
「当然俺は戦うさ」
カイが言うよりも先に、ユキトは発言した。
「それは義務感とかでもない……俺がやりたいからやる。それでいいよな?」
「うん、ありがとう」
礼を述べたカイは、ユキトに背を向けた。
「早急に話はしておくよ……今週末にでも集まってもらう。詳細は追って伝えるよ」
「わかった。その間に敵が動けば――」
「さすがに無茶をする可能性は低いはずさ。それに、付与された力……魔力酔いまで発生していることを踏まえれば、相手もまだ実験段階だ」
「敵が何者かわからないが、この世界の人間を試す意味で魔力を付与したと?」
「男性は、力をくれるということで受け入れた……結果、ああなった。首謀者としてはユキトが現れたことは非常に面倒だと感じていながらも、実験については成功……こんなところかな」
カイはそこまで告げると、歩き始めた。
「それじゃあ」
「ああ」
返事と共にユキトはカイとは別方向へと歩き始める。不安はある。だが、一人ではない――その思いが、ユキトを奮い立たせた。
* * *
「はあっ……はあっ……」
全力で逃げ、深い森の中でヒロは肩で息をする。どうにか逃げおおせた――とはいえ、さすがに失態だ。
「まさか遭遇するとは……で、リーダーが警戒するのもわかるな」
ヒロは呟きながら、先ほどの戦いを振り返る。
魔力酔いを引き起こしてはいたが、意識はあった。そして圧倒的な力で相手に応じた、はずだった。
けれどヒロは確かに見た。新たに得た力を通しても明瞭にわかるほど、驚異的な力を持つ剣。一体何をすれば、あれほどの魔力を秘めることができるのか――なおかつ、戦っていた男性も、剣に負けないほどの実力者であった。
「……とりあえず、撒くことはできたが」
ヒロは再度呟き周囲を確認する。新たに得た力で夜でも明瞭に景色がわかる。ひとまず、追っては来ていない。
「もし来られたら……いや、俺の逃走が上手かったってことにしとくか」
息をつき、ヒロは歩き始める。どうやって町まで帰るのかは特段考えていないが、森の中を駆け抜けて人里に向かえばいいだろうと判断した。あまりにざっくりした考えだが、それでも問題ないほどに、ヒロの力はみなぎっていた。
「しかし……あれが相手としたら、今の俺じゃあ勝てないな」
先ほどの戦いを改めて振り返る。向こうは峰打ち前提の戦い方であり、そういう方針だったからこそ対抗できていた。なおかつヒロ自身の能力を探りながらの行動――次遭遇したら確実に負ける。
「かといって、現状じゃあ対応手段が――」
その時、真正面に闇が生まれた。夜による暗闇とは違う。それが何であるかを認識すると共に、ヒロは近づいた。
「……見てたんだよな?」
『無論だ』
声は、聞き慣れた力をくれた存在。
『交戦したようだな』
「交戦、って言うほどのことでもなさそうだが――」
『いや、向こうは剣を抜いた。戦闘になったのは間違いない。そして、逃げおおせたのは大きな戦果と言えるだろう』
「あー、やっぱ普通に戦ったら」
『勝てないな。それだけの差がある』
漆黒はわかりきっているように告げる。
「じゃあ、どうすれば?」
『とはいえ、お前の力は予想以上の結果をもたらした』
「……それは?」
『正直、現段階で交戦すれば一方的に倒されるだけだと考えていた。しかし、結果は逃亡……より力を高め、能力を自由自在にできれば、勝てるかもしれん』
その時、漆黒の気配が明瞭に変わったとヒロは認識する。それはどこか、相手に一泡吹かせられたことに対し、喜んでいるようにも見受けられる。
「……でも、このままいっても負けるだけじゃないか?」
ヒロはさらに問い掛ける。すると漆黒は当然とばかりに、
『やり方を変えればいいだけの話だ。わざわざ前に出なくとも、いくらでも方法はある』
「あー、なるほど……でも、当面は隠れていた方が――」
『だろうな。しかしそれは相手にも対応策を生み出すだけの余裕を生む。かといって、このまま戦いを挑んでも確実に負ける』
状況的に不利であることは、ヒロにもなんとなく認識している。ただ、一つ疑問があった。
「……相手さんは、どれだけの人数いるんだ?」
『不明だが、多ければ数十人規模だな』
「ヤベえじゃないか」
『安心しろ、予想以上の結果から考えれば、策を駆使すれば勝てるだろう』
勝つ――それを聞いてヒロは俄然やる気を出す。とはいえ漆黒は焦るなと言わんばかりに、
『ただ、今のところは隠れる必要がある……とはいえ、だ。ただ潜伏しているだけでは向こうのいいようにされるだけだ』
「どうするんだよ?」
『少なくとも、向こうの戦力くらいは分析せねばなるまい。となれば……うむ、もう少し働いてもらう必要が出てくるな』
「まだ力を完璧に使いこなせるわけじゃないし、あんまり派手なことはしたくないが」
『それは承知の上だ。心配するな、相手を出し抜く方法がある……とはいえ、一度しか通用せんが、さっさとカードを切るべきだろう』
それは持っておいても、いずれ使えなくなるかもしれない――そんなニュアンスを感じ取ることができた。
『では早速、始めるとしよう。いよいよ、本格的に交戦開始だ――』




