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黒白の勇者 ~再召喚された異世界最強~  作者: 陽山純樹
第五章

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虚ろな男

 ユキトに後ろ姿を見せている人間は、身じろぎをした……と同時に魔力を発した。時折、何か声を発しているのも聞こえてくる。


「……近づいて声を掛けてみるか」


 ユキトはここで決断し、慎重に一歩ずつ確かめるように進んでいく。暗がりで男性の姿が見えなくなる――その寸前、


「……あん?」


 男性が振り返る。それと共にユキトは、相手の首筋に刃を突きつけた。


「――動くな」


 ユキトは先んじて警告を発したが、男性は無反応。それどころか、どこか夢見心地といった様子で目が虚ろだった。

 人相を確認する。ホストのような外見であり、軽妙そうな印象を受ける人物。ただその瞳は焦点が合っておらず、動きも夢遊病のようにつたないものだった。


 そしてユキトは相手の表情を見た瞬間、状況を理解する。


「魔力酔いだ……」

『魔力、酔い?』

「体の内に眠る魔力については、無理矢理引き出すと自分自身の魔力に引っ張られて三半規管なんかがおかしくなる……場合によっては酩酊に近い状態になる」


 これは魔力を扱い始めた人間によく起こるものだと、異世界で交流した騎士レーネから聞いたことがユキトにはあった。


「本来、魔力の少ない人間に発症することが多い……異世界へ召喚された俺達は、魔力も多く、なおかつ霊具を手にしたことで魔力酔いを発症した仲間はゼロだった。だが……」


 ユキトは目の前にいる相手を見据える。内に抱える魔力――間近で観察することで明瞭にわかる。その量は十二分に多い。ユキト達と比較しても見劣りしないものだった。


(そうか……この世界の人間の多くが魔力をかなり保有している。もし力を得てしまったら……)


 心の内にユキトは厄介だと認識する。ただ、そうであれば目の前の男性が魔力酔いというものに陥る可能性は低いはずだった。


『ユキト……』

「わかってる。この男性の魔力量から考えれば、魔力酔いは起きないはずだ……けど、実際にそうなっている」


 ユキトはここで左手を振った。刹那、光の鎖が出現して目の前の男性を拘束した。


「ひとまず、ふん縛って……カイに連絡をするか」


 先ほど送ったメッセージを確認すると、自分も向かうという旨が記されていた。


「これならすぐに来そうだな……問題はこの男性をどうするか、だが」

『ユキト、魔力酔いによってこの人はこの森に?』

「だと思う。どういう経緯なのかわからないが……」


 そこでユキトはディルへ解説する。


「……普通、彼ほどの魔力があれば魔力酔いは起きない。けれど例外もある」

『例外、って?』

「考えられるとしたら、誰かが魔力を与えた場合……他者から魔力を受ければ、例え保有している魔力量が多いとしても、魔力酔いが発生するらしい」


 ユキトは拘束されてなお虚ろな目をしている男性を見ながら話をする。


「この男性は、誰かから魔力を受けて……ということなんだろう。問題は、誰が魔力を付与したか――」


 その時だった。ビキッ、と一つ音がしたかと思うと光の鎖が――突如破壊された。


『えっ……!?』


 ディルが驚く間にユキトは剣を構え――同時、男がバネのように起き上がるとそのままの勢いでユキトへ突撃した。

 しかし、そんな可能性を考慮していたユキトは大きく引き下がりながら迎え撃つ構えを示した。相手は徒手空拳だが、その両腕には魔力が生じている。まだ淡いものではあったが、単なる物理攻撃であれば容易く弾き帰す――それだけの力が眠っていることは認識できた。


(とはいえ、本気でやったらまずいか……!)


 場合によっては腕を両断しかねない。つかみかかろうとする相手に対しユキトは剣の腹で腕を弾く。だが相手は攻撃姿勢を止めない。その顔には――正気をなくしたような、怒りの形相があった。


「――アアアアッ!」


 獣の咆哮のような声が森の中に響く。差し向けられる腕を幾度がユキトは弾き、さらに後退する。


(カイが来たら……二人で拘束するか……?)


 しかし、目の前の男は――


(この魔力、微妙なところだが邪竜に近いような気がする……正気を失っているのは、その魔力が勝手に男性を動かしているからか?)


 その力の大きさは相当なもの。カイは戦える状況ではあるが、目の前の存在を相手取るのは厳しいかもしれない。


(対策が必要だ。それも早急に……とはいえ、今は目前の敵を――)


「ふっ!」


 ユキトが再度男の腕を弾くと、相手は立ち止まった。魔力を打ち消した――ユキトが能動的に腕の魔力を弾き飛ばしたため、その異様な手応えにより動きを止めたのだ

 即座にユキトは剣を差し向ける。刃は魔力で覆いなまくらのようにしているが、動きは魔物や邪竜の眷属を相手するかのように鋭いもの。直後、男は反射的に体に魔力を集める。


(本人がやっているわけじゃない。付与された魔力が防衛本能のように俺の魔力に反応して防御している……!)


 結果、ユキトの剣戟は弾かれた。ならばと、男性はさらに挑むかかる。差し向けられる右腕の狙いは首。つかんで絞め殺そうというのか――いや、それどころ喉を握り潰すつもりかもしれない。


(どちらにせよ、受けることはできないな)


 即座にユキトは剣で右腕を弾いた。腕と剣――その激突によってギィン! と金属同士が激突するような音が響いた。


「これで――」


 決める、とユキトは魔力収束を果たして男の胴を狙った。ここまでの戦いの中で分析し、相手を気絶させるに足るだけの魔力を注いだ。確かに男の魔力量は多く、そこに上乗せされていることで脅威ではある。しかし、本質的に霊具を持つユキトと比べれば、その絶対量には大きな差がある。

 とはいえユキトとしては傷をつけるわけにもいかない――行動を予測できない相手であるため、少しでも気を抜けば斬ってしまうかもしれない。だからこそ多少の時間を掛けて、確実に止められるのがわかったタイミングで、仕掛けた。


 だが、相手は――予想外の動きを見せた。あと少しで剣が届く距離で、突如魔力が膨れ上がった。

 それは攻撃ではない。何を思ったか――いや、付与されている魔力が逃げに転じた。男の体など一切気遣うことなく、半ば無理矢理魔力を噴出し、ユキトの間合いから脱したのだった。


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