笑顔
そうして日が過ぎ、ユキトはメイと顔を合わせる日がやってきた。支度をして家を出ると、ユキトは軽くのびをする。
「人と会うために休日出かけることなんてほとんどなかったよなあ……」
『少なくとも私がこっちに来てからは数度しかないね。つまり友達が少ないと』
「……召喚されて戻ってきた時は、意図的に関係を断ち切ったし」
ユキトは返答しつつ目的地へ向かうべく駅へ。カイに指定された場所は、彼が通っている高校近くのカフェ。先日カイと話をした所とは別で、なんでもメイのお気に入りの店らしい。
『ねえねえ、ユキト』
「どうした?」
『メイは現在、アイドルとして人気でしょ? だとしたらもしクラスメイトと顔を合わせているような状況を見たら誰かが噂とかしない?』
「……その辺り、カイは想定済みだと思うぞ」
どう対策しているのか、ユキトはおぼろげに理解できていた。とはいえそれをディルへ説明することはなく、電車に乗る。
その道中で、ユキトはメイのことを改めて思い返す。アイドルということもあって、彼女はカイと共に戦いの中心に立ち続けた。霊具が支援に特化したものであったため戦場に出ることは決して多くなかった。しかし彼女が前線にまで出張るような戦いは、それこそ激しいものだった。
時に治療術士として、あるいは治癒以外の支援魔法の使い手として――ユキトは彼女と共に戦った経験を振り返る。戦闘能力の低い霊具であっても、魔物に臆することなく戦っていた姿。そして、いつ何時においても決して笑みを絶やさなかった彼女。無論、仲間が死んでいく時は、彼女は例外なく涙を流した。治療術士であるがために、戦場にいるならば仲間を看取る役は半ば必然的に彼女だった。
例え『魔紅玉』で復活させる、と明言されていても、死を看取るのは辛かったに違いなかった。仲間のために泣き、そして残された者に対し笑みを見せる――彼女がいなければ、邪竜との戦いは勝てなかっただろうとユキトは断言できる。
「精神的支柱だったよな……」
『あ、邪竜との戦いの話?』
呟きに対しディルが反応した。
『確かにメイは常に笑ってるイメージがあるね』
「あの過酷な戦いで、そうできたのがすごいことなんだよな……」
ふとユキトは思い出す――ディルの言うとおり、記憶の中にあるメイの表情はそのほとんどが笑っていた。
「あんな環境の中で、楽しいことを見いだそうとしていた……ただそれは頑張っていたとか、みんなを励ますためにとかじゃなくて、自分がやりたいからってところが、メイのすごいところだ」
『アイドルっていう言葉を体現していたよね』
「まだアイドルとして活動し始めて、それほど経っていたわけじゃないんだけどな……」
ユキトは頭をかきながら、ディルの言葉に応じる。
「ただ、そうなろうとしていたことだけはわかる」
『でも、それは本人が望んでやってたんでしょ?』
「最終的に、なりたかった医者を目指そうという気持ちにはなっていたけどな……さて」
駅に到着し、ユキトは歩き進める。そうして辿り着いたカフェに、カイの姿を見て取った。
「うん、既にいるな」
彼と向かい合っているのは、見知ったメイの姿。テレビで見るよりもずいぶん地味な色合いの服装だったが、それは目立たないように、ということか。
街を歩けば有名になったことによって声を掛けられることもあるであろう彼女だが、この時の様子はリラックスしていて、周りにバレないように行動している雰囲気はなかった。地元であることも関係しているのかもしれない。
そして現在、少なくとも彼女の存在が認知されて大騒ぎになる可能性はない。なぜなら既にカイが魔法を使用していた。
「気配を隠すような魔法だな……」
『もう既に魔法を使いこなしているのは、すごいね』
「確かにすごいんだけど、カイだしできるだろう、なんて考えを抱いている自分もいるんだよな……」
ユキトはゆっくりと二人へ近寄っていく。
段取りは事前に決まっていた。ユキトがカイへ話しかける。そしてメイが視線を向けてきた時、目を合わせ記憶を戻す。
心なしか緊張していることをユキトは自覚する。カイという前例はあるにしろ、記憶が戻らなければ――という思いを今も少し抱いている。
(もし今後、同じように記憶を戻す人がいたら……全部、似たような心境になるのか、あるいは慣れてくるのか)
そこまで考えた時、ユキトはカイ達の近くへ辿り着いた。そこでカイが気づき声を上げる。
「あれ? どうしたんだい?」
視線がユキトへ。そしてメイもまた同じように視線を向けてくる。
それに乗じてユキトは彼女と目を合わせた――その表情は、確実にユキトのことを憶えていて思わぬ再会に驚いた様子だった。
(そういえば、俺のこともしっかり憶えていたよな)
邪竜との戦いに呼ばれたユキトだが、その当時のクラスにおいて極めて目立たない存在だった。名前を憶えている人間は少ないかもしれない――などとユキト自身思っていた。
けれど、メイはしっかりとユキトの名前も知っていた――時間にして数秒の出来事。ユキトが視線を外した時、彼女は視線を宙に漂わせる。
「……これは」
「戻ったかい?」
カイからの確認。そこでメイは「ふむ」と一つ呟いた。
「記憶……か。なるほどね。でも、どういう経緯で記憶が?」
「そこは僕から説明するよ……そして、ユキトのことも。これからのことも」
「私をここに呼んだのはそのためってことか……何があるのか知らないけど、どれだけ役に立てるかわからないよ?」
「――医者になる道は、あきらめたかい?」
ふいの問い掛けにユキトは驚く。むしろ、大丈夫なのかと不安になるほどだったが、
「……記憶を戻したことで、その辺りどう思っているか興味が湧いた?」
「僕ら……クラスメイト全員が、メイはどうしたいか知っている。だから今の境遇は、不本意なのではないと考える人だっているだろう」
「そっか……ま、どうするかはおいおい考えればいいよ。もし以前の私ならどちらかあきらめるべきだと言っていたはず。でも、あの世界の出来事を通して……やれないことはないって、色んな人に教えてもらったから」
そう告げたメイは、ユキト達へ笑いかけた。それは紛れもなく、邪竜との戦いで見せていた、あの顔だった。




