一生刻まれる記憶
その後、注文した料理が来てそれを談笑しながら食べ進める。以降の会話は他愛のないものだった。最近のクラスメイト――というより、共に異世界へいってしまった者達の近況をカイはユキトへ話した。それはまるで、一年という歳月を埋めるように。
無論、カイはこの世界においての出来事を中心に語る。その言い回しはユキトが知らないことを含めわかりやすく、この世界においてクラスメイト達のことをあまり知らないユキトにとって、ありがたいと思うくらいだった。
「何も言ってないのに、本当に行間を読むのが早いな……」
「そんなことはないさ」
と、カイは謙遜するがああこれが彼なのだと、ユキトは心のどこかで納得する。
そうして一通り話し終えた時、食事が終わり双方とも水を飲んでいるような段階になっていた。さすがに邪魔だろうとカイは出るよう提案し、二人は店を後にして夜風に当たる。
まだ話し足りないくらいだったが、この辺りが潮時だろうとユキトは口を開こうとしたのだが、先んじてカイが言った。
「二軒目に行くかい?」
「サラリーマンの飲み会じゃないんだから……いいよ、報告もしなきゃいけないからな」
「そっか。なら連絡先を交換して今日のところは終わりにしよう」
すぐにでも連絡を取れる態勢を構築し――ようやくお開きとなった。
「なあカイ、何かあったらすぐに連絡してくれよ」
「その言葉、そっくりそのまま返すよ。何かあっても自分にしかできないとして、抱え込むのは止めて欲しい」
「……なんというか、俺のことを読んでいるような言い方だな」
「当然だよ」
と、カイは腕組みをしながらユキトを見据える。
「一年……異世界で戦い続けた期間。人生において一年という歳月は短いかもしれないけれど……僕らにとっては、それこそ一生刻まれるような一年だった。あの時転移したクラスメイトのことなんて、知り尽くしてしまった」
「まあ……そうだな」
目を閉じて仲間のことを思い返せば、いくらでも出てくる。彼はああだった、彼女はこうだった。たった一年――けれどカイの言うとおり、一生分に匹敵するような思い出が、津波のごとく押し寄せた一年だった。
「ああ、こちらも異変があったら連絡する」
「頼むよ。それじゃあ」
「うん」
互いに背を向けて別れる。名残惜しいとかいう感覚はなかったが、何もかも話し尽くして、ユキトは重圧から解放された気分になった。
「じゃあ帰って連絡だな」
『気配探しは今日からやるの?』
ディルがふいに問い掛けてくる。そこでユキトは、
「そういえば食事中、ずいぶんおとなしかったな?」
『私だって空気くらいは読むよ。それに、二人してこの世界のみんなのことを話していたけど、それを聞くのも楽しかったしねー』
「ディルが見たことのない一面を聞くことができて?」
「そうそう」
「まあ確かに……俺は逃げるようにあの高校を出たからな。この世界における仲間のことなんて、確かにわからないよな」
ディルと会話をしながら自宅を戻るべく歩んでいく。駅の近くまで来るとユキトは空を見上げ、
「……なあディル、そっちはどう思ってる?」
『魔物のこと?』
「ああ。霊具そのものであるディルの方が、何か察することができたとか……は、ないのか?」
『んー、確かに魔物には驚いたけど、それ以外におかしいところはなかったように思えるけどねー』
「そうか……俺やカイ、さらにディルで他におかしいところがないってことは……あの場でどれだけ探索して無駄だっただろうな」
『だろうね』
ユキトは周囲を見回す。駅周辺には遊びにでも行っていたのかこの時間になっても制服姿の学生がいた。そうした人物に少し意識を集中させると、淡い魔力を感じ取ることができた。
「無意識のうちに魔力を閉じる……なんてことは、不可能ではないけどかなり難しい。地球の人口を考慮してもまあ一握りといったところか……つまり、魔力を意識的に制御できる人間なんて、ほぼいない」
『いたとしたら逆に目立つでしょ』
「そうだな……少なくとも、魔力という概念による異常ならば、俺達に気づけないはずがない。邪竜との戦い……それをくぐり抜けてきた俺達に、わからないはずがない」
絶対的な自信、というよりは確信だった。この世界に邪竜のような存在が――いや、そもそも魔物という概念がほぼいないのだから、当然の考えだった。
「さすがに人為的なものではないと思うけど……自然現象なら、何かしら発生のメカニズムがあるはずだ。その解明は……難しそうだな」
『そもそも私達は魔力に関する専門家とかじゃないからね……あ、それならツカサはどう? 彼なら、何かわかるかもよ?』
「ツカサか……」
その名は異世界で共に戦った仲間であり――クラスの中において、カイと双璧を成す存在だった。
ただ彼自身はそれほど目立たなかった。より正確に言うならば、完璧超人のカイと現役アイドルのメイという二人がいたため、あまり話題に上がらなかった。しかし、間違いなくとんでもない人物。カイは天才などと称されることが多いが、ツカサはそれとは違うようなタイプの天才だった。
「カイは話題に上げなかったけど……調査というのであれば、もしかすると記憶を戻してくれと言われるかもしれないな」
『かもね。でも、霊具はないからなあ』
「俺、異世界で霊具もなしに魔力の研究をしているツカサを見たことがあるし、大丈夫だろ」
『もうその時点で化け物だね……』
ユキトは「違いない」と答えながら、駅へと入った。
「カイは大企業の社長とか、政治家とか似合いそうだけど、ツカサは研究者タイプの天才だからな……それにしたって、あまりに異常だったけど」
『ああ、なんとなくわかる。ナントカ賞とかとりそうな人』
「ナントカ……まあいいさ。今後、魔物の調査をしていくのであれば、たぶん他の人の記憶も戻していくことになるだろう……カイは協力してくれると考えているみたいだけど、本当のところはどうなのか」
『大丈夫でしょ』
と、ディルは懸念を告げるユキトに対し楽観的に応じた。
『一年……短いかもしれないけど、異世界で培った信頼は、絶対崩れないって』
「そう……かな?」
『うん。それは自信を持って言える』
その言葉は、ユキトが驚くほどに力強かった。




