あり得ない事象
雑木林から先は、人が踏み入らないような森になっているが、植林された場所であるせいか木々の並び方は整っており、歩く分には不自由がないくらいだった。
生えている木々については常緑樹であり、明かりに照らされた葉は緑色をしている。ユキトは周囲に目をこらし、目標地点を見据えつつ、カイと共に進んでいく。
「ここまで来るのは初めてだね」
カイが言う。ユキトもまた頷いて、
「そうだな……誰かに見つからないように魔法は使っているけど、一応気をつけてくれよ」
「ここって誰かの私有地かい?」
「そこまではわからないけど……仮に国が管理している場所であっても、無断で入るのはよろしくないだろ。まあ、仕事を持ってくる親族の人は俺なら見つからないだろって解釈で遠慮なく情報を持ってくるけどさ。放置するのも危ないし」
「法的にはグレーゾーンかな」
「場合によっては真っ黒っぽいけどなあ……ま、平和を維持する活動ということで、見逃してくれ」
語りながらユキトは森の奥へと進んでいく。
「えっと、そうだな……この辺りは元々林業が多かったはずだけど」
と、カイは周囲の木々を見ながら告げる。
「やり手も少なくなり、管理はしているけど……といった形だね。結果的に国かあるいは市が一部土地を取得して自然公園を造った……とかだったはずだ」
「ずいぶん詳しいな」
「小学校とかで歴史を習わなかったかい?」
「ああ、地方の歴史か……なんか教科書みたいな本を渡されたな……でも、さすがに内容までは憶えていないな」
会話をしながら森の中をユキト達は進んでいく。
「もう少し先に行けば目標地点周辺だな」
「仕事はどういう形で情報が来るんだい?」
「この辺りで問題が発生している、という感じだな。抽象的ではあるけど、その周辺までいけば気配で自ずとわかるから、俺はそれでいいと考えているよ」
「なるほど……ふむ、僕にもわかるな」
真正面、ユキト達の進路方向に、明確な気配。この世界では本来あり得ない――魔力を伴った気配だった。
「ああいうのが、この世界にも存在しているのか」
「普通の人があずかり知らないところで、な……」
「まだ形は見えないけれど、魔物でいいのかい?」
「異世界にいた魔物とほぼ同質のものと考えていいけど、あそこまで確固たるものじゃない。さっきも言ったけど、この世界に魔法を使う人間が少ないため、魔物として姿を現すわけじゃない――」
ユキトが語る間に明確な解答が目の前に現れた。例えるならばそれは、鬼火――まるで人の魂が漂っているようなものに見えた。
「あれは本来、魔力である以上は普通なら見えないけど……俺達が召喚された人達が言うには、この世界の人はとんでもない魔力を抱えている……魔力を知覚するには訓練が必要だけど、この世界の人はそれでなくても見えてしまうケースがある」
「だから噂に出てくる、か」
「そうだな。俺達ならあれは単なる魔力の塊に見えるけど、何も知らない人が見たら幽霊とかに見えるわけだ」
「心霊現象の類いは全て、魔力によるものだと考えていいのかい?」
「どうなんだろうな。魔法というのは、それこそ何でもできそうだし、それで説明できてしまいそうだけど……この世の不思議は、魔力の一言だけで全て解決できるかは断定できないな。魔法に関する研究をしたら、説明できるようになるのかもしれないけど」
ユキトは目前に存在する魔力の塊に剣を構える。
「ただ、科学技術がさらに発展したら……その過程で、魔力という概念を見つけるかもしれないな」
ユキトは呟きながら踏み込んだ。直後、魔力の塊が反応を示した――ユキトという魔力を見つけ、それに反応をしたのだ。
魔力の塊が、突き進んでくる――とはいえ、ユキトは何もしてこないことはわかっていた。あくまであれは魔力に反応して動いているだけ。つまり、
「ふっ」
接近してきたのを見計らい、ユキトは剣を一閃した。それに魔力の塊が触れ、あっさりと霧散する――
「これで終了だな」
「終わりかい?」
「仕事内容的には、かなり簡単な部類だな。もっと魔力の規模が大きければ、巣を形成するような感じでわだかまっている場所もあった。その場合は、結構大がかりだし、カイに言ったように自衛手段がないとまずい危険性もある」
「今回については、特段自衛は必要なかったと」
「そうだな……まあ仕事を持ってくる側もどれだけ脅威なのかまでは魔力を知覚できない以上は判別できないからな。現地へ行ってみないとわからないから、俺としても万全な状況で動きたい――」
そう述べた時、近くからガサガサと落ち葉を踏む音が聞こえた。ユキトとカイは反射的にそちらを見る。
そこに、一匹の犬がいた。野良犬か――などと思ったのは一瞬のこと。ユキトがその事実に気づいた時、目を見開き驚いた。
「……そんな、馬鹿な」
「これは……」
カイも察したか声を上げる。とはいえ仕事の経験などないカイにとっては、異常なのかどうかの判別は難しかった。
「魔力を感じる……魔物、ということかい?」
「――あり得ない、はずだ」
ユキトは警戒の視線を犬へ投げながら、カイへ告げる。
「魔力が相応に滞留していても、ここまで形になるような個体が出たことはなかった……この世界で、魔物のような形になるなんて、あり得ないんだ――」
直後、犬が遠吠えをした。周囲の音は遮断しているため、誰かに聞きとがめられることもないが、
「……ひとまず、倒す」
ユキトは剣を握り直し、突撃する。それに犬の魔物は応じ――とはいえ、勝負は一瞬で決着がついた。
一振りの刃で、犬の魔物はあっさりと消え失せる。肉体ではなく魔力の塊である魔物は、刃が触れるとあっさりと消え失せた――しかし、ユキトの心の中にはしこりが残る。
「一体何が……」
「良くないことが起こっているか、あるいは何かしらをきっかけにしたか……ユキトが再び召喚されたことと、関係しているのかもしれない」
カイの言葉にユキトは彼を見返す。そこでカイは、
「もう少し、話をする必要性があるかもしれないな……夕食を一緒にどうだい? 適当な店に入って、作戦会議をしようじゃないか――」




