記憶の重要性
「さて、それじゃあやるか」
ユキトは一つ気合いを入れた声と共にカイと向かい合う。
「俺が少しばかり有害な魔力を出すから、それを防いでくれ」
「そのくらいでいいのかい?」
カイが予想外と言わんばかりにユキトへと尋ねる。
「ディルを出して戦うくらいはするかと思っていたけれど」
「……さすがに、丸腰の人間に斬りかかるのはまずいだろ」
ユキトは魔法で明かりを生み出す。同時に幻術を用いて自分たちの姿が周囲に見えないように――ついでに防音魔法も駆使する。誰かに見咎められても記憶をなくせば問題はないが、根本的に見られないようにした方がいいという判断だった。
「そうかな?」
カイは口の端に笑みを浮かべながら――右手を振った。途端、光の粒子が手のひらから生まれ、ユキトは思わず凝視する。
次の瞬間、カイの右手には剣が握られていた。
「ここへ来るまでの道中で、体のうちにある魔力を操作していたら、このくらいはできるようになったよ」
「……無茶苦茶だな」
と、ユキトは半ば呆れたように言うと、
「そうかな? これは魔力を扱うにはどれほど記憶が大切か……それを証明しているのだと思うよ。つまり、ひとたび記憶が戻れば、以前のようにすぐさま扱えるようになる」
「……さすがにそこまでやられたんじゃ、試すなんて必要性もないけれど」
ユキトは右手にディルを生み出す。途端、
『出番だねー。久しぶりー、カイ』
「ああ、久しぶりだね、ディル……では、始めようか」
その言葉と共に、ユキトはカイへ踏み込んだ。以前――神級の霊具であった聖剣を持つカイと戦う際、ユキトは胸を借りて戦うようなものだった。
ディルの霊具としての等級は天級――対する聖剣の神級であり、とりわけ力が強かったため、クラスメイト同士でもカイと相手になる人はいなかった。
けれど、今は立場が逆――ユキトの踏み込みに対しカイは即座に応じた。全身の魔力を活性化させ、まず差し向けられた刃を生み出した剣によって弾く。
「うん、いけるね」
カイはそう呟くと同時に反撃に転じた。ただ受けるだけだと思っていたユキトにとっては意表を突かれた形。けれど現在身体能力はユキトが圧倒的に上。だからこそ、対応に一歩遅れた状況でもユキトは剣を切り返し、カイの刃を受けた。
それを綺麗に受け流すと同時にカイの間合いから脱した。その動きは的確で、数センチ動けば間合いに到達するというギリギリの場所だった。
「……さすが、僕のことはわかっているね」
カイもユキトが間合いを脱したことを理解しそう呟いた。
「それをすぐに察するカイも、まったく変わっていないな」
「戻してもらった記憶は鮮明だからね。まるで戦っていたのが昨日のことのように……そんな風に思えるくらいだ」
カイが動く。半歩で間合いを詰めると放たれる刃。しかし今のユキトにとって、その動きはずいぶんと遅く見えた。
魔力操作についてはおおよそ完璧と言っていいもの。しかし、今のカイは少し違う――それは間違いなく、根本的な身体能力の差だった。
カイは元々スポーツ万能であり、剣道部に所属していた。そのためか聖剣を手にしてもそれほど苦労なく扱えていた。それを振り返っても元々の技量はあるはずだが、さすがに肉体が元に戻っていては、動きそのものは異世界にいた時と比べて遅い。
魔力を用いる場合は魔法で筋力を強化すればいいため、本来ならば基礎的な身体能力の差など、あまり意味のないことのはずだった。もし以前より動きが悪くなっているのであれば、それに応じて魔力を加えればいい。だが、今のカイはそうならなかった。
そしてその原因をカイは瞬時に理解してやや苦い顔をした。
即座にユキトは切り返し、カイの剣へと薙いだ。多少なりとも力を込めて――結果、カイは大きく弾き飛ばされた。たたらを踏んで尻餅をつくようなことはなかったが、その動きはユキトにとって明確な隙だった。
だからこそ、ユキトは前に出た。カイへ目がけて踏み込み、今度は決めるべく一閃する。カイはそれを剣で動けたが――今度こそ耐えきれず、彼の手から剣が離れた。
剣は地面を滑り、止まると同時にかき消える。そして残るは剣をカイの胸元へ突き立てるユキトの姿。
「俺の勝ちだな」
「さすがに今の僕で勝てるとは思っていなかったけれど……なるほど、こういう形で足下をすくわれるとは」
肩をすくめるカイ――動きの鈍い原因は、体に収束させる魔力量。
最初の時点でカイは自身でも動きが鈍いと悟ったのだろう。よってさらに魔力を高めようとしたのだが――戦いというのは、一瞬の判断で全てが決まる。だからこそ、込める魔力量などはほぼほぼ条件反射的にできるよう体に憶えさせていた。そこが大きな問題となった。
カイはユキトの攻撃を見て、即座に応戦しようとしたが記憶に引っ張られて異世界で活動していた時と同じ量の魔力を込めた。けれど異世界にいた時と違い肉体は戻っているため、足りなかった。その差異が、ユキトに一本を取られた原因というわけだ。
「反射的に動けるように……という訓練をしていたわけだけど、こうなると面倒だな」
「かといって、思考する暇なんてないだろ……まあ、そもそも戦闘なんてこの世界でするわけないだろうけど」
「そうかな?」
笑うカイ。何をする気なのかとユキトは苦笑し、
「まあいいさ……ともあれ、ここまで動けるのであれば十分すぎる。同行しても問題はなさそうだ」
「それじゃあ、行こうか……ここからさらに歩くのかい?」
「そう遠くはない……空が完全に黒くなった直後くらいには終わるさ」
ユキトは空を見上げる。茜色の空が見え、いよいよ本格的な夜が始まろうとしている。太陽は既に沈んでいるため、ものの十分もすれば辺りは暗闇に覆われるだろう。
「それじゃあ、改めて」
『おー』
ディルの声が聞こえる。のんきな返事に対しカイは笑みを浮かべつつ、
「二人の関係性は何も変わっていないようだね」
「そうだな。なんというか、相変わらずだ」
『む、失礼だなあ』
「失礼ってなんだよ」
『それじゃあ私は何も考えていないみたいじゃんか』
「実際、何も考えていないだろ……」
そんなやりとりをしつつ、ユキト達は森の奥へと歩き出した。




