仲間と名前
「……さすがに、そんな風には思えない」
多少の沈黙の後、雪斗はそう応じた。
「より正確に言えば、そんな風には言えない」
「だろうね。ユキトがそう返答するのは予測できた」
カイは予定通りという雰囲気で雪斗に応じた。
「だから、ここはおあいこということで手を打たないか?」
「……おあいこ?」
「僕自身、ユキトだけを残してしまったことは咎だと感じている。しかし当のユキトはそう思わない……邪竜との死闘だ。どのような結末であっても仕方がなかったしね。でも、僕はそんな風に思っている。一方、ユキトは自分だけが記憶を持っているからこそ、色々と行動を起こしてしまった……それを罪だと感じている」
「そうだな」
「でも、僕からすればそれは何でもないことだ……双方の罪だと思う部分は、議論しても平行線だと思う。そうだろ?」
雪斗は少し沈黙をした後、渋々といった様子で頷いた。確かに議論をしても意味がない。そもそも双方とも主張を曲げる気がないのだから。
「なら、それはそれでいいと思う……少なくとも、僕とユキトは今後のこと……未来を見据えている。記憶を戻してそこからの話をすることができる」
「……それで、いいのか?」
「ユキトは僕が糾弾すると思ったのかい?」
問いに、雪斗は黙った。カイがそんな風にする姿は想像できないのは間違いなかった。
「……カイなら、そんなことはしないとは思っていた。これは、俺自身の問題だと考えていたから」
「そうだね。だから、これまでやってきたことについては、これで終わりにしないか? 誰の責任なんて決めることはできない問題だと思うし、何よりそれを解決しなくても、これからのことを話し合うことはできる」
その言葉で雪斗も、小さく頷いた。
「そうだな……カイがそれで納得できるのなら」
「うん、では話を戻そう。ユキトと僕の間には壁がある」
「それは……罪の意識があるからだけど……」
「今ここでそれはないと僕は語った。なら、その壁は取っ払ってしまっても良いだろう?」
「……それは、元の関係であって欲しいということか?」
「そうだ。クラスメイトでも、友人でもない……僕らは、仲間だ。邪竜を倒すべく奔走し、死線をくぐり抜けた同志だ」
――その言葉で、雪斗は理解した。
「……そうか。俺には……瀬上雪斗ではなく、ユキト=セガミとして接してくれと」
「そうだ」
あの異世界での出来事は、なかったことにしない――いや、むしろあの異世界で戦ったことこそ、何より大切なのだと。
「僕はそうしたいんだけど……どうだい?」
「……頼まれて、断れるわけがないじゃないか」
雪斗はふうと息をつく。それと同時――異世界で、幾度となく歩いた中世の町並みが思い出された。あの場所で暮らす人々のことが鮮明に浮かんでくる。
「……あの世界の出来事は、ひょっとするとこの世界で生活していく上で、問題になるかもしれないぞ」
「そんな懸念は必要ない。仮にあったとしても、小事だ」
「……わかった」
雪斗は呼吸を整える。それと同時に――
「なら……俺は今から、ユキト=セガミだ」
「うん」
カイは満足したように頷いた。
(再召喚されてからは、ずっとこの元の世界の人間として活動してきた……でも、カイはそうではないと)
雪斗――ユキトは、心の中でそう呟いた後、肩をすくめた。
「なんというか、強情だなカイは」
「そうかい?」
「まあそれを言うなら俺も強情だし、何ならメイだって強情だ」
「うん、そうだね」
そして互いに笑い合う――ああ、そうだ。この感覚だ。ユキトは心の底から、待ち望んでいた会話なのだと、気づいてしまった。
「メイについても、記憶を戻すべきかな」
と、ふいにカイが声を漏らした。それに対しユキトは訝しげな視線を送り、
「どうしてだ?」
「実は、死んで生き返った場合、記憶は保持されるのかについて議論したことがある……といっても、戦いのさなか、訓練中の雑談程度のものだ。色々あって真面目に考察していなかったし、そこで話したメンバーも限定されていたから大した内容じゃない」
と、カイは前置きをしながらも、
「その中にメイもいたんだけど……彼女が言うには、記憶を失ってしまったら、戻して欲しいということを言っていた」
「……雑談だけど、その言葉は本気だったと?」
「そうだね……ユキトも知っているとは思うけれど、彼女は医者を目指そうとしていた」
ユキトは小さく頷く。それはクラスメイトの誰もが知っていること。
「でもアイドルになって……その多忙ぶりもあってか、その夢を諦めようとしていた。アイドルをやるからには妥協せずトップを目指す……だから医者にはなれないと」
「メイは多才だし、両方できるだろなんて言う仲間もいたな」
「本人は否定していた。けれど、傷を癒やす霊具を手にして……もう一度、医者になろうと志した」
「しかし記憶を失い……アイドルの頂点を目指すため邁進している」
「彼女にとってはどちらが良いのかわからないけれど……記憶を戻して欲しいという言葉は本気だったよ。雑談の中で真剣に語っていたのが妙に印象的で、僕もはっきり記憶に残っている」
「……それは、アイドルが嫌というわけではないんだよな?」
「そうじゃないよ。彼女はアイドルとしてとても楽しくやっているとは語っていたから。だから記憶を戻してどういう結論に至るのかはわからない。でも、あの異世界の出来事を通して……そこで見聞きして決断したことを、なしにしたくはないという思いなんだ」
ユキトはメイの姿が思い出される。邪竜により終わろうとしている世界の中で、多くの人を笑顔にしてきた人物。
「でも……現状では会いに行くのは難しくないか?」
「その辺りは、上手いこと僕がやれるさ」
カイが断言する。場所はセッティングするから、というわけだ。
「……他の人は?」
「正直、同意をとることは難しいわけだし……でも、僕としては戻すべきだと思う。もちろん、ユキトがためらうのは理解できるよ。一年という歳月が経過している以上は、記憶を戻して欲しくなかったなんて心境になっていてもおかしくはない。ただ」
と、カイは腕組みをした。
「戻してから、いらないため記憶を消すというやり方はありだ」
「まあ確かに……ただ、記憶を入れ込むことで問題が生じる可能性も否定できないし、そもそも記憶だけを消すことができるのか……」
「その辺りは……検証してからでも遅くはないな」
検証――その言葉と共に、カイは自身の右手に視線を移した。




