記憶を――
「……あれ?」
すぐに雪斗であると察したらしい。カイは声を上げ、雪斗へ注目した。
「瀬上君じゃないか」
「……久しぶり」
雪斗はそう答えた後、小さく手を上げた。
「知り合いと会うのにここへ寄ったんだ」
「へえ、そうなのか……唐突に転校して少し戸惑ったくらいだけど……元気だったかい?」
そんな言葉に雪斗は内心苦笑したくなった――そもそも彼とクラスは一緒になったことはあったが、ほとんど話すようなこともなかった。雪斗とカイの接点は、異世界に転移してからのものだ。
だからこそ、雪斗としてはよく憶えていたなどと思ってしまう――しかし雪斗はそういった感想を押し殺し、
「ああ、まあね……学校に変わりはあった?」
「色々と改革を進めている途中なんだけどね」
肩をすくめカイは語る――雪斗は学校の内情を知らなくともわかる。口ぶりからして生徒会の会長などをしているのだろう。
自分から言い出したのか、それとも推薦かは不明だが、彼は間違いなくその大役を担えるだけの能力を持っている――雪斗は異世界での出来事を思い出す。完璧な人物。聖剣を握り、最後まで戦い続けたその力。
何から何まで羨むような存在だった。雪斗はどこか感傷的になりながら、話を進めることにする。
「……あ、そうだ。少し、用があるんだ」
「僕に?」
「ああ。ちょっといいかな」
雪斗は一歩近づく。それに伴いカイは首を傾げ――その瞬間、雪斗は手のひらをかざした。
目の前のカイにとって、それはどういう意味合いを持つのかわからないものに違いなかった。けれど、彼は動かなかった。敵意がないことはわかったはずだし、何をしようとしているのか興味を持ったのかもしれない。
雪斗は魔法を使い――記憶を、カイの体へと入れた。それにより当のカイは小さく呻く。おそらく体に魔力が入り熱を感じたはずだった。そして後は、どうなるか事の推移を見守るだけ。
果たして――雪斗は内心で緊張し、相手の反応を待つ。
そして、
「……これは」
呟き、カイは周囲を見回す。先ほどと景色など変わっていない。けれどその所作は、自分がどこにいるのかを確かめるような素振りだった。
戻ったのか――と、雪斗自身言い出すことができず沈黙を守る。そして、
「……そうか、そういうことか」
どこか納得したような口ぶりで、カイは呟いた。
「その……ユキトは、僕が仕込んだ記憶に触れたんだね?」
「……ああ」
内心で安堵しながら雪斗は問いに応じた。
「なら僕は……邪竜との戦いで死んだのか」
「そうだな……そして俺がトドメを刺した」
「なるほどね。けれど、記憶のことはユキトに話してはいなかった。偶然見つけた? いや、そんなはずはないか。ん、待てよ。一年以上経過してこうして記憶を戻したのはなぜ?」
「記憶を得たのは、つい最近だ……信じられないかもしれないけど、再度召喚されたんだ」
その言葉にカイは目を見開き驚いた。
「再度……!? そうか、話をするとずいぶん長いみたいだね」
「ああ」
「なら……これから時間はあるかい?」
疑問に対し雪斗は小さく頷いた。
「なら話をしないか? 駅前のカフェで話を聞きたい」
「そっちの予定とかは、いいのか?」
「構わないよ」
言いながらカイはスマホを取り出す。そして誰かに電話を掛けた後、
「これでよし。それじゃあ、行こうか」
カイは何でもないことのように――それこそ、異世界に赴き、並び立って戦っていた時と同じように声を掛ける。
それにひどく懐かしさを感じながら雪斗は、彼の言葉に従い歩き出した。
カイが案内した店は、雪斗も度々目にしたことのある場所に店を構えているカフェ。とはいえ入ったことは一度もなく、それに対しカイは利用したことがあるのかずいぶんと慣れた足取りで席に着いた。
そこから雪斗は説明を始める。とはいえ、それほど長い時間はかからなかった。かいつまんで説明するだけで、カイはどういうことが起こったのか理解できるくらいに明瞭だったからだ。
「そうか……雪斗が戦いに終止符を打ってくれたのか」
「ああ……召喚された時はまたかと思ってしまったけど、俺から言わせれば戻って良かったと思えるくらいだ。魔神を残しておけばどうなっていたかわからない。それを解決できたわけだから」
「確かに、世界を救ったというのに、それでも世界が無茶苦茶になってしまったら、後味が悪いからね」
紅茶を飲みながらカイは答える。それに対し雪斗は俯き加減で言葉も少ない。
(ここまでの説明で……カイは理解しているんだろうな)
仲間の心情を機敏に察するだけの能力を持つ彼である以上、なぜ転校したのかは察するはずだった。そして雪斗が黙ったままでいるとカイは、
「……頼みが、一つあるんだ」
「どうした?」
「もしこうして接するのであれば、僕としてはユキトはあの異世界で接していたのと同じようにして欲しい」
「それは……そうしているつもりだけど」
「いや、違うね」
断定するカイ。それで雪斗は言葉が止まる。
「明瞭に壁を作っている。それは今の僕から見てすぐにわかるよ」
「それは……」
「ユキトが学校を離れたことと関係しているだろう。少なからず、負い目がある……それに対する答えを先に提示した方がいいか」
と、カイはティーカップを置いて、話し出す。
「その、僕と幼馴染みのことは……現状から考えると、ずいぶん遠くになってしまった」
「カイ……」
「でも、それはやり直せる程度のものだ。遠くなっても幼馴染みが何をしているのかは僕に伝わってきている。それは僕自身、記憶がない中でも未練があったからだけど……まだ、やり直せる」
「やり直せる……だからといって――」
「許すよ、僕は」
と、まっすぐな目でカイは雪斗へ告げた。
「むしろ僕はこう思う……ユキトを一人にしてしまった。だからこれは――ユキトだけを残した形で勝ってしまった……僕の責任だよ」
「いや、責任って……」
「最後の最後で僕もまた倒れてしまった。そうであれば……指揮していた僕に咎があるとは思わないかい?」
ユキトは絶句する。そんなはずはない。しかしカイは、そんな風に解釈している様子だった。




