魔法という存在
打ち上げという名の大騒ぎは最後カラオケによって締めくくられた。全員が知っている楽曲を全力で歌い上げて外に出ると、本格的な冬が始まろうとしている空気に対し翠芭が白い息を吐き、
「春に帰ってきたから、なんだか変な気分」
「季節が逆戻りしているからね」
貴臣が述べると空を見上げる。時刻は夜を迎え、冷気が体にまとわりつく。
「さて、僕らはこうして無事戻ってきたわけだけど……まあ、何があるというわけではないか」
「そうだな」
雪斗は同意しつつも、打ち上げに参加した面々を見回した。翠芭に貴臣、信人に千彰と花音。その体には明確に――
「ただ、最後の最後に一つやっておかないといけないことがある」
「お、深刻な話か?」
信人が身を乗り出すように声を上げる。それに雪斗は首を左右に振り、
「大した話じゃない。でも、知っておかなければいけないことだ……少し移動しようか」
雪斗が先頭に立って歩き出す。翠芭達はそれに従い歩き出す。
一行は繁華街を歩く。ここは雪斗が通う高校の最寄り駅周辺であり、立ち並ぶ店はクリスマスらしいイルミネーションに彩られ始めていた。まだクリスマスまでは遠いのだが、それでも町並みを見るといよいよ本格的な冬なのだと認識させられる。
「やっぱこっちの町並みはまぶしいな」
千彰が周囲に目を向けながら呟く。
「ほら、あっちはさすがに夜は明かりがついている場所も少なかったし」
「そりゃあ電気なんてもんはなかったからなあ」
信人は同調しながら、千彰へ向け笑みを浮かべた。
「けどあっちはあっちで良かったところもあっただろ」
「まあね」
「私達、異世界にいたんだよね……」
花音はポツリと呟くように話す。
「なんだか信じられないけど」
「それは明確な事実だ。実際、ディルもいるしな。それと」
雪斗は今一度、共に戦った仲間達を見回した。
「こんな面子でカラオケなんて行くのは、そういうことがあったからだろ」
「そうだね」
「まさしく」
花音と貴臣が同意しつつ、雪斗はひたすら町を歩く。やがてメインストリートから外れた。
そして見えたのは河川。この町は大きい河川が中央に存在し、ゆったりとした流れを作っていた。公園として利用されている場所もあり、さらに川沿いにはベンチなども用意されている。デートスポットとして休日の昼間は男女が並んで歩いている光景も見られる。
しかし現在は夜になって河川をまともに見れないし、なおかつ寒いので人の気配はなかった。雪斗は好都合だと思いつつ、仲間達へ向き直る。
「到着だ」
「ここで何をするの?」
翠芭が問い掛けると雪斗は一呼吸を置いて、
「全員、魔力の知覚はできるか?」
その問い掛けに翠芭達は互いに顔を見合わせる。次いで自身の胸元に手を置いたり、あるいは両手を見据えたりと思い思いの行動をし始める。
「異世界から戻ってきたわけだが、その体は基本的に異世界で動いていたものと同じ状態になっている。俺自身ディルを引き連れて戻ってきているのがその証拠だ。ただ、どちらかというと重要なのは肉体よりも精神だ」
「精神?」
翠芭が聞き返すと雪斗は腕を軽く振る。その先端にわずかに魔力を乗せた。もしそれを感じ取れるのであれば、魔力の粒子が雪斗の指先から 舞ったはずだった。
「全員、魔力は見えるな?」
翠芭達は一斉に頷いた。
「この魔力が見えることこそ、俺達が異世界へ行っていた証拠だ。この世界では魔力を知覚する技術は確立されていない……もしかすると将来、人類はこの世界においても魔力を認識するかもしれないけど、今はまだその段階にない。で、だ」
雪斗は右手を握ったり開いたりする。
「俺達は霊具を持っていただけで、例えば魔法などを習得したわけではない……でも、霊具を使ったことで魔力を知覚する能力を得た。加え、俺達はその魔力を霊具を通して活用し戦っていたわけだ。少なくとも霊具を使用していた経験は残っている。これにより、俺達は擬似的に魔法を使うことができるようになっている」
「……本当か?」
疑わしげに信人が問い掛けると雪斗は、
「右手をかざして、明かりを発するイメージで魔力を操作してみればわかる。厳密に言うと魔法とは違う……霊具を使用した経験が残っているが故に、魔力を操作して擬似的に魔法に近しいことができるようになっているだけだけど……向こうの世界に人からすれば、多大な魔力を持っているからこそできる所業らしい」
信人は言われるまま手をかざす。少しすると――手のひらの先に、淡い光が浮かび上がった。
「マジか……」
「つまり俺達はこの世界において、ありえないはずの魔法使いという称号を得たわけだ……でも、これを知らない人が見たらどうなるか。手品だと誤魔化せればいいけど、下手をすれば言い逃れできなくなる可能性もある」
「気をつけろってことか」
貴臣の言葉に雪斗は頷き、
「俺は……これからカイの記憶なんかを戻すために動くけど、できることなら静かに暮らしたい。魔法を使って何かをするということはしない……ここにいる人の中には、魔法が使えるのであれば人の役に……と考える人だっているかもしれないけど、魔法というのはこの世界にとって異質であり異端だ。どうなるのかは、予想もつかない」
「魔法が使えることを認識しておき、どうなるか自覚しろってことだね」
翠芭の言葉に雪斗は首肯する。
「そうだ。魔法という概念がこの世界においてどんな意味を持つのか……もし何か魔法を使って行動するのであれば、事前に相談して欲しい。俺はみんなと比べ霊具すら所持している身だ。一年その状態で暮らしてきたし、何かしらアドバイスはできるはずだ」
雪斗の言葉に、全員が頷いた。少なくともこの場で異議を唱える者はいなかった。
「同意ということでよさそうだな……最後に辛気くさくなったけど、今は戻ってきたことを喜ぼう」
「そうだね……さて、時間も時間だし帰らないといけないかな」
翠芭の言葉に全員はうんうんと首を振る。そこで雪斗は、
「怪しまれないようにしてくれよ。まあ、怪しまれたからといってバレるようなものでもないけど」
その言葉に全員が返事をして――解散となった。全員を見送り、雪斗もまた、帰ることにしたのだった。




