戦いの報酬
「本当に、お別れね」
リュシールが雪斗へ発言する。そこで、
「ああ、そうだな……さすがに三度目は、ないよな?」
「迷宮を形作っていた魔神も消え失せた以上、少なくともこの迷宮に関する騒動で召喚されることはないでしょうね。もっとも、他の場所ではわからないけれど」
「不穏なことを言うなよ……ま、カイ達もいるし大丈夫か」
雪斗はカイへ視線を送る。名を呼ばれた彼は小さく頷くと、
「こっちのことは心配しなくてもいい……もう二度と、こんなことにはさせないさ」
そのカイの言葉で、雪斗は一つ頷き、
「なら、後は任せた……ありがとう、みんな」
「礼を言うのはこちらの方だ」
と、レーネが雪斗へ告げた。
「一度ならず二度までも……こうして救ってくれたこと、本当に感謝する。このことは後世に伝え、二度とないように教訓とする」
「歴史として教えるか……なんというかむずがゆい気もするけど」
雪斗は苦笑した後、一つ咳払いをして、
「ともあれ、良い終わりを迎えられたのは良かった……」
雪斗は呟いた後、転移魔法陣を見据える。前回は半ば勢いに任せて帰った。けれど今回は多くの人に見送られての形であり、
「……それじゃあ、帰るか」
やけにサッパリとした言葉と共に歩き出す。それと同時に仲間達から感謝の言葉を受け――少しばかり寂しさを覚えた。
どれだけ苦しい戦いであっても、仲間達と共に戦えたことは雪斗にとって誇りだった。その思いだけは絶対に変わらない。この世界の出来事を幾度となく振り返り、雪斗は成長していくのだろうと自覚する。
ほんの少しだけ、もう会えないことに後ろ髪を引かれるような思いを抱いた。けれど雪斗は帰ると決断した。そして、カイから託された。
最後に雪斗はカイへ視線を送る。彼は柔和な笑みを見せただけ。しかしそれで雪斗は全てを理解したかのように頷き――転移魔法陣へ踏み込んだ。
光に包まれていく。感謝の声が鳴り止まない中、雪斗は異世界を離れることとなった。
――チャイムの音が、雪斗の耳に入ってくる。気付けば教室。昼休みが終わりを告げ、次の授業が始まる時間帯。
誰もが眠そうな雰囲気の中、雪斗はおもむろに教科書を取り出した。こうして世界を戻ったのは二度目。雪斗にとっては経験したことがある以上、どこか慣れた様子だった。
先生が教室へ入ってきて授業が始まる。眠気を我慢しながら雪斗は授業を聞くことにする。ただその中で、先ほどまでいた異世界のことを思い返す。
全てが夢だったように感じられる。けれど紛れもなく現実だった。それは雪斗に託されたカイの記憶。それが身の内に宿っていることが明瞭にわかったからだ。
他の人達は――と、周囲を見回そうとして、雪斗はやめた。息をつき、長い旅路に思いを馳せながら、授業内容を耳に入れ続けた。
そうして昼休み直後の授業が終わり、休憩時間に。クラスメイト達は各々友人と喋り始め、雪斗はあくびをかみ殺す。
その中で――翠芭が雪斗へ近寄ってきた。
「……あのさ」
「何?」
雪斗の声は少し硬質だった。記憶がどうなのか――前回のことを引きずっているため、多少なりとも警戒してしまったらしい。
翠芭ならばそれに気付いたかもしれないが、言及はせず別のことを口にした。
「もし良かったら、今日の放課後打ち上げしない?」
「……打ち上げ?」
聞き返すと翠芭は頷く。
「そ。記憶のある人達だけで……人数はそれほどいないけど、ちゃんとこの世界に戻ってきたということで」
その言葉と同時に、霊具を手にしたメンバーは一様に頷いた。
「……まあ、良いかもしれないな」
『お、乗り気だね』
頭の奥でディルの声が聞こえた。異世界へと渡って――色々なものを託された。さらに言えば、霊具を手にした者達だけは記憶を維持し、雪斗のことを知った。
あえて魔神との戦いの報酬をあげるとすれば、それらなのかもしれないと、雪斗は感じた。
「でも、俺は店とか知らないぞ」
「それはほら、繁華街にでも行けば決まるよ」
「そうか? ま、それならそれでいいけどさ」
雪斗は肩をすくめた後、翠芭へ視線を向け、
「……とにかく、無事で良かった」
「雪斗もね」
「ああ、まったくだ……なんというか、まさか二度目があるとは思わなかった」
クスリとなる翠芭。次いで違いないと貴臣が頷いている光景が見えた。
「ま、三度目はさすがにない……約束したからな。もう金輪際こうしたことはないから、安心して欲しい」
そう告げた後、雪斗は窓へ視線を移した。
「……わかっているとは思うけど、霊具を手にした以上身の内にある魔力を認識できるようになっている。その結果、今までにはない感覚があるだろ?」
「うん……」
「この世界では魔力を知覚する技術が皆無。けれど、一度認識してしまえば……とんでもない力を得る。下手に魔力を使えば怪しまれる可能性があるから、注意を払った方がいい」
「ならその辺りの講釈を含め、じっくり話を聞きたいな」
翠芭の言葉に雪斗は頷き、
「俺で良ければ、いくらでも手を貸すさ」
「なら、約束ね。今週の土曜日とかどう?」
「いきなりスケジュールを組むのか……?」
「善は急げと言うじゃない」
「……まあ確かに、少しでも早くやっておくべきことではあるかもしれない」
語ると同時に雪斗はふと思う。まるで、今までこんな風に会話をしてきた間柄のような気軽さだった。それがなんだか奇妙なものであると雪斗は自覚しつつ、
「ま、時間はたっぷりとある。いくらでも享受はするよ。といってもこちらの世界で過ごした期間は一年くらいだし、解説できることはそう多くないけどさ」
「力を使ったことはあった?」
「多少は、ね。でもそれは、悪事を働いている人をどうにかするって感じのことだな。泥棒とか見つけて放っておけないし」
「あ、色々やってたんだ」
「パトロールするようなことはさすがになかったけどな……ま、折り合いを付けて生活するにしろ、力は持て余しそうだな。さっさと説明した方がよさそうだ」
「場合によっては打ち上げの時でもいいけど?」
「話すかどうかは考えるよ」
そこでチャイムが鳴った。翠芭は「またね」と一言告げ、席へとつく。
雪斗は次の授業の準備を手早くしてから窓の外を見た。冬の荒涼とした空。それを見ながら、雪斗は異世界で共に戦った仲間達のことに思いを馳せ続けた――




