別れの時
そうして、雪斗達は帰還の日を迎える。転移する場所は元迷宮の第一層。魔力が安定していることから選ばれた場所であり、雪斗達は人々の歓声を聞きながら、入口までやって来た。
「これで本当のお別れだな」
レーネが雪斗へ言う。ナディを含め今回邪竜との戦いに参加した面々もまた、この場にいた。
「カイの残した記憶もある……今後はもう、召喚などすることないはずだ」
「そうであることを祈っているよ……ま、少なくともジークが現役でいる間はないな。もし何かしらの形で呼ばれたら……遠い未来の話になるかもしれないな」
「そうならないよう、こちらは全力で対処はさせてもらう」
レーネの言葉に雪斗は頷き、城を見上げた。ジークとは今朝、謁見の間で挨拶を済ませた。最後の言葉はずいぶんと軽いものであったが、それはこの世界のことは心配いらないということを伝えたかったのかもしれない。
「とはいえ、最後の最後まで気は緩めないように……俺達が問題なく帰れるまでは」
「無論だ」
レーネは後方にいるイーフィスへ視線を向ける。彼は雪斗達が見ていることに気付くと小さく頷いた。大丈夫――そう語っている。
「来たわね」
リュシールの声がした。見れば迷宮の入口で待ち構えている彼女の姿。
「入口を開けるわね」
「……もう迷宮としての機能はない。解放する可能性は?」
「現時点で迷宮の支配者も健在だし、当面は閉ざしたままでしょうね……中では既に準備は整っている。魔法陣は既に解放済みだから、そこへ足を踏み入れれば帰ることができるわ」
「……記憶の処置は」
「転移した際に効果が発動するようになっている……そうね」
リュシールは一度周囲を見回した。雪斗に加え翠芭や貴臣――今回邪竜との戦いに参戦した霊具使いを一瞥した。
既に雪斗のディルを除き武器は手放している。よって霊具の効果がない以上は、単なる一般人という扱いでもおかしくない――のだが、
「この世界の記憶を保持したままということは、魔力を知覚したままにするということ。記憶以外で大きな変化はおそらくそこよ」
リュシールは翠芭達へ語り出す。
「雪斗もその点については自覚しているはず……そちらの世界では多くの人が認識できない魔力を、あなた達は理解できる……それはきっと、元の世界にとって強大な力になる可能性を秘めている」
「力に溺れるな、ということですか?」
貴臣が問う。リュシールは小さく頷き、
「邪竜との戦いで正しく力を使ってくれたあなた達であれば、問題ないことはわかっているわ。でも、憶えておいて。あなた達の力は鋭い刃。例え霊具を持っていなかったとしても、それにより人を傷つけることができる。危険なものを身につけている……それは自覚しておいて」
「魔力については、発さなければ問題はない」
雪斗はリュシールの言葉に続き、語った。
「俺はディルを携えて元の世界で過ごしていたけど……特に問題は出していない」
「本当かしら?」
「どうしてリュシールが疑問を抱くんだよ」
「別に力を振るっていたなんて思わないけれど……多少なりとも、世界の秩序のために貢献しようとか、そんな風に考えることはあったんじゃない?」
雪斗は押し黙る。確かに雪斗が持つ力ならば、元の世界において敵はいない。強大な――邪竜さえも打ち砕く天神の力。それを用いれば、戦争兵器相手ですら圧倒できるだろう。
「……邪竜との戦いで、俺は気付いたことがある」
「何かしら?」
「人との戦いで重要なのは政治力だ。腕っ節だけが強くても何にもならない……力はあるにしろ、俺はそういう能力は皆無だったからな。結局、力を振るうケースなんてほとんどなかったよ」
「そう。なら雪斗はみんなの手本となるように頑張ってね」
「ああ、言われなくても――」
雪斗が応じた時、迷宮の入口が開いた。帰還者達はそこへ向かって進んでいく。
最後尾付近で雪斗は迷宮の中へ入り込んだ。そこに白い光を放っている魔法陣があった。地面に描かれたそれは、相当な魔力を保有していることがはっきりとわかる。
「ようこそ」
出迎えはカイだった。柔和な笑みを浮かべ、雪斗達を歓迎する。
「処置はほとんど終わっているから、後は魔法陣の中に踏み込むだけだ」
そう告げた後、カイは雪斗達を安心させるように笑いかけた。
「とはいえいきなり飛び込めと言われてもキツイかもしれないけど……」
「なら、最初に俺が入ろうか」
と、手を上げたのは信人だ。
「誰かが先んじて入れば、後に続くだろ」
「おや、率先して動いてくれるのか」
「そういうことだ。雪斗、いいよな?」
「構わないよ」
クラスメイトが固唾を呑んで見守る中、信人は緊張した様子もなく魔法陣へと進んでいく。そして中央に辿り着いた時――その姿が光に包まれ、消えた。
「成功だな」
「本当に成功したのかは、帰ってみなければわからないぞ」
カイの言葉に雪斗が応じる。すると彼は笑い、
「そうだけどね……さて、次に入ろうと名乗り出る者はいるかい?」
その言葉にクラスメイトの一人が手を上げた。そして次々と魔法陣へと歩み始める。
そうして一人、また一人と魔法陣の中へ侵入していく。それを見送りながら雪斗は、小さく息をついた。何となく、前回の戦いのことを思い出した。こうして帰ることができていれば、と。
「ユキト」
ふいにカイが雪斗へ話し掛けた。
「あちらの世界にいる僕を頼んだよ」
「……任せてくれ、とはさすがに言えないけど、記憶を戻すことは約束する」
「よかった」
安堵するような声と共に、カイは再度笑みを浮かべた。
「ちなみにユキトは入らないのかい?」
「最後にするよ……まあ元の世界へ戻る時間は同じだから、最初だろうが最後だろうが関係ないんだろうけど」
「そうだね……挨拶は済ませたけど、何か言い残したこととかはあるかい?」
「ない……けれど、さすがに何か一言くらいは残そうか、と思い始めている」
霊具を持たないクラスメイト達が、全員魔法陣の中へ入った。次いで貴臣や翠芭もまた魔法陣の中へ――そして、最後に雪斗だけが残された。




