圧倒的な力
洞窟内を照らす神々しい光。それが雪斗を包み、今まさに飲み込もうとしていた。
けれど雪斗は慌てることはない。信奉者が発した魔法をその身に受けた瞬間、改めて確信を抱く。
(最終決戦で得た力……それがこの敵にも通用する)
相手が邪竜の力を用いているのならば、この力には絶対に抗えない――そう強い確証を得られたことで、雪斗はどこまでも冷静でいられた。
(魔法の構造的に、おそらく俺を封じるような魔法だな。爆裂四散するような系統の魔法は洞窟が崩れるならやらないだろ)
迷宮のような強固な構造ならば話は別だが――ともかく、その体を封じ込め二度と出られないように処置。そのまま餓死でもさせる気なのだと雪斗は推測する。
(どういうやり方にせよ――この力の前には無意味だ)
左手にまず魔力を集める。それと共に雪斗は手を掲げ――振り下ろした。
動作としてはたったそれだけ。しかし一瞬にして変化が訪れた。突如魔法の光が弱まり、なおかつ魔法陣の力も一気に収束していく。
『なっ……!?』
当然信奉者は驚愕の声を上げる。相手は何一つ反抗することもできず――やがて魔法陣が途切れ、雪斗が発している魔法の光だけが残った。
「この力については、さすがに知らなかったか」
信奉者の視線が左腕に注がれる。そこだけ、異様な変化をしていた。
雪斗の左腕――肘から手の先に存在する小手や衣服が、真っ白に染まっていた。
「ということは、そっちは俺達が邪竜と戦った情報は持っていないってことだ」
『何だ……その力は……』
うめく信奉者。呆然と、今目の前で起こったことが信じられないという様子。
乾坤一擲の魔法だったはず。しかし雪斗はそれを一蹴した。つまり力の差は歴然としており、もはや勝ち目はないと信奉者も悟っている。
「……倒すのはいいが、もっと情報は得ておく必要はあるな」
雪斗は剣を逆手に持つと、地面に突き立てた。
「ディル、やれ」
『りょーかい』
間延びした声と共に魔剣から魔力が放出される。生じたのは黒い縄のような魔力。それが地面を伝い信奉者の足下から体をうごめき、その体を拘束していく。
『な、何だ……これは……!?』
「俺達の世界では自白剤っていう質問すると相手が素直に答えるようになる薬がある」
雪斗は雁字搦めになっていく信奉者を眺めながら告げる。
「実際問題効果があるのかどうか俺にはわからないし、物語の上で存在するだけの代物かもしれないが……ともあれ邪竜との戦いで、ヤツの動向をつかむために情報がとにかく欲しかった。で、人語が理解できる相手に対しては、余裕があれば拘束して尋問していたわけだ」
『非人道的だな、貴様……』
「人間を捨てたヤツにそんなことを言われるとは思わなかったよ」
雪斗は肩をすくめる。その瞳は冷酷で――また同時に過去を思い出しているかのように遠い目だった。
「こうでもしなければ生き残れない世界だった……だから死なないために、やれることは全てやった」
『その結果がこれか……だが残念だな。こんな魔法、私には――』
雪斗が剣を握る力を強める。すると黒い魔力がわずかに発光し、
『が、あああああっ……!』
「痛覚はあるな。とはいえ何も拷問しようってわけじゃないよ。俺もそんな趣味はない」
闇が信奉者の頭部に触れる。同時、
『き、貴様、私の思考を……!』
「頭をいじくるというより、俺に情報を喋らせるよう魔法で一時的に洗脳するって表現が近い……敵が強ければ精神を衰弱させてからじゃないと技法が通用しなかったりもするんだが、あんた相手ならその必要はなさそうだな」
雪斗は一度頭の中を整理する。まず確認しなければならないのは――
「確認だ。お前達はグリーク大臣とつながっているのか?」
『ぐ……そ、そうだ。私達は確かに大臣と繋がりがある』
そこで信奉者の顔が歪む。
『か、勝手に口が……!』
「そういうことだ。なら次の質問だ。大臣はお前達に話を持ちかけたのか?」
『ぎゃ、逆だ。私達から話を持ちかけた』
「それはお前が主君と呼んでいた存在の仕業か?」
『そ、そうだ』
どうやら大臣と敵側が手を組んでいるのは事実。もっともこれは証拠にならない――グリークが「こちらを疑心暗鬼にさせる手段だろう」とでも言えば終わってしまう。よって証拠は別に用意する必要がある。
「俺達が召喚されたことについて、主君とやらはどう思っているんだ?」
『し、知らん……! 我が主君の策謀はこの私に想像できるものではない……!』
「よほど信用しているんだな」
(……仮に勇者召喚も想定通りだったとすれば、狙いは迷宮……魔紅玉か?)
邪竜から力を得ているとはいえ、魔物だけで迷宮攻略は難しい。ならば勇者召喚により聖剣所持者を手に入れ、攻略をさせる。グリークも魔紅玉を求めているはずだが、それをかすめ取るか、あるいは――
(狙いは魔紅玉以外なのかもしれない……目的はわからないが、敵も迷宮に求める物があると解釈していいのかもしれない)
「なら次だ。迷宮が復活した以上魔紅玉を守る存在がいるはずだ。そいつはどんな姿でどんな力を持っている?」
『し、知らない……それは我が主君も把握していないようだった。なにせ、迷宮が復活してまだ入り込んではいないからな』
「そうか。ならば、お前の主君の名は?」
問い掛けに、信奉者は一度抵抗したようだった。けれどゆっくりと口を開き、最初の言葉を発しようとした直後、
『が……!?』
突如、その顔が苦痛に歪む。雪斗が何事かと思った矢先、信奉者の体が突如――砂に変じた。
『これは……!?』
ディルが驚愕する中で信奉者の姿は跡形も無く消え去る――そこで雪斗は小さく息をついた。
「どうやら主君の名を出そうとしたら消滅するように魔法を仕込んでいたか」
『魔法を……?』
「絶対に情報を漏らさないようにしているってことだ。徹底しているな」
『そっか……あんまり情報は得られなかったけど』
「グリークが敵と手を組んでいることがわかっただけでも十分収穫だよ。あとは証拠集めだな。それさえできれば、政争を終わらせることができるし、俺としても楽になるな」
ここで改めて、雪斗は思う――どうやらこの世界に再び召喚されたのは、きっとやり残したことがあるからだ。
「ともかく俺がやらなきゃいけない……もう俺しかいないからな」
そう呟き、雪斗は踵を返す。信奉者が消えた洞窟は、ひどく静まりかえっていた。
* * *
翠芭達がレーネから話を聞き、また雪斗が信奉者を打ち破ったのと同時刻、彼らのクラスメイトの数人が騎士に案内され、とある場所へ向かっていた。
「あの、本当にいいんですか?」
やや疑わしげに問い掛けるのは、支給された衣服をやや着崩している男子生徒。名は南村信人。雪斗達のクラスの中でムードメーカー的な役割を担う人物。
彼に追随するように男女数名がついていく形――こうして信人が動いているのは、騎士の誘いがあったからだ。
「はい、大丈夫ですよ」
尋ねられた男性騎士はにこやかに答える――翠芭達と話をするレーネの隊に所属する騎士だと名乗った彼は、廊下で雑談をしていた信人達に声を掛けた。そして彼は霊具が眠る宝物庫を見学しようと提案した。
城に眠るお宝――それを聞いて信人達は興味をそそられた。よってその場にいた面々は騎士に追随することにした。
(城の中にいれば安全だろうし、見学するくらいは問題ないよな)
そう信人は心の中で呟き、また同行しているクラスメイトも同じ考えを持っている様子――やがて一行は両開きの鉄扉の前に到達した。
扉の細部に金縁の装飾などが施されており、また同時に重厚感から決して開かないようにも思える、厳重な扉だった。
「こちらになります」
騎士はにこやかに告げた後、懐から鍵を取り出す――ここで信人はふと疑問が湧いた。宝物庫ということは、厳重に管理されているはずで、重厚な扉はそれを証明しているが――見張りなどはいないし、騎士も大したことでもないように鍵を取り出して見せた。
ただ――事情を知らない信人は、違和感を覚えたもののそれが謀略だという想像に達することはなかった。
(まあ見学できるような許可はもらっているってことだろ)
そんな解釈をした直後、扉が開く。重々しい音と共にゆっくりと開かれた扉の先には――煌びやかな世界が広がっていた。