あらゆる可能性
雪斗はその時の光景を思い出し、一つ確信した。カイは雪斗に技術を教えた。しかし一方で記憶を残したことは語っていなかった。
もしかするとこれは、カイ自身邪竜に情報が漏れる危険性を考慮したのかもしれない――きっとカイは他にも、様々な策を仕込んでいただろう。それが炸裂したかどうかはわからない。けれど一人一人に、邪竜と対抗するための策を授けた――つまりは、そういうことなのだ。
そしてそれは今、実を結んだ――邪竜との決戦で、この技法は使用しなかった。カイも使うことがなかった。だからこそ、魔神に通用する切り札となったのだ。
雪斗が魔神へ迫り、剣を一閃する。そこに迸る魔力に対しても、魔神は一向に怯む様子はなかった。
斬撃が相手へ入る。かわそうともしないその様子を見て、雪斗は成功だと内心で呟いた。
直後変化が生じる。刀身に注がれていた魔力が魔神の体へと注がれ――
『ぐ、うっ……!?』
今度こそ魔神は苦悶の声を上げた。
「なに……!? この力は――!?」
「カイは、幾重にも渡って対策を施していた」
雪斗はなおも追撃を決めようとする。そこで魔神は後退した。これまでにない消極的な動き。よって、今度は翠芭が接近する。
「これはあくまで邪竜に対抗するためのもの……さすがにお前が出現するなんて考えもしなかったはずだ。けれど、その対策がこの場所で光り輝いた」
『何だ……この力は……!?』
「手の内を明かすつもりはないさ。驚愕と共に――消え失せろ」
翠芭の剣戟が魔神の体を薙いだ。それによってさらに体が震える。
『ぐおおおおっ!? 貴様だけでなく聖剣使いまでも――』
そこで魔神は魔力を噴出した。雪斗達が行使した力を無理矢理はね除けた形。しかし、その姿は先ほどまでと異なり弱々しく見えた。
ただ、どうやら手法は理解したらしい――魔神が叫ぶ。
『魔力を条件付けしたか……!? この私を……魔神のみに通用するような技法を……!?』
残念だが不正解だ、と雪斗は心の中で呟いた。
かみ砕いて言えば、カイが雪斗へ託したのは「相手が強ければ強いほど威力が高まる技」だ。理屈としては相手の魔力と自身の魔力を共振させ、擬似的に自らの魔力として利用する。小さい魔力でも、巨大な相手の魔力と同調させてそれを刃にすれば、大きな傷を負わせることが可能というわけだ。
これを教えられた時、無茶苦茶だと雪斗は感じた。邪竜の力さえも利用するという発想は、さすがに雪斗は思いつかなかった。技術的に可能だと判断しても、試そうとはしなかっただろう。
だがカイはやり遂げた――あらゆる可能性を想定して、この技術を完成させた。
「翠芭――決めるぞ!」
「うん!」
共に駆ける。両者の刃が届こうとした時、魔神は大きく退こうとした。逃げの一手に出られたら現状では厳しいかもしれない。雪斗が足に力を入れようとした時、魔神の体が突如止まった。
それは――後方にいる貴臣の援護。移動しようとする魔神を抑えるべく、透明な結界を発動させた。
『貴様……!』
「させない!」
魔神が声を漏らし、貴臣は杖を振りかざす。
「二人とも、今だ!」
しかし、魔神も魔力を発し結界を砕こうとする。いかに強力な霊具を持つ貴臣の結界でも、本物の魔神を足止めするのは厳しい――が、結界は砕けなかった。それはどうやら、もう一つの援護があったからだ。
『迷宮の……支配者……!』
「私はどちらに与するわけでもない。しかし、逃げて再起を図ろうとするその姿……支配者として生まれた始祖とはいえ、あまりに無様」
迷宮の支配者は、どこか哀れむような声と共に、右手を結界へかざしていた。
「だから終わらせよう――この戦いは、貴様の負けだ」
『させん……! 私はまだ……! あの憎き天神をこの手で……魔力を一欠片も残さず滅するまでは――』
雪斗と翠芭の剣戟が、退路を断たれた魔神の体に入った。苦悶の声を上げ、反抗しようとして――それすらもできないまま、
『――アアアアアア!』
声もどこか無機質的なものであり――魔神の姿は、とうとう消滅した。
「……終わった、でいいんだよな?」
雪斗は地面に座り込む。魔神が存在していた場所へ目を向けながら疑問を告げる。右手にディルは握ったままで警戒はしているが、さすがに限界が来ていた。
そこでリュシールが『神降ろし』を解除して姿を現わし、
「ええ、消えたわ……この迷宮に存在していた魔神の魔力は、潰えた」
「迷宮内にあった魔神の魔力もほとんど消失したようだ。本体がいなくなった今、残留している魔神の魔力もいずれはなくなるな」
迷宮の支配者が言う。彼はふう、と小さく息をついた。
「手助けするつもりはなかったが、最後の最後であんな姿を見せられてはなあ」
「不満があったのかしら?」
「無様だと感じたのは事実だ。あの行動により見限ったと言うべきか……まあいいさ。これで迷宮は完全に終わりだ。私も身の振り方を考えるとしよう」
「……ともかく、これで迷宮は今度こそ使えなくなった」
雪斗は台座へ目を向ける。そこにはコナゴナに砕けた『魔紅玉』の姿が。
「迷宮を維持していたものはもうない……そして、本質的な原因であった魔神の魔力もない」
「きっと、天神の魔力も消えてなくなるわ。役目を終えたから」
リュシールは雪斗へ告げる。それに雪斗は小さく首肯し、
「これで……やり残したことは、全て終えたな」
「後は帰るだけね」
「そうだな……でもやることは多い。元の世界へ帰るための準備も進めないといけない。まだまだ休むのは先だな」
「ま、少しくらいは羽を伸ばしてもいいでしょう……ユキト、スイハ、タカオミ、お疲れ様」
労いの言葉に雪斗達は笑みを浮かべる――そうして、邪竜との戦いから始まった雪斗達の戦いは終わりを告げた。
(元の世界のカイも……これなら、納得してくれるかな)
そんなことを呟く。記憶を戻して欲しいと言われたが、まだ少し戸惑っていると雪斗は自覚する。けれど、
(託された以上は……仲間に託された以上は、やらないといけないか)
そんな風に心の中で結論付けた後、雪斗は撤収しようと仲間達へ告げた。翠芭や貴臣も魔力を使い果たしたかヘトヘトな様子を見せながら頷き、一行は迷宮の外へ出るべく歩き始めた。




