彼との訓練
魔神との戦いがいよいよ終局へと入る――その最中、雪斗はあることを思い出していた。それは、邪竜との決戦前、訓練場で行ったカイとの会話だった。
「――うん、実戦はこのくらいでいいかな」
城内の訓練場でカイは告げる。雪斗は彼から指導をしてもらった後、片膝をついて呼吸を整える。
「結構大変だな……」
「僕の能力に合わせて構築した技法だからね。そもそもが聖剣所持者を前提に作られたものだ」
「それを俺に伝えるのは……意図があるのか?」
ようやく呼吸が落ち着き雪斗は立ち上がる。この日の朝、突如カイが部屋へとやって来て「訓練をしよう」と提案をしてきた。それにより一つ、技法を教えてもらったのが、
「これ……かなり負担を強いるな」
「そうだね。僕以外で扱えるのはそれこそ、ユキトを含め数人だろう。ただユキト以外では決戦まで体得できるかどうかわからない……だからこそ、ユキトに教えた」
「他の人には――」
「時間的にも厳しいかな。今日たまたま僕の方が空いたから、ならばとユキトに教えることにしたんだ」
笑みを浮かべるカイ。ここで雪斗はなんとなく気になることがあった。指導を受けた技法は、ともすれば邪竜にも対抗できるもの。ただ制約が厳しいため、カイの言う通り扱えるのは雪斗達の中でも少数に違いなかった。
「……俺に教えたのは、意図があるのか?」
「僕が死ぬのを前提にして作戦を組んでいる、と思ったのかい?」
言い当てられ雪斗は押し黙った。技法を託す――内容的に邪竜にも対抗できそうなものであり、下手するとカイは自分を犠牲にして戦うつもりなのでは、と思ってしまう。
「僕だって死にたくはない。いずれ『魔紅玉』で生き返るにしても……邪竜との戦いで生き残るつもりだよ。ユキトに技法を教えたのは保険さ。万事抜かりなく……邪竜と戦うために、やれることはやっておいた方がいい」
「……そうだな」
ユキトは首肯した。確かに多少、考えすぎだったかもしれない。
「ただ、ユキトはそうなったら覚悟をしておいてくれ」
そしてカイは告げる。覚悟とは――
「僕も同じように心構えをしておく……邪竜との戦いは、僕らが誰か一人、立っていたら勝利だ。最後に残る人間が僕なのか、それともユキトなのか……あるいは他の誰かなのか。そこはわからないけれど、邪竜を討つことができればいい。もちろん、犠牲を前提に作戦を組み立てはしないけど」
「決戦について、どう見る?」
雪斗は尋ねた。するとカイは渋い顔をして、
「邪竜については未知数の部分が多いから、予測はあまり当てにならないな……けれど今までの敵の能力から勘案して、僕の推定に近い力の持ち主であれば……五割かな」
「半分か。いけそうな雰囲気はしてくるな」
「博打の範疇は超えないけれど、ね……僕自身、勝率をもっと上げて戦いたいくらいだけど、さすがに現状では限界があるな」
「相手は世界を蹂躙しようとしている邪竜だ。仕方がないさ」
現在は迷宮の奥深くに押し込めている。しかし、少しでも油断すれば即座に邪竜は牙をむく――気が緩んだ瞬間、邪竜は間隙の縫うように侵略を行ってきた。現在は大陸各国が総力を挙げて邪竜の動きを制限している。逆に言えば、国家が全力でなければ封じ込めない相手なのだ。
しかし、国であろうとも限界は来る――邪竜の侵略規模は複数国に跨がるほどのものであり、攻撃されれば尋常じゃない大軍が押し寄せてくる。それを防ぐために各国は油断なく、連携をとり封じ込める動きをしているが、相応のリソースが消費されている。それは現在進行形であり、大陸の国家それぞれは疲弊し始めている。
だからこそ、カイはこの段階で決着をつけるべく迷宮内へ踏み込む。可能な限り入念な準備ができて、なおかつ各国が邪竜対策に綻びが出ないギリギリのタイミング――それが今だった。
ただ、さすがにカイとて自分が負けることは想定していない――というより、そこまで考えることはできなかった。現状のリソースでは、負けた時のことなど考慮する余裕がなかった。だからこそ、勝率を上げるために雪斗へ技法を教えたのだ。
「……さて、僕は用事があるからこれで引き上げるよ」
カイは告げる。彼自身負担は相当なものだが、聖剣所持者として、一切弱みを見せることがなく接している。雪斗はそれについて何も言わなかった。そんな問題、とっくの昔に言及済みであり、解決しているからだ。
「俺の方は何かやることはあるか?」
「屋敷の方へ顔を見せに行ってあげてくれ」
屋敷――ナディやイーフィスなどがいる屋敷のことである。
「最終的に彼らは置いていくことを僕らは決めたけど、それを悟られないように行動しないと」
「決戦まで怪しまれないよういつものように接しろってことだな……ただ俺、そんなに演技は上手くないけど」
「普段通りで構わないよ。何か不安があるとか、隠し事をしているだとか指摘されたら、僕のことを引き合いに出して逃げればいい」
「カイが死を前提にして作戦を組んでいる、とか?」
「まさしく」
彼は笑みを浮かべた後、雪斗へ手を振って歩み始めた。
「何かあったら連絡がくれ。どんなことをしていてもすぐに駆けつけるから」
そう言い残して訓練場からカイは姿を消した。残された雪斗は小さく息をつき、
「まったく……俺に役目が来ないことを、祈るしかないな」
覚悟をしておく――カイが目の前で死んだとしても、表情一つ変えずに戦えと、むしろ屍を利用してでも邪竜に剣を突き立てろと。
これまで幾度となく死を見てきた。クラスメイト達はいずれ『魔紅玉』によって生き返るにしても、迷宮の中や戦場の中で倒れ伏す姿を見て、悲しくないわけがなかった。
しかし、そんな感傷に浸ることすら命取り――雪斗はやりたくなかったが、カイが邪竜にやられる想像をした。その時、自分は冷静でいられるだろうか。
「やらなきゃいけない、ってことか……」
自分は託された――他ならぬカイから、聖剣所持者から技術を渡された。
ならば、それに報いなければならない。それはクラスメイトとしてか、それともこの世界で共に戦う同士だからなのか。
「どちらにせよ……そうでもしなければならない相手ってことだよな」
雪斗はゆっくりと歩き始める。訓練場を訪れる前とは、気持ちが大きく異なっていた――




