元の世界で
「私は……ほんの少しだけ、カイの記憶を……それを聖剣を通して伝わってきた。だから、言えることがある」
翠芭はそう告げ、核心部分に触れる。
「カイも……苦しい戦いだったけれど、そんな風に思った時があった。クラスメイトと深く接し、並んで戦ったことを……少しだけ、輝かしいと思っていた」
「……そうか」
雪斗は嬉しいような悲しいような気持ちで翠芭の言葉を聞いた。
「もしかすると……案外簡単に受け入れてくれたかもしれないな。でも、俺はクラスメイトと深く接したとはいえ、この世界のことについて……来て良かったなどと告げるのはタブーだと考えていた。だからまあ、どれだけ仲が良くなっても、踏み込んではいけない領域が存在していたわけだ」
「雪斗……」
「なんというか、すれ違ってしまったんだよな。俺はもう少しだけ、勇気を出してカイ達へ本心を告げれば良かったかもしれない。もちろん、それで失敗する可能性だってあった。でもきっと……言わずにここまで来てしまったことよりも、後悔は少なかったかもしれない」
「雪斗は……あまり、本心を伝えていなかった?」
「どうだろうな。もしかすると黒の勇者として戦っていたことを考えると、遠慮があったのかもしれない。カイ達の記憶……この策だって、ディルのこともあったから俺には伝わっていなかった……いや、俺は幾多の戦場を渡り歩いてきた。その中で、敵に情報が漏れることを恐れたのかもしれない……ともかく、この一事だけ見ても、何もかも全てさらけ出してという風にはできなかった。元の世界の時点で親友だったら話は別だったかも知れないけどさ」
肩をすくめ雪斗は語る。
「この世界へ辿り着いて、クラスメイトの関係性は大きく変わってしまった……でも、結局は元の世界の関係だって切っても切れないものだった。だからこそ、心の奥底では……壁があったのかもしれないな」
雪斗はそこまで語った後、翠芭へ笑いかけた。
「でも、カイがそういう風に考えていたというのは……聞けて良かった」
「そっか。でもそれって、直接話しても良いんじゃないかな?」
「城にいる記憶のカイに、か? それもまた一つの手段ではあるけど……なんとなくフェアじゃないと思う」
「フェア?」
「こちらの世界に存在する記憶のカイは、元の世界へ戻ることができない……そういう立場である以上、俺が元の世界のことと結びつけて何かを語るのは、あんまり良くないだろ?」
「そう……かな……」
「良くない、というよりは筋違いという感じかな。たぶん城にいるカイに話をしても、元の世界へ戻って記憶を戻してから言えと説教されるだけさ」
「ああ、それはありそう」
互いに笑う――気付けば雪斗自身、翠芭に対し心がほぐれていた。
それは他ならぬ本心を口にできたからなのか――
「……私は」
ふいに、翠芭が雪斗へ告げる。
「私はまだ、この世界へ来たことに対して戸惑っている」
「当然だろ。それに、翠芭の場合は自分の意思で戦ったというよりは、半ば強引な展開だったから仕方がないさ。ただ、その中でも翠芭は邪竜討伐をやり遂げた……それは誇っていい」
「私の力だけじゃないけどね」
「みんなの力だな」
「うん……そうだね、私も言いたいことがあるけど、いい?」
「どうぞ、遠慮なく」
雪斗が告げると翠芭は微笑み、
「私は……元の世界へ帰ったら、カイに会ってみたい。もちろん、記憶を戻した後のカイに」
「……それは……」
「同じ聖剣の担い手としては当然のことだけれど、この世界のことについても是非話をしてみたい」
だから、記憶を戻してね――と、雪斗は言葉にされない中で声が聞こえた。
「……わかった」
そして雪斗は承諾する。カイの記憶を戻す――それについて雪斗は思うところはある。けれど、翠芭はその行動を後押しする形となった。
「具体的にどう引き合わすかについては……とにかく、カイに会わないと話にならないな」
「呼びつけて記憶を渡すとかは……無理か」
「学校へ赴いて、少々強引にでも顔を合わせて記憶を押しつけるしかないな」
「押しつける、なんだね」
「当然だろ。受け取ってくれと言われても記憶のないカイでは混乱するだけだ」
そう雪斗は告げた後、小さく息をついた。
「なんというか、ありがとう翠芭」
「うん? 私は別にお礼を言われるようなことはしていないけど?」
「でも言わせてくれ……ここに来てようやく、俺は本心を出すことができた。そのきっかけは他ならぬ翠芭がやってくれたよ」
「私は何もしてないけど……ま、そういう風に解釈するなら、それでいいよ」
にこやかに――雪斗はそれで小さく頷く。今回のことで、確実に距離が縮まったような気がした。
その後、雪斗達は城へと戻り、翌日から訓練を再開した。本心を吐露したためか、それとも他に要因があるのか――自身でも驚くほど、訓練は上手くいった。
その勢いで雪斗は翠芭との合同訓練を開始する。さすがに最初、戸惑い連携には苦慮したが、元は同じ天神の力。両者は確かに交わり、一つの力となすことができた。
「これで『魔紅玉』を破壊することはできるのか……」
「わからないが、可能性は十分に見えたと思う」
雪斗と翠芭の成果を見て、カイはそう評価した。
「もう少し訓練を続け、両者の連携を確固たるものとしたら、いよいよ本題に入ろうか」
「破壊するためにか……その方法については――」
「実際に二人の能力によって、やり方も変わってしまう。だから、ここからは頑張って最適な形を見つけ出さないといけない」
両者の力を組み合わせるにしても、その手法については千差万別ある。その中で、確実に『魔紅玉』を破壊できるものを探す――非常に大変な作業。なおかつ、時間だって無限にあるわけではない。
「まだ多少の余裕はある……とはいえ『魔紅玉』に異変が生じるような事態となっては間に合わない危険性もある。状況を見極めて、準備を重ねていこう」
雪斗と翠芭は同時に頷く。いよいよ決戦の時が差し迫っている。その中で、雪斗は半ば使命にように託されたことを思い出す。
(カイの記憶を……か)
それを果たすまで、なおさら死ぬことはできない――この作戦を、確実にやり通す。そして全員で元の世界へと帰る。今度こそ、全員生還した状態で帰るのだ。
雪斗はその決意を胸に訓練を続ける。翠芭もまた同じ気持ちなのか、その顔には決意を静かにみなぎらせていた――




