召喚者
『雪斗――!!』
光で視界全てが埋め尽くされる中、ディルが雪斗の頭の中で叫ぶ。危険だと認識したらしい。
雪斗自身も理解できていた。この魔法は邪竜――ひいては魔神由来のものであり、黒の勇者としても脅威になり得るものだと。
『後悔するがいい! 魔神の力に抗えない貴様自身をな!』
信奉者は叫ぶ。例え天神の武具を持とうとも、魔神そのものの力を所持している邪竜に対抗できる手段は少なかった。現状を打破するには、それこそ天神が使っていたと言われる聖剣でなければ難しいと、誰もが思うことだろう。
『雪斗!!』
「心配するな、ディル」
だがこうした中で雪斗はひどく冷静に、ディルの言葉に応じた。
「最初からこうした魔法を使ってくる可能性は考慮していたから、あえて踏み込んだ……切り札を試すには丁度良い」
呟いた直後、雪斗の体に変化が訪れる。それは間違いなく、信奉者でさえ予想だにしていなかったものであった――
* * *
「召喚されたユキト達の活躍により、町が救われたことは昨日伝えたはずだ」
間を置いて――レーネが翠芭達へさらに続ける。
「そして彼らは大陸中に跋扈する魔物も倒し始めた……彼らがそれこそ率先して戦い続けたのは、この大陸の惨状を目の当たりにして、というのも理由の一つだろう」
ふう、とレーネは息をつく。
「それを主導したのは聖剣を手にした人物。異名は『白の勇者』……彼は聖剣を携え自ら転戦し、クラスメイト達がそれに追随した。そうして戦い続けた結果、召喚された者達全員がこの世界を救わなければと使命感を抱いたのでは、と思う」
雪斗はその一人だった――翠芭はそう確信する。
「邪竜による侵攻によって、大陸は甚大な被害と絶望的な状況に追い込まれた……それをたった四十名ほどで、打開した……白の勇者を始めとする召喚者は全員が称えられ、彼らの働きを大陸の誰もが熱狂した」
ここでレーネは苦笑に近い笑みを浮かべた。
「君達の世界における時間で言うと……二ヶ月。その二ヶ月で、ユキト達は大陸――ひいては世界を救った」
「けれど……」
翠芭はレーネと目を合わせ、
「肝心の邪竜を倒したわけでは、ないんですよね?」
「その通りだ。およそ二ヶ月で大陸を救った後、ユキト達は迷宮を踏破するべく準備を始めた――と、そうだ」
レーネは何かを思い出したかのように手をポン、と叩くと席を立った。
「君達の世界で情景の一つを映す道具……確か写真というものがあるはずだが、それに近い物がこの世界にもあるんだ。その時のことを記録している。持ってこよう」
彼女は部屋を出て行く。そこで沈黙が訪れ――やがて、翠芭は貴臣へ口を開いた。
「私達が、戦う必要はないって言っていたけど……」
「前回とは状況が違うみたいだな。でも、それでいいのかって思ってしまう」
翠芭も内心同意だった。レーネの言うことが正しければ翠芭達には明確に力があり、クラスメイトの中には聖剣を扱う資格を有する者もいる。
(私はどうすればいいのかな……)
召喚されて二日。まだ頭は混乱していて考えなどもまとまりきってはいない。自分はどう動くべきなのか。翠芭は定まらない思考の中で考え――
「持ってきた」
レーネが帰ってくる。そして彼女はテーブルの上に写真立てを置いた。それは翠芭が想像する物よりも大きいサイズ。
そこに写っていたのは五十名ほどの一団で、修学旅行の集合写真のように人物が並んでいた。レーネなども写真に入っているため、前回召喚された面々以外も写真には入っているようだ。
制服姿などではなく全員がこの世界の物を着ているのだが、翠芭にはすぐに誰が召喚された面々なのかすぐにわかった。そうした彼らは一様に武器を携えており、その中で雪斗は写真のほぼ中央、前列に座るようにしていた。
そして、彼の顔には満面の笑み――それを見て、少しばかりドキリとなった。
「これを撮った時期は、大陸を救い迷宮の中へ入ろうとする直前だ」
「……えっと、中央にいるのが――」
翠芭の指摘にレーネは深く頷く。
「ああ、彼こそ白の勇者だ」
写真の中央、片膝立ちとなり剣を地面に突き立て微笑む人物がいる。翠芭と同じ日本人であるため黒髪かつ黒い瞳をしているのだが、その出で立ちは――どこか異国的なものも感じさせる。
「彼は大企業のご子息で、品もあり人望も厚かった。完璧な人間……そう表現するにふさわしく、この国の王も憧れを抱くような存在だった」
「それほどの人が、聖剣を……」
「むしろだからこそ呼ばれたのだと――そう確信させるほどに、圧倒的な存在感があった。彼は召喚された直後から皆を率い、また前線に立ち続けた。時にクラスメイトをフォローし、また鼓舞し、誰一人死なせないように剣を振るい続けた……その様を見て、心を打たれないものはいなかったし、私もそうだったよ」
翠芭が握る写真立てに視線を送りながら、レーネは笑みを浮かべた。この時の光景を思い出しているようだが――どこか悲しげな瞳を伴っているのは、続きの話に何かがあるのだと悟らせるには十分だった。
「私を含め、この写真に写っている者達で迷宮へと足を踏み入れた……わずか二ヶ月で大陸を救った者達だ。邪竜がいるとはいえ、戦力を集中させた彼らに敵はない……そう誰もが思った」
「違ったんですか……?」
「ああ」
明瞭な返答に、翠芭はゴクリとつばを飲み、言葉を待つ。
「結論から言えば……最初の潜入で召喚された者が五名亡くなった」
「五名……!?」
「二ヶ月で地上にいる魔物を倒した面々が、これほどの被害……絶望させるには十分過ぎる結果だった」
翠芭はもう一度写真を眺める。全員が笑みを見せ、希望に満ちあふれている光景――けれどそれが絶望に塗り替えられた。
「召喚された者達は衝撃を受け、意気消沈となった……だがこの時も白の勇者が皆を支えた。そして王にある嘆願をした……元々邪竜を倒す代わりに魔紅玉の力を手に入れるという取引を行っていた。彼は魔紅玉で元の世界へ帰還するという願いを叶えようとしていたのだが……そうではなく、クラスの面々を生き返らせるようとした。また王に、自分達が元の世界へ帰れるよう準備をしてくれるよう頼んだ」
「王様は、それを受理したんですか?」
「ああ」
頷くレーネ。そこで次に質問をしたのは、貴臣。
「そして、彼らは迷宮を攻略し始めた、と?」
「ああ、そうだ。誰かが亡くなっても、その屍を越え戦い続ける……白の勇者を含め、ユキト達はそういう選択をした。とはいえ、話はそう単純ではなかった」
「敵の援軍、とかですか?」
さらなる貴臣の問い掛けに、レーネは小さく首肯する。
「そうだ……邪竜は第二波を行うだけの戦力を残していた。おそらく勇者達が想像以上に強かったため、一度大陸侵攻を引き上げ、迷宮に入れることで逆に殲滅しようとした……それにより絶望させ、士気を大きく下げて反撃開始……その効果は大きく、大陸各国はさらなる被害を受けた」
そう言いながらレーネは翠芭に写真立てを要求。差し出すと彼女は写真を一度眺め、二人の人物を指差した。
「また、フィスデイル王国にとって大きな犠牲は二つある……まず騎士で、名はアレイス=ベイン。聖剣を扱うことはできないが、相当なレベルで霊具を扱うことができる大陸の中でも指折りの実力者だった……そしてもう一人は魔術師リュシール=メーテア。竜族出身の魔術師で、竜種の長寿を生かしこの国を建国当初から支えてきた御仁だ」
アレイスは『白の勇者』の隣にいる、赤い髪をした騎士。そしてリュシールは雪斗の後方に立っている、空色の髪を三つ編みにして杖を握る女性だった。
「この二人は最終決戦の際に亡くなった……共に陛下を支える重臣であったため、政治的な意味合いでも喪失は大きかった」
そう告げた後、レーネは写真立てを翠芭に戻してなおも語り続ける――いよいよ雪斗達の戦いの核心に迫ろうとしていた。