クラスメイトの記憶
「彼を……救う?」
翠芭はレーネの言葉に対し、思わず聞き返す。救うとはどういうことなのか。
「先に言っておくと、これはユキトに伝えてはいないし、まして本人に言えば怒ってもおかしくないことだ。けれど、私達としては……二度も国を救ってくれた勇者に対し、何かしら返したいと思った」
その言葉の後、レーネは一度視線を落とす。
「スイハは知っているだろう? ユキトがこの世界に召喚され、帰還した後にどうなったのかは」
「……はい」
彼以外、クラスメイトは亡くなり一人『魔紅玉』の力によって帰還した。そして友人達は記憶をなくし、雪斗はこの世界で戦った記憶にひきづられ、事件を起こした。
それは事件と呼ぶには小さい事柄かもしれない。当の本人も「取るに足らない」と言及するほどのことだ。確かに傍からすれば――世界を救った人物が思い悩むにしては小さいことかもしれないが、彼にとっては元の世界の生活が激変するほどのことだったのだ。決して軽くはないと翠芭は思う。
「彼はこの世界を訪れたことで、クラスメイトと交流するようになった……けれど、この世界を去った後、彼の手元には何も残らなかった。もちろん彼は『魔紅玉』の力で帰還したがために、力は残ったため、この世界を訪れたことでゼロになったわけではない。けれど彼にとってはとても不本意な話であることは間違いない」
「そうですね」
翠芭は同意する。彼にとって良い結末でないことは確かだ。
「本当なら、記憶を戻してあげたいところではあるのだが、それが可能なのかどうかはわからない……ともあれ、彼なりに心労を抱えているのは事実だ。よってそれを、何らかの形で払拭して上げたいのだ」
「具体的にどうするのかは……」
「そこは申し訳ないが、何も決まっていない。彼からすればありがた迷惑な話だろう。決して望むような結果にならないかもしれない。だが、それでも……手伝ってもらえないだろうか?」
「……今回の結末が、雪斗にとって良いものになれば、ということですよね?」
「ああ、その通りだ」
「わかりました」
翠芭は同意し、何を成すべきか思案する。一番良いのはレーネが語った通り雪斗にとって前のクラスメイトの記憶を戻すこと。とはいえ、それに必要なのは――
「仮に元の世界にいる雪斗の友人……例えばカイさんとかの記憶を戻す方法としては、何かありますか?」
「霊具に記憶を宿していた、というのがあっただろう? けれど邪竜との戦いによって、消滅してしまった……ただ、カイというのはずいぶんと思慮深い存在だ。霊具に宿すだけでなく、何かしらの形で記憶を保持していたかもしれない」
「それは、邪竜との戦いのために?」
「そうだ。自分達が全員倒れてしまった場合に備え、可能な限りの記憶を……彼は様々な保険を作っていた。その中に、霊具と同様記憶を保管する何かを用意していたかもしれない」
と、レーネは言ったのだが、彼女自身非常に確率が低いと悟っているのか、
「無論、厳しいことだとは理解している。陛下もそうした記憶はないだろうと仰っていた……けれど、決してゼロではない。そもそも霊具に記憶を宿す……これについては、別の霊具使いがやった所業だ。つまり技術として確立している……何かしら行っていてもおかしくはない」
「その霊具死傷者は、雪斗の元クラスメイトですか?」
「ああ。名前はトシヤ。最初から最後まで後方支援を行っていた人物だ」
「その霊具は、今も宝物庫に?」
「存在している……まずはそれを調べるべき、ということか? ただ私達が触れても何も起きなかったからな」
「とはいえ、後方支援とはいえ邪竜と戦っていたのなら、記憶を残しているかもしれません」
「そうだな……もしかすると来訪者が触れることによって反応するとかあるかもしれない。一度、試してみるべきか」
結論を出したレーネは席を立つ。
「なら今から付き合ってもらえないか?」
「わかりました」
二人して部屋を出る。レーネは宝物庫の鍵を借り、そのまま目的地へ直行しようとしたのだが、
「あれ、二人してどうしたんだ?」
廊下でばったり雪斗と出くわす。そこでレーネは、
「ん、ああ。少しばかりスイハに仕事を頼んだんだ」
「仕事?」
「といっても危険なものじゃない。ちょっと城内で、思いついたことがあるからな」
「そっか……あ、翠芭。明日、俺は城を出るから」
「ずいぶんと早いよね?」
「ゆっくりしていいとはいえ、善は急げと言うだろ? 多量の魔力なんてそうそう見つかるわけじゃないからな。候補はいくつかあるから、そこへ向かってみるよ」
「邪竜との戦いで見つけた場所だな。危険はないのか?」
レーネの問い掛けに雪斗は「大丈夫」と返答する。
「魔物がいるわけじゃないからな……問題は魔力をどうやってここまで引っ張ってくるかだけど」
「魔力を一時保管する技術は一応あるが、世界を移動するだけの魔力ならば一度で全て回収して終わり、とはいかないな。まあ人海戦術でどうとでもなる範囲だ。いざとなれば人を動員して回収する」
「わかった。候補がいくつかあるから、それを確認してくる」
「ちょっと待て、もしかして数日城を離れるのか?」
「数日より、もう少し掛かるかもしれない」
「さすがに連絡もなしにそれは避けたいんだが……」
「わかった。なら連絡手段を用意してから城を出るよ。それでいいだろ?」
「定期的に連絡はしてくれよ」
「ああ」
雪斗は廊下を歩んでいく。その後ろ姿を見てレーネは、
「さすがにここで遭難とかはなしにして欲しいからな」
「ディルもいますし、大丈夫じゃないでしょうか?」
「そうだといいが……ま、ユキト自身が連絡手段を、とは言っているからそれを信用することにしよう。では本題へ……宝物庫に向かおう」
二人して、城を歩んでいく。やがて辿り着いた重厚の扉を、レーネは鍵を使用して開け放つ。
荘厳な霊具の集積場所。圧倒されるその雰囲気に、聖剣を持つ翠芭でさえ、息を飲むほど。
その中をレーネは真っ直ぐ目的の霊具の下へ突き進んでいく。迷いのないその後ろ姿を翠芭は追い続け――やがて、霊具の前に辿り着いた。




