黒い騎士
迷宮の支配者が試練に用意しただけあって、黒騎士の迫力は今の迷宮で遭遇した魔物の中で群を抜いていた。もしかすると支配者としてのリソースの多くを試練に用意した目の前の魔物に注いだのかもしれない――そう推測すると、雪斗は即断する。
「俺が出る」
何をするか仲間達にはわかったらしい。リュシールへ視線を送った矢先、彼女はすぐさま行動を開始。魔力を発し彼女は雪斗の手に触れた。
刹那、彼女の体が消え雪斗の全身が純白に染まる。最初から全力――それほどの敵だと認識した。
「そうだ。それが見たかった」
アレイスの顔を持つ迷宮の支配者は雪斗達の行動を見て小さな笑みを浮かべるほどだった。戦ってみたかったのか、それとも何か狙いがあるのか。
ともあれ、目の前の魔物を完膚なきまでに叩きつぶさなければ、認められることはない――雪斗は駆ける。次の瞬間には仲間達も周囲に展開し、援護できる態勢を整えた。
黒騎士の剣が放たれる。雪斗が迫るタイミングに合わせ動いているのは明白。剣術などについてもきちんと習得している。
これはおそらくアレイスの体を手にした迷宮支配者によるものだろう。雪斗と黒騎士が刃を合わせる。魔力が弾け周囲に拡散。破裂音が広間を満たし、一時せめぎ合いとなる。
雪斗は剣を受けた感触として、支配者が自信を持つのがわかると断じる。
(やっぱり迷宮に存在するリソースをここに集中させた……か)
黒騎士が剣を弾く。雪斗はその反動で一度後ろへ下がると、剣を構え直し真正面から迫る魔物を見据える。
再び剣がぶつかり合うが、どちらかが怯むことなく膠着状態に陥る。雪斗は剣が激突したことによる衝撃で力がどれほどか推測するが、
(……脅威だな)
現状『神降ろし』によって対処はできている。しかし、これが解除されれば対処することは難しい一撃。
(他の仲間では間違いなく受け止めきれない。目の前のコイツは、邪竜を相手にしていると思わないと……!)
心の中で断じた矢先、雪斗は出力を一気に上げ、今度は魔物を押し返す。敵は一歩引き下がり、すかさず追撃を掛ける。
黒騎士は斬撃を剣で受ける。魔力が拡散し、広間全体に響かせる。雪斗が剣を振るう度に相手は反応し、全てをさばいていく。
一つ激突する度に全身を打つような激しい衝撃が襲い掛かってくる。両腕だけではなく、体全てを駆け抜ける感覚。今は大丈夫だが、これが続けば場合によっては件の動きに鈍りが出てくるかもしれない。
(こっちは最大のパフォーマンスを維持しないとまずそうだな……)
ならば――雪斗はさらに出力を上げた。イーフィスや貴臣から「大丈夫なのか」と聞こえてきそうな気配を感じたが、黙殺しさらに黒騎士へ畳み掛ける。
怒濤のラッシュが魔物へ殺到。しかし相手はそれを冷静に一撃一撃さばいていく。このまま続ければ雪斗の魔力がいつか枯渇する。そうなればどうなってしまうのか――
迷宮の支配者はそんな状況を理解しているのかわからないが、表情を変えぬまま戦いの行方を見据えている。その時、黒騎士が動いた。雪斗の斬撃を避けるように一歩、引き下がった。
仕切り直しのつもりなのか。けれど雪斗は追いすがる。もし相手が邪竜であったなら強引に押し込むのは悪手に違いないが、
「――おおお!」
それでも雪斗は声を張り上げながら剣を決めようとする。一撃入れば勝負が決まるかどうかもわからない。しかし、ここで痛手を与えておかなければそれこそ雪斗の方が先に力尽きるかもしれない。
雪斗はなおも攻勢に出て、とうとう魔物の体に刃が――走った。金属を斬る甲高い音が発生し、黒騎士は衝撃で一歩引き下がる。
しかし雪斗は攻勢の手を緩めない。さらに踏み込み一閃。二撃目もしっかりと入り、黒騎士の体に傷をつける。
それによって魔物の動きが明らかに鈍った。深手かどうかはわからないが、完璧なパフォーマンスを維持することは難しくなった様子。
それを確認すると雪斗は引き下がった。黒騎士が追いすがるだけの隙を見いだせないほど完璧な動き。これには迷宮の支配者も、
「退避する動きは完璧だな……狭い迷宮の中を戦い続けるんだ。逃げ後れが死に繋がると考えれば、むしろ当然と言えるか」
「……そっちはいいのか?」
雪斗が尋ねると支配者は眉をひそめる。
「いいのか、とは?」
「この魔物はどうやら自立して動いているみたいだな……だが、あんたが直接指示すればもっと良い動きができると思うが」
「さすがにそれは買いかぶっているな。アレイスという人間の影響を受けているため、戦術眼などを保有していると思うのかもしれないが……確かにそれは否定しない。騎士と思しき知識も相応に保有している。だが」
と、支配者は雪斗を見据える。
「それだけの力を保有している者同士の激突……本来ならば、まともな戦術は機能しない。だからこそその魔物には最低限の技術と、最大限の力を注いだ。邪竜もまた力による蹂躙を得意としていただろう? それと同じ事をしているだけだ」
「なるほど……だが、これ以上続けても魔物は消えるだけだぞ?」
「その前にそちらの魔力がもつのか?」
問い掛けと同時に黒騎士が前に出る。雪斗は剣を構え応戦しようとした矢先、周囲の仲間達が動き始めた。
「ふっ!」
素早くナディが間合いを詰めて拳を決める。黒騎士は雪斗だけに狙いを定めていたため、横手から来る彼女に対応できずまともに受ける。しかし彼女の攻撃は力不足のようで、ダメージはほとんどない。
ただ上体を崩す機能はしっかりと果たしたようで、彼女が後退すると同時に魔法の雨あられが黒騎士を襲った。イーフィスやシェリスに加え、貴臣や花音もそれに加わっている。光や炎を中心に注がれ、一時黒騎士の気配すら喪失する。
とはいえ邪竜級の力を持っているのであればこれで終わるはずがない。雪斗は一度呼吸を整えて黒騎士の気配を探る。直後、光に飲まれていた黒い体躯が、雪斗目掛けて突っ込んでくる。
それを予期していた雪斗は即座に剣を振るい相手の突撃をいなす。ただ先ほどと比べ明らかに損傷している。
(これなら――)
雪斗が魔物の剣を切り払う。それと同時に一歩後退し、黒騎士へ――再び魔法が注がれる。それと同時に雪斗も光と炎が荒れ狂う場所へ一閃。確かな手応えを感じ取った。




