異様な迷宮
「――これが、迷宮の外で戦うようになった経緯だ」
そう雪斗はまとめ、仲間達へ話し終えた――翠芭達も要点は理解できたようで、小さく頷いていた。
「そこからカイが迷宮の内側、俺が迷宮の外側という形で戦うことになった。俺は転戦続きで例えば折衝などをしている余裕はなかったから、裏方の仕事はカイに頼ることになったけど……」
「確かに、作戦会議などはカイが出張ることが多かったですね」
イーフィスが俺へと告げる。
「その間、ユキトは戦場を駆け回っていたと」
「そうだな。城で作戦会議とかではなく、現場にずっと居座っていた。正直、俺としてはその方が楽だったけど……カイとしては負担を押しつけているように見えたらしく、数え切れないほど大丈夫かと訊かれたよ」
そんなエピソードに翠芭がクスリと笑う。記憶を多少なりとも保持している彼女としては、そのような態度が頭の中に浮かんだのだろう。
「まあ、そこからはカイについては疲労が溜まることも少なくなり、迷宮攻略も……犠牲を出しながらではあるが、進むことができた。全てを背負っていた時と違い動きも良くなった……たぶん、俺が外に出て戦わなければ、邪竜の計略により凶刃に伏していたかもしれない」
それを避けることができたのは、大きい――という風に雪斗はその時結論づけたのを記憶している。
「ディルとの出会いは幸運で、俺が外で『黒の勇者』として活動していたからこそ、あの戦いを勝利できた……と言えるかもしれない。まあ数え切れないほどの激戦が幾度もあったけど」
「その異名が呼ばれるようになったのはいつだ?」
信人から疑問が寄せられる。雪斗は記憶を掘り起こし、
「うーん、いつなのかと具体的に言われても判然としないな……カイのことを『白の勇者』と呼ばれるようになり、自然と外で戦う俺が『黒の勇者』と呼ばれるようになった……誰が言い出したのかについては不明だ」
「あれはきっと、自然に出た言葉じゃないかと思う」
そんな風にナディは雪斗へと告げた。
「絶望的な状況下で、負けずに正面から戦う存在……迷宮により英雄とか勇者とか、そういう存在は現われていたけど、私達はそれまで本当の……世界を救うだけの力を持つ存在とは出会っていなかった。だからこそ、カイやユキトを勇者と呼ぶようになった。その見た目に関する言葉をつけて、ね。実際、ユキト達が元の世界へ戻ってから一年、大小様々な戦いはあったけど、勇者と呼ばれる人間が現われなかった。それはきっと、ユキト達こそふさわしい名称だと、誰もが思っているから」
「買いかぶりだと思うけどな……ま、いいよ。ともかくそうして俺とカイは戦い続けた……というわけだ」
「そうした結果、前回の結末がある……と」
翠芭の呟きに雪斗は小さく頷いた。
「そういうことだ……さて、他に質問はあるか?」
誰も言葉を発しない。ならばと、
「それじゃあ改めて……迷宮攻略に集中しようか。リュシール、どうだ?」
問い掛けに彼女は小さく肩をすくめる。
「面白いことになっているわね」
「面白い?」
「まだ結界が張られていない場所……そこに、まるで見つけてくれと言わんばかりに魔力を放っている存在がいるわ。私達が偽物のアレイスと遭遇した場所ね」
「魔力を……誘っているのか?」
「敵意がないのよね。それが逆に不思議なくらいだけど」
「ともあれ、どういう形であってもいくしかないよな……そこまで歩を進めることにしようか」
「ええ、そうね。それともう一つ。魔物がまったく存在していないわ。まるでその場所まで誘っているかのように」
「……例外ばかりだな。今回の管理者は話がわかる存在なのか? そうであったのなら、俺達の目的も簡単に達成できるけど」
「さすがにそこまで甘くはないと思うわよ。ただ、そうねえ……なんだか、予感がするのよね」
「予感? それは良い意味か? それとも、悪い意味か?」
「単なる勘だから、あんまり当てにしないで欲しいけど……そうね、両方かしら」
――迷宮攻略を行う観点からすれば、ここまで静まりかえっているのはひたすら下へ向かうために。『魔紅玉』を手に入れるためには都合が良いのは事実。これ自体は迷宮を踏破する早道となるのだが、この状況自体が迷宮にとって異常と呼んでもいい。
仮に、単に迷宮の支配者を倒すだけで全てが解決するわけではないとしたら――雪斗達が元の世界へ戻るのも時間が掛かるかもしれない。
(まあ、『魔紅玉』への願いは決まっているし、俺達が元の世界へ帰還することについては時間を消費するのは確定なんだけど……)
込み入った事情があるのならば、それはそれで面倒だが――と、雪斗もやがて認識できた。確かにリュシールの言う通り、何か魔力が存在している。
「リュシール、魔力源についてだけど……何者かはわかるか?」
「少なくともこれまで感じたことのない魔力ね。邪竜由来のものでないのは間違いない。だからといって危険がない、と断定することはできないし、魔物がいないことが罠である可能性もある……のだけれど」
周囲を見回す。彼女は何かしら思うところがあるらしく、
「うーん、なんだか敵意がないのよねえ。罠を仕掛けていればそれが魔法によるものだったら私だってさすがに気付く。できるだけ気付かれないように……と考えることはできるけれど、だとしても魔力は多少なりとも存在するのよ」
「でも、ここにはない」
貴臣が口を開いた。
「魔力を探っているけれど、まったく感知できない……」
「それよ。邪竜との戦いであれば、ほんの少しくらいは……邪竜そのものの影響で魔力が迷宮のそこかしこに存在していた。けれど、まるで掃除でホコリ一つ存在しないみたいに魔力が取り払われている。それこそ、信じられないほどに。こんな迷宮は、この場所が迷宮として成り立ってから初めての出来事じゃないかしら。問題はどういう意図でこんなことをしているのか、なのだけれど……」
「行ってみるしかないな」
雪斗が結論を述べる。それに翠芭達も同意し――懸念がある中、雪斗達は魔力をまったく感じない迷宮の中を進み続けた。




