彼を支える存在
数日後、雪斗達は再び迷宮へ入るために城を出た。その格好だが、全員が国から支給された戦闘服を着ている。男性が青を基調としており、女性は白。ただ聖剣を握るカイだけは例外として白い物を着ている。
本来は鎧など金属製の武具を身につけるべきなのだが、霊具を所持して身体強化されているとはいっても、着慣れていない鎧を身につければそれだけで大きな負担になる。なおかつ霊具の身体強化を常時維持し続けるというのも魔力を消費し続けるため良くない。よって、魔力がなくても動きやすい物を身につけている。
その中雪斗は今回後方支援ということで一番後ろを歩いていたのだが、
『今回は出番ありそう?』
「どうだろうな……」
無邪気なディルの問い掛けに雪斗は肩をすくめる。頭の中で声がしているため他のクラスメイトには聞こえない――が、なんだか周囲に響き渡っているように感じられ、無意識の内に小声で答えてしまう。
迷宮前に辿り着くと、慣れた手順でカイが迷宮へ入るべく兵と話を始める。その間に雪斗は自身の体調を確認。メイの治療もあり痛みはなく、体は問題なく動かせる。
他のクラスメイト達も体調は問題ないようで、談笑する姿もある。しかし一度迷宮へ入り込めばその表情も変わる。幾度となく入りその地獄を経験してきたから――
迷宮に入る前からこの世界を救うために戦い始め、全員がそれこそ猛者という状況になりつつあった。霊具の力を引き出し、大陸を蹂躙する邪竜の手下を倒し続け、この世界の人々は誰もが雪斗達を英雄だと認め、受け入れた。その実力も、この大陸で邪竜に対抗する手立てとして、最高のものだという位置づけだった。
しかし邪竜は迷宮内にありとあらゆる対策をもって迎え入れた。その結果、五人亡くなった。カイは「彼らを生き返らせる」と表明し、クラスメイトが全員無事に帰るために、今こうして迷宮へ向かっている。
カイはあくまでその時に亡くなっていた者達を生き返らせると言っただけ。しかし、誰もがわかっている。迷宮が下層へ向かって行くにつれ、犠牲者も増える。それを含めて救うことになると。
いずれ生き返らせてもらえるから――そんな風に考えるクラスメイトはいるかもしれない。実際、雪斗もディルを手にする前、そういう結末を迎えるために、死ぬ前にできる限りのことをしようと考えた。結果として生き残る結果になったが――とはいえ、死の恐怖がないわけではない。
最初の五人。彼らが魔物に飲み込まれる姿を間近で見た人間もいる。武器を手にして戦うなどというやったことのないことを続ける雪斗達にとって、知り合いが死んでいく様を見ることはこの上ない衝撃だった。トラウマを抱えた人だっているだろう。けれどカイの強い言葉があったからこそ、迷宮に入る込む勇気が湧いてくる。
「……行こう」
硬い表情でカイは告げる。迷宮の入口がゆっくりと開き始め、カイを先頭にして進み始める。
その時、雪斗の体に力が入った、辛酸を舐め続けているその迷宮に対し、多少ながら恐怖を抱いているのも事実。罠にはまり、窮地に追いやられた時のことを思い返す。
邪竜との戦いで、クラスメイトの誰もがそうした傷を何かしら抱えていた。けれど絶望を抱き泣き崩れるようなことにならないのは、霊具による高揚感と自分達がやらなければならないという責任感。そして大きな要因として、カイの存在があった。
ここまでカイがクラスメイト達を支えていた。レーネに言われたが、その仕事量は雪斗の想像を絶するほどになっている。その上で彼は迷宮に向かっているのだ。彼女に言われずともわかっている。いずれこの状況は破綻する。
(誰かが……誰かが、カイを支えなければならない)
カイの能力は凄まじく、代わりを務めることができるクラスメイトはいない。しかし、その一部分でも――特に戦闘面において支えられる人物がいたのなら。
現在、雪斗達は迷宮という場所に加え外の戦いだって続いている。邪竜が解き放った多数の魔物達は雪斗達が活躍することで鳴りを潜めたが、全てが消え去ったわけではない。中には邪竜の命令なのかわからないが、迷宮の外に出て力をつける存在までいる。今は迷宮に注力することができているのだが、この状況が変わってしまったら――
迷宮の中へ。ヒンヤリとした空気を肌に受けた直後、雪斗はディルを抜いた。前回とは異なる新たな剣。この霊具のおかげで虎口を脱することができた。今回は――
『ユキト、力入りすぎ』
そんなコメントがディルからもたらされた。一方で雪斗はそれをわかった上で小さく頷く。
『直す気はなさそうだね』
「……当然だ」
小声で応じた時、カイは周囲を警戒しながら指示を出し、前へと進んでいく。
この時点で迷宮は二層目まで攻略を済ませている。結界を行使して安全圏を確保しながらのものであったが、二層目までは何事もなく進むことができていた。
異変が生じたのは三層目に入ってから。というより、邪竜はここで仕掛けるつもりでいたのだろう。大量の魔物、厄介な罠。それらが一斉に襲い掛かってきた結果、五人も死んだのだ。
それまで、ある種雪斗達は慢心していた面もあった。邪竜の侵攻を抑え込み、迷宮という決戦の地まで追い詰めた。しかしそれは幻想だった。より正確に言えば邪竜の目論見通りだったのだ。雪斗達が参戦したことで邪竜は一度攻勢の手を緩めた。それを邪竜を追い詰めたのだと誰もが勘違いをして、迷宮へ入り込んだ。だがそこで、雪斗達を潰すべく攻撃を始めたのだ。
どこかで気が緩んでいた――そうカイは結論づけた。とはいえ迷宮内は油断していなければ勝てるほど甘くない。二度目、三度目と戦いを繰り返す内にわかってきた。この場所はまさしく邪竜のすみかなのだ。
「……いよいよだな」
カイが呟く。雪斗が思考を行っている間にとうとう三層目へ繋がる階段へと辿り着いた。
その場所は、一層目と二層目をつなぐ階段を同じような形をしている。しかし、下層から押し寄せる圧倒的な気配――それはここを訪れた者の足をすくませる。
「全員、戦闘態勢」
カイがさらに指示を出す。各々が霊具を構え、ゆっくりと階段を下りていく。
その中で、後方にいる雪斗はディルを見据えた。新たな武器。これで自分に一体何ができるのか。
そしてカイの背中を見た。クラスメイトはおろか、この国の期待すらも背負う彼。誰もが彼の負担を軽減しようと考えていながら、誰もできていない。
新たな霊具を手にしたことで、彼の支えになれるとこの時点の雪斗は思っていなかった。しかし、何か――変化させることはできないのか。迷宮の中、雪斗は階段を下りながらあがくように思考を続けていた。




