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邪竜降臨

「迷宮が再度復活したことによって、繁栄……ですか」

 翠芭(すいは)が呟くと、対するレーネは肩をすくめ、


「迷宮に人が集まったのは魔紅玉だけが原因ではない」

「他にも原因が?」

「ああ。あの迷宮には魔神と天神の力が存在していると話しただろう? それは迷宮に様々な影響を及ぼす。両者の魔力には特別な性質があり、魔神の力は生物に宿り、天神の力は物に宿る」

「生物に魔神の力……でもそれって、人も影響するのでは?」

「その通りだ。だから迷宮探索を始めた当初は、人間側にも色々と被害が出たらしい。よって迷宮に入るためには資格……霊具を持っているか、魔神の魔力の影響を受けないよう処置できるかが必要になった……さて、繁栄が加速したと述べたわけだが、その最たる者が霊具の出現によるものだ」

「説明ありませんでしたが、霊具というのはもしかして……」

「そうだ。霊具とは天神の魔力が宿っている武具のことを指す」


 ――聖剣というのはその最たるものという認識でいいだろうと、翠芭は考える。


「先も言ったが、天神の魔力は物に宿る……なおかつ迷宮の魔物は強く、最下層に至る前に倒れる者が続出した。けれど彼らが残した武具……それが天神の魔力と結びついて霊具となって次の冒険者に託された」

「迷宮に人が入れば入るほど、霊具が増えていくという構造なんですか」

「そうだ。なおかつ霊具は驚異的なもので、並の冒険者が迷宮へ入れるようになるほどだった。それだけの力を秘めていれば当然、混乱もあったらしい。国同士のパワーバランスが変わるほどのものであり……色々あって国同士で霊具をどうするか取り決めを行い。現在大陸各国には迷宮由来の霊具が多数存在する。このフィスデイル王国にも当然、相当数宝物庫に眠っている」


 レーネはそこで一度言葉を切り、口元に手を当て、


「ユキト達が前回召喚された際も、そうした霊具が活躍した」

「あの、一ついいですか」


 手を上げたのは貴臣(たかおみ)


「迷宮そのものは、その後誰にも踏破されることはなかったんですか?」

「いや、そうではないよ。迷宮に魔紅玉が設置されて現在で百年以上経過しているが、多くの人間が霊具を手にしたことにより踏破する者も現れた……そして、実際に願いが叶えられるのだとわかった」

「踏破者はどんな願いを?」

「最初の一人目は、失われた恋人を救いたいと願った男性の戦士だった。彼は見事最深部に辿り着き、恋人を蘇らせて欲しいと願い、実際彼女は生き返った。後の調べで彼女が眠っていた墓地で遺体が消えていたり戦士の質問に淀みなく答えたりしたため、間違いなく本物だと認知された」


 そこでレーネは腕を組み、続ける。


「人が生き返ったという事実は、魔紅玉が願いを叶えてくれるという伝説を現実に変えた。戦士は願いを叶え力を失った宝玉を国へと返し……また迷宮へ戻された。霊具を量産し、また人々が集まることで富を生む迷宮は、この国に無くてはならないものになっていた」


 ――レーネの語るその瞳は、どこか怫然としたものがあった。先ほどから見せていた自嘲的な笑みのこともあったので、翠芭は一つ尋ねてみることにした。


「迷宮により、富を得る……納得、いっていないんですか?」

「いや、この国の発展に迷宮があったのは事実だし、否定するつもりはない。ただ、先の戦いを振り返れば、どこかで……どこかでこの連鎖を止めていれば、と思うんだ。たらればの話になってしまうが」

「それほどまでに、悲惨な戦いだったと?」

「そうだな……話を進めよう。魔紅玉は願いが叶うと言っても、万能ではない。例えば世界を征服できる力を得るなど膨大な力を得るような願いは人の器を超えてしまい、人そのものが消滅するなどリスクもある。あるいは人を生き返らせるにしても限度があったりと制約がある。これは魔紅玉があくまで霊具の一種であり、抱えられる魔力に限界があるため、その魔力内でしか願いを叶えられない、ということだろう。とはいえ――」


 レーネはティーポットに手を伸ばし、飲み干した三人のカップへ注いでいく。何か仕掛けでもあるのか、それなりに時間が経過しているにも関わらず湯気が上がった。


「願いを叶える……それだけで迷宮を目指す理由にはなった。それに最深部へ行けなくとも霊具を手にできれば相当な収穫だ。ある時は他国の騎士団が迷宮へ挑む、といったケースもあったようだ」


 ――たぶん、そこには様々な問題もあったのだろう。けれどこの国はそうした迷宮と共存関係にあり、繁栄し続けた。


「そうして月日が流れ……いよいよ先の戦いに遭遇する。きっかけは一匹の竜だった」


 竜――おあつらえ向きだと、翠芭は思ってしまう。


「小さく、力も持たない竜だ……この世界に竜は二種類いて、理知的で人間に限りなく近い姿で人と子を成すことのできる竜族と、知性はなく動物的本能で活動する竜種がいる。後者は魔物に該当するケースもあるのだが……今回の竜は後者、獣に近い竜だ」


 湯気の立つカップを口に運び、レーネは言葉を選ぶようにゆっくりと続ける。


「迷宮の魔物は、たとえ魔物であろうとも外部からやって来たものに容赦がない。つまり迷宮に入り込んだ魔物も例外なく餌食になる……のだが、どうやらその竜は幸運にも迷宮内で生き残ることができた。そして魔神の力を体に取り込み、強くなり……やがて魔紅玉の下へ辿り着いた。そこでどうやら、竜は何かしら願ったと思われる」


 そしてレーネの口が、一度固く結ばれた。


「どういう願いだったのかはわからない……だがその願いによって竜は力を得て、さらに迷宮に存在していた魔物達を支配下に置き、密かに準備を進め……」


 翠芭も固唾を呑んで内容を聞き続ける。その先にあるものは――


「結果、何が起こったか――竜は外の魔物であったため、迷宮内から出ないという縛りが通用しなかった。その上、竜の指示があれば迷宮内の魔物は外に出られるようになった……結果、魔神の力を得た『邪竜』は、人間が治める国々に、魔神の力を所持する魔物を率いて戦争を仕掛けた……これが先の戦争の始まりだ」

「魔神の力を所持する魔物……」


 翠芭の呟きに、レーネは苦々しい顔をした。


「邪竜の支配下となった魔物は、容赦なく迷宮の外へ出て交戦を仕掛けた。迷宮がある以上、フィスデイル王国のここ王都は最大の激戦地であったが、霊具を所持し歴戦の騎士や冒険者が多数いたため初戦はどうにか抑え込むことができた。しかし他の国々は、甚大な被害を受けた」


 レーネは一度頭に手をやり、


「邪竜の策は完璧だった。各国へ同時攻撃を仕掛けることにより国同士の連携を封じた。加えて人間側と内通していたらしく、そこでさらに被害が出た。各国が疑心暗鬼となり、人間同士ですら争いが起きようとしている中、フィスデイル王国も邪竜が棲まう本拠地ということで、やがて抑えきれなくなった」


 そこでレーネは深いため息。


「聖剣を扱える者がいたのなら、まだ手はあったかもしれない……だが聖剣は王の血筋などではなく、純粋に魔力を多大に抱える者にしか扱えなかった。その時点で人間側の切り札である聖剣を使える者は皆無……フィスデイル王国も窮地に立たされ、やがてグリーク大臣が異界への扉を開ける霊具を用いて一計を案じる」


 そこからは翠芭も予測できた――同時にレーネは目を伏せる。彼女はその時の光景を思い出しているのかもしれない。


「そして……絶望的な状況の中で、ユキト達は召喚された――」


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