無力感
「俺は参戦するよ」
部屋で無理矢理寝かされ、見舞いに来たカイに対し雪斗は開口一番こう告げる。
「動きに問題がなければ出ていたはずだろ?」
「しかし……」
カイはそんな雪斗に対し口をつぐむ。
状況的に決して良いとは言えず、戦力が欲しいのは明確な事実。しかしカイは重い表情のまま。
『――まあまあ、私もいるし大丈夫でしょ』
と、雪斗の傍らに置いてある剣が呟いた。ディルと名乗ったその剣に対し、部屋の入口付近にいたレーネが、
「……喋る剣というのは、不思議なものだな」
『そうかな?』
「加え、その剣が霊具の中でも強力な物とくれば驚くほかないさ……カイ、どうするんだ?」
「正直、休むべきだと思う。邪竜との戦いについては厳しくなっているのは事実だが、それでも……クラスメイトを酷使するべきじゃないと思う」
「けど、怪我そのものは問題ないはず……そうだよな?」
雪斗は部屋にいるもう一人の人物に問い掛けた。そこにいるのは色素の抜けた髪を持つ、美少女と呼んで差し支えない女性。
名は宮永芽衣。この異世界に召喚された時、駆け出しのアイドルだった。クラスからそうした人物が出たとして当時は沸騰していたが、知名度としてはまだまだといったところで、いつ芽が出るのかと当の彼女は不安に思っていたくらいだった。
そんな彼女がこの異世界にやって来て所持している霊具は『微笑の女神』。治癒能力に特化した支援系の物。迷宮に入る際は後方支援に徹して、時には留守番もしていた。迷宮踏破のために雪斗達を支える生命線のような人物だった。
「怪我自体は問題ない……と、思う」
そう彼女は雪斗へ告げた。
「外傷そのものは完全に塞がっているし、ね……でも、だからといって肉体が元通りというわけでもない。それは私の霊具でも認識できる」
そう告げながら彼女は杖を揺らした。先端に樹木を想起させるような複雑な彫刻が施されている杖だ。
彼女はアイドルをやっているわけだが、元々医者になりたかったらしい。雪斗はそう聞いていたし、この異世界で治療能力に特化した霊具を持つに至りその思いは強くなった。異世界に来訪した時点で、アイドル活動も上手く噛み合っていなかったため、「元の世界に戻ったらアイドルは卒業する」と明言していたくらいだった。実際は記憶をなくした結果、アイドルとしては成功し全国に名が広まってしまったわけだが。
「だからまあ、正直オススメはしない」
「でも、治ってはいるんだろ?」
「……思った以上に強情なんだな、ユキトは」
そう苦笑しながらカイは述べた。
「わかった。迷宮へ赴くことについて、僕としては個々を尊重したい……本来なら、僕の指示に従ってもらった方が良いかもしれないけど、それじゃあ反発もあるはずだし、そもそも僕自身が正解なのかもわからない。ユキトが主張するような意思……それこそ、突破口になるかもしれないし、やる気があるのなら戦ってもらおう」
「ああ、その意義だ」
「ただし、次の戦いはあくまで後方支援として頼むよ。さすがに強力な霊具を手に入れたからといってすぐに使いこなせるわけじゃない。迷宮から脱出するときはそれこそいつも以上に……生き残るために力を引き出していたはずだ。それが次も続くとは思えないから、その霊具を扱えるようにするため、後方で頼む」
「わかった」
「それじゃあ僕は次の攻略に備えて準備をするから、それまで休んでいてくれ」
カイが部屋を去る。残された面々は彼が出て行った扉を眺め、
「……無理、してるよな」
「無理してるね」
メイが小さく声をこぼした。
「全部自分でやらなければ……と、考えているのかも」
「俺は隅っこの方で見ていただけだけどさ、迷宮攻略の準備にクラスメイト達のケア。城側との折衝……すぐにでも倒れておかしくないって」
「私達もできる限りフォローしているんだが」
レーネが苦々しい表情で雪斗達へ告げる。
「聖剣所持者であるが故に、人が近づいてくるのが実情で、正直こちらでは対応しきれない」
「グリーク大臣からの差し金だってあるんだろ?」
雪斗の疑問にレーネは少し間を置いた後、小さく頷いた。
「あまり声を大きくしないでくれよ」
「誰もが気付いているだろうけどね……でも、カイをフォローできる人間が少なすぎるよ。最初に五人いなくなって……そこから、他のクラスメイト達の先頭を歩き続けている……いや、それは最初からなのかもしれないけど、とにかく仕事量が多い」
「彼ほど完璧に何もかもこなせる人間が、他にいないからな。最大の要因はカイができてしまうことにある。だから誰もが頼ってしまう」
――この国は邪竜からの侵攻を受け、相当な被害を出している。なおかつ国内全体も混沌としており、迷宮攻略は来訪者達に任せるしかない。
なおかつ、時にはクラスメイトの誰かが外に出て戦わなければならない。そうした事柄の交渉を現在はカイが一手に引き受けている。
「……あの仕事ぶりは、陛下なども憧れを抱くほどだからな」
「王様が……カイが完璧なのはクラスメイトの誰もがわかっていたけど、それほどとは予想つかなかったな」
「覚醒した、ってことかな」
と、メイはそんな表現をした。
「もっともそれは、クラスメイトがいなくなって、自分が前に立たなければという責任感から、なのだろうけど」
「そうだな……」
「せめて、役割分担をしたいところだな。現状のままではカイが倒れれば瓦解する」
レーネはそう告げた後、一度雪斗達を見据えた。
その視線で何が言いたいのかはわかった。彼女はおそらくカイが凶刃に倒れるという最悪の想定もしているのだろう。けれどそれを率先して口にするのは憚った。よって、声を出すことはない。
「……対策はこちらでも考える。ユキトやメイも、何かしら考えておいて欲しい」
そう要求してレーネもまた退出する。そこでメイも、
「私も自分の部屋に戻るよ。何かあったらすぐに言ってね」
「ありがとう」
礼を述べると彼女はウインク一つ。彼女もまた部屋を出て、静寂が訪れる。
『……切迫してるって感じだねー』
そしてどこか間の抜けたディルの声が、部屋に響いた。
『ま、話しぶりからするとカイって人は完璧みたいだからね。仕方がないんじゃない?』
「その一言で済ませられるほど、楽観的な状況でもないからな」
とはいえ、すぐに是正することも難しい。この時の雪斗は、何もできない無力感に苛まれることとなった。




