遠い記憶
それからしばらくして、リュシールは「調査が終わった」と報告。そこから説明を開始した。
「まず、構築した私達の結界については無傷のようね。前回潜入したところまでは問題なく進むことができる。そして」
「そして?」
雪斗が聞き返すと、リュシールは神妙な顔つきとなった。
「下層について調べると、少し変わった結果が出た……魔力は感じられる。でも、邪竜が罠を張っていた時のような雰囲気ではない」
「こちらも、同じように感じました」
イーフィスがリュシールの言葉に同調する。
「少なくとも、敵意があるように感じられない……まるで、下りてきてもらって問題ない、という雰囲気ですね」
「……それは、油断させるためじゃないのか?」
そういう疑問が信人から成された。彼は槍を素振りしながら続ける。
「どうやら迷宮は邪竜が支配していた時と比べて様相は違っている……これは確かみたいだけど、罠を張るためで、実際は似たような感じになっているのは否定できないだろ?」
「ええ、そうね」
リュシールはそれにあっさりと同意する。
「よって、最大限の警戒を維持しつつ下へ向かっていくことにしましょう。幸い結界は壊されていないけれど……何があるとも限らない。安全圏だからといって、油断はしないように」
そんな指摘と共に雪斗達は動き始める。全員が武器を握り、まずは二層目の階段を目指す。
「……この景色を見ていると」
そんな中、翠芭が声を上げた。
「見覚えがあるように感じられる……これは記憶によるものなんだろうね」
「ああ、間違いないな」
「僕に至っては、壁を見る度に何かを思い出すような感覚に囚われる」
次に言葉を発したのは、貴臣だった。
「あの場所ではこう、あの場所ではあんな出来事が……いや、実際に思い出したわけではない。おぼろげな感情ではあるけれど、何かがあったのはわかる」
「基本的にこの迷宮で起きた出来事は地獄のような事柄だからな。そういう記憶を維持するのは良くないと考えたけど、迷宮内に対する感情は多少なりとも残ってしまった……解釈するなら、こんなところか」
「不思議な気分だ……」
「そう思うのは仕方がないさ」
「――入る度に、思い出してしまうな」
そう発言したのは、ナディだった。
「本当に、様々なことがあった……それこそ、一言で表すことができないほどのことが」
「まるで十年以上戦い続けたかのような……そんな気分にさえなるけど、実際はそうじゃないからな」
「わかっている。ただこの国に暮らす人々……いや、この大陸で邪竜と迷宮という存在を知っている者ならば、同じ事を思うはずだ」
雪斗はふいに思考する。この迷宮でどれほど激しい戦いだったのか。
そんな様子を見せた雪斗に対し、すかさずナディがツッコミを入れる。
「あ、物思いに耽っている雰囲気」
「めざといな……前回と違って警戒する必要性はあるけど、少しばかり悠長に動くことはできる。思考する時間くらいはあってもいいだろ」
「そうだね……で、思い出すのは当然、ここで起こった出来事か」
「何を思い出すのかしら?」
リュシールが食いついた。それを聞いてどうするつもりなのか、と思いつつも返答は行う。
「そうだな……ディルを手にして、奮戦した時かな」
『お、私の話?』
剣からディルの声が聞こえてくる。
「俺が死ぬ気で頑張って、脱出した時のことだからな。特に印象深いのは確かだ。他には、そうだな……ディルと出会ったのが四度目。その次の戦いが印象深いかな」
「あ、それについては聞いてる」
と、笑みを浮かべシェリスが述べる。
「ユキトが大活躍した時の話……だったはず」
「活躍かどうかはわからないけど……まあ確かに、その時は結構頑張ったように思える。カイと並び立って戦ったのも、あの時が初めてだな」
「それまでは、違ったの?」
翠芭の純然たる問い掛け。雪斗は握りしめるディルへ視線を送り、
「俺がディルを手にするまでは、それこそクラスの後方で戦っていた。戦力として数えられていたのは事実だけど、所持していた霊具はそれほど強くはない……この場にいる面々が持つ霊具と比べれば、劣っていた」
「そういえば、あの戦いで途中で霊具を変えた事例は数えるほどしかなかったわね」
と、リュシールが発言する。
「城で管理されている霊具の能力が高いため、変える必要性がなかったのもあるけど……ユキトの場合は武器が破損し、迷宮でディルを手に取ったから、変えるとは少し違うでしょうけど」
「そうだな……ディルを手にした俺の能力は、クラスメイトの中で相当上になった。結果としてカイと戦うことになったけど……実を言うと最初は、四度目と同じような立ち位置で戦っていた。なぜなら四度目に発揮した力は火事場の馬鹿力みたいなもので、本来の俺はそれほど強くないと自分でも思っていたくらいだから」
「――あ、よければその時の話が聞きたい」
ナディからの唐突な申し出。雪斗はそういえばこの辺りのことは誰にも喋っていなかったことを思い出す。
イーフィス達が迷宮に参戦するのはもっと後になってから。最初はそれこそクラスメイトだけで戦っていた。その時のことに興味を抱くのは、当然なのかもしれない。ただ、
「……悠長と俺は言ったけど、話をする余裕はあるのか?」
「調査は継続しているし、何かあればすぐに言うわ」
リュシールが述べる。その様子を見るに、どうやら彼女も興味を抱いた様子。
こうなってしまっては、話さない限り矛を収めてはくれないだろう――その時のことは、翠芭達にとっても参考になるかもしれない、と雪斗は考え、
「……わかった。ただそんなに心躍るような話じゃないぞ?」
前置きをして、雪斗は語り出す。同時にその時の光景が頭の中に蘇る。
最初、頭の中に浮かんだのは四度目の迷宮における戦い。敵陣を突破し、命からがら迷宮の入口に到達。その後、太陽の光と共に出迎えたカイ達に驚きの顔を向けられ――怪我の具合を見てすぐに部屋に担ぎ込まれた。怪我の様子から治療はできても五度目の戦いに参戦するのは微妙な状況。どうするのか――その相談を、カイ達と共にやったときの光景だった――




