いざ迷宮へと
雪斗が迷宮へ入る許可が下りたのは、話し合いを行ってからおよそ十日後のことだった。
思ったよりも日数が長くなってしまったのは、邪竜に関連する敵についての調査を綿密に行ったためだ。都に敵がいないことを確認するのはもちろんのこと、他国の方で何かないか――そういったことを諸々調べた結果、このくらいの時間が必要だったというわけだ。
「――明日、迷宮攻略に入る」
そうジークへ雪斗は述べる。場所は幾度となく集った王宮の上階。大ホールに存在するバルコニーで、眼下の景色を眺めながら話をする。
「問題は敵がどのような存在なのかわからないことだが」
「邪竜が懸念を示していた以上、邪竜の敵であることは間違いないと思う。敵の敵は味方……だと嬉しいが」
「さすがにそんな甘くはないだろ」
雪斗の言及にジークは素直に首肯する。
「そうだな……来訪者達については?」
「ひとまず問題はない。中には自分も霊具を持とうかと言い出す人もいるみたいだが」
「あまりやらせたくはない、と」
「というより、今から握っても即戦力というのが難しい以上は、意味がないかもしれないし……霊具に宿っている記憶があるのならそれを引き出せば……と思うところだが、まったくの素人の状態でそれをやると、むしろ使用者が危険だ」
翠芭達は事前に訓練を重ねていたために、邪竜と対抗できる程に対応できたのだ。もしこれが何の訓練も経ていない人物であったなら、あんな風にはなっていない。
「どうするかについては、クラスメイトに任せるさ……そもそも俺に言及する資格はないからな」
「わかった。ユキトがそう言うのなら……現在霊具を所持する者達だけで行く、ということでいいんだね?」
確認の問い掛けに雪斗は「ああ」と返事をした。
「外については任せる。魔紅玉を持って帰ってくることを祈っていてくれ」
「犠牲なく、終わることを……武運を祈っているよ」
ジークの言葉に雪斗は深々と頷いた。
雪斗が王との会話を終えて部屋に戻ると、そこには翠芭が待っていた。
「あ、雪斗……」
「どうした?」
「準備ができたことを報告しようかと。迷宮……それがどんなものか不安だけど……」
「大丈夫」
と、雪斗は確信を伴いながら応じた。
「翠芭達の胸には、前回の来訪者達が手に入れた技術と力がある。今回の迷宮は前回と大きく違うみたいだけど……その技術があれば、突破できるさ」
「そうだといいんだけど……」
苦笑する翠芭。技術そのものは馴染んでいるはずだが、やはり自分の力ではないということで困惑しているのかもしれない。
「……とにかく、足を引っ張らないように頑張るよ。私が改めて他の人には伝えておくから、休んで」
「ありがとう」
雪斗は部屋へと戻る。一人になって窓から外を眺め……小さく息をついた。
「頼ることになるか……複雑ではあるけどな」
仕方がない、と割り切るしかないのか。もっともこんな心情をカイなどが知れば「信じれないのか」と怒り出しそうではある。
「いよいよだねえ」
ふいに部屋の中にディルが出現。屈み込んで雪斗へ向け笑みを浮かべた。
「いやあ、思い出すねえ。色々なことを」
「迷宮ならイーフィス達と一度入り込んでいるだろうが」
「その時は迷宮攻略というか、アレイスと決着をつけようって話だったわけだし、ちょっと違うかなって」
「……本格的な攻略では気合いの入り方が違うってことか」
雪斗はもう一度外を眺め――迷宮のある場所へ視線を向けた。
「確かに思い出すけど、九十九パーセントロクな内容じゃないな」
「残り一パーセントは?」
「そうだな、唯一良かったことはディルに出会えたことかな」
「おだてようとしても騙されないよ。どうせ良い剣に巡り会えたとか、そういう戦力事情的な話でしょ」
「バレたか」
そこで互いに笑う。
「……なあ、ディル」
「どうしたの?」
「もし迷宮攻略が想定通りになって、帰る準備が整ったらもうこの世界へ来ることはなくなる。だから――」
「私の所持者は雪斗だし、最後まで付き合うよ」
その言葉に雪斗は肩をすくめ、
「最後って……お前……」
「前回、邪竜との戦いのすぐ後で雪斗は元の世界に帰ったけど、あの時点で私なりに覚悟は決めていたんだよ。所持者である雪斗についていこうって」
「そんな義理堅かったっけ?」
「む、失礼だなあ。私はこれでも尽くすタイプなんだよ」
「……尽くすかどうかはともかくとして、そういう気持ちなら俺から言えることは何もないな」
迷宮から視線を離す。そして、
「なら、全員が無事に……迷宮攻略できるよう、手を貸してくれ」
「もちろん」
ディルの言葉に雪斗は「頼む」とひと言添えた後、今度は空へ目をやった。
雲が流れ、青空が広がっている。この点については元の世界と何ら変わりがない。
「……もし」
雪斗は静かに口を開く。
「もし、元の世界に戻れなかったとしたら、その時は俺が死ぬまで付き合ってもらうからな」
「酷使するってことかな?」
「そうだ」
「雪斗は、帰れない可能性も考えているの?」
「……俺なりの推測だが、邪竜が語っていたこともあるし、何か厄介事が眠っているはずだ。それが単純に戦って解決できればいい。けれど」
「そういう方法でどうにもできないことが、あるかもしれないってこと?」
「そうだ。もう二度とこの世界に来訪者を呼び寄せない。その手法を確立するために魔紅玉を手にする……しかし、そこで一波乱あったとしたら」
「そこまで面倒見なくてもいいような気もするけどね」
ディルからの言葉。だが雪斗は首を左右に振った。
「二度もこの世界に来た、俺の義務だと思っている。けど、クラスメイト達のことも考慮に入れる必要はあるけど」
「そっか……私の出番はあるかな?」
「それは戦闘面での話? それともそれ以外のことか?」
「両方」
「戦闘では頑張ってもらうけど……それ以外はどうだろうな。むしろ出しゃばらない方が――」
「何か言った?」
「いや、何も」
雪斗は一度言葉を切って迷宮に思いを馳せる。何が待っているのか。一度潜り込んだ時点ではアレイスの影響もあったのか判別がつかない。
だが、それでも――新たなクラスメイトと共に戦い、必ず勝利する。その思いだけは決して絶やさないよう戦い続けると、静かに心の中で誓った。




