来訪者の結末
翠芭がその場所を訪れたのは夜。やや広めの客室であり、明かりが灯されてはいるが、部屋全てを照らすようなものではなく、もの悲しい話を今から聞くために用意された舞台のように思えた。
「これで、全員か?」
問い掛けたのはジーク。この場には話をする雪斗はもちろんのこと、迷宮へ入り込んだナディにシェリス、さらにイーフィスといった面々が。ただディーン卿やダインの姿はなかった。
「ジーク、ディーン卿達は? ダインもいないが」
「呼んではみたけど、双方とも興味がないってさ。過去の話については……あまり関心がないと。あるいは、話を聞く資格はないと考えているのかもしれない」
「もしかして、敵に回っていたから?」
「彼らにも思うところはあるのだろう。他に呼んだ人間は集まっている」
国側の人間としてはジークの他にリュシールとレーネがいる。そして雪斗共に異世界を訪れた面々――霊具を持つ翠芭に貴臣と信人、そして千彰に花音。これだけの面子が一堂に会している。
それを受け入れるだけの部屋なのでかなり広いのだが、それでも全員が揃ってソファに座ることなどはできないので、なんだか窮屈な印象を翠芭は受けた。
「……それじゃあ、話すか」
意を決するかのように、雪斗は口を開く。
「ただ、これまでのやり取りで推測くらいはできている人はいるかもしれないが……まず、俺が邪竜を倒した時のことからだ。たった一人死なずに魔紅玉で俺はクラスの皆を生き返らせた……だが、全員元の世界で生き返ることになり、俺は迷宮にいた者達の力で元の世界へ帰還した」
「まず、どういう形で帰還したのかしら?」
リュシールからの問い掛け。雪斗は少し間を置き、
「俺達が召喚されたのは学校の教室……突然光が生じ、この国へやってきた。そして俺が帰還したのは……召喚魔法が起動された直後だ」
「……直後?」
「元の世界だと、光に包まれてこちらの世界へと来訪したわけだが、戻ってみると光に包まれ消えた直後だった。俺達の世界で言うと、たぶん召喚されて全員が消えて、その直後に戻ってきた。向こうの時間にして数秒も経過していないんじゃないか?」
「つまり、私達の世界で起きたことは……」
翠芭が口にすると、雪斗は小さく頷いた。
「意味不明な光が生じた……ただそれだけだ。そこから一瞬で俺達は戻ってきたのだから。騒動が起きていないだけ良かったと言うべきかな」
「クラスメイトは、どうなっていたんだ?」
質問したのはレーネ。雪斗はこちらの世界に来た直後に全員無事だと語っていたが、そこについては再度確認をとりたかったらしい。
「もちろん、全員無事だったよ。元の世界に戻り、俺は自分の席に座っていた。予鈴まであと一分というくらいの時間であり……クラスメイト達は全員、席に着いていながら会話をしていた」
そこまで語ると、雪斗は深いため息を吐いた。
「当然、全員無事だったと喜んでしかるべきだったと思う。カイなんかにクラスメイトが群がり、事の顛末を聞く……なんてことを、やってもおかしくなかった。けれど、そうはならなかった」
ああ、やはりそうなのか――翠芭は頭の中で確信し、雪斗はその推測通りの文言を告げる。
「クラスメイトの顔を見て、すぐに察したよ。この世界の出来事は……誰も憶えていない。死んだことで、異世界を訪れた時の記憶は捨ててしまったんだと」
核心部分に触れた後、雪斗はもう一度ため息をついた。
「蘇らせたというより、時間を逆転させて死亡したことをなかったことにした、と考えるのが妥当だ。俺だけは例外だったけど、体はこの世界を訪れる前に戻っていた。もっとも、ディルだけはついてきたけど」
『当然だね』
声がすると同時、雪斗の横にディルが現われる。
「もっとも、活躍する機会はなかったけど」
「当たり前だろ……だとするなら、記憶がなくても当然だと思った。その直後に予鈴が鳴って先生が来た。俺にとっては懐かしい授業の始まりだったが……正直、内容は頭に入らなかった」
翠芭は当然だろうと思う。何せ、今まで仲間として共に戦っていた面々が、全て忘れていたのだから。
「ただ……俺自身、それでいいんだと思った」
雪斗は続ける。強がりなどではなく、そう強く思っているが故の語気だった。
「この世界の記憶……俺以外の全員が、死んでしまった。それはつまり、死んだ時の記憶があるってことだ。迷宮内でどのように死んだのか、わからない仲間もいたが……苦しい、とても苦しい終わりだったはずだ。そんな記憶を持っている必要はない。この世界で生きていく上では、足かせにしかならないと思った。だからまあ、これでいいと思った」
「でも、雪斗達の関係性も消えてしまった」
ここで口を挟んだのは、リュシール。
「雪斗はクラスの中で埋没していたと確か言っていたはず……つまり、元の境遇に戻ってしまったのよね?」
「そこは別に良かったんだよ。むしろ記憶をなくした方が、本当に良かったと思えた。俺は唯一死ななかった。死にかけたことはあるけど、死の記憶はないんだ。だからもしそうしたことを憶えていたらどうなるかまで、俺には想像することができない……ならいっそ、忘れてもらった方がいいよ」
「そうかもしれないけど……」
「勘違いしないで欲しいのは、俺が取るに足らないと言ったことは、カイ達の記憶がなくなってしまったことじゃないんだ。そこは俺自身、納得したし良かったと思えた……もちろんこの世界での戦いがなかったことになってしまったのは一抹の寂しさを覚えたのは事実だ。でも、だから俺は仲間達のいた学校を離れたわけじゃないんだ」
雪斗はそう語る。それはきっと本心なのだろう。苦悩があったにせよ、そこは紛れもなく事実であり、雪斗としては折り合いがついたのだ。
「そこから、俺は元のクラスメイトとしての地位を確保しながら、学校生活を過ごした。何事もなく平和で、穏やかな時間が流れた……まあこっちの戦いを比べれば、肉体的な大変さは大したことがなかったから、そういう風に思えたんだけど……とにかく、平和だった。けれど、俺はそれを……自分の手で、壊してしまったんだ」




