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繁栄

 翠芭達がレーネと話をしている時、雪斗はとうとう魔物の巣を発見した。


「洞窟、だな」

『そうだね』


 雪斗の目の前に広がっているのは、洞窟……生い茂る草木が洞窟へ入るために荒らされていることからも、ここに魔物がいると断定できる。

 少しばかり注意して、雪斗は洞窟の中を窺う。静謐だけが存在する場所だったが、気配を探れば洞窟奥にうごめくような魔力が。


「間違いないな……生き物がいないことも魔物しか洞窟に存在し得ないことを証明している」


 ――魔神の力を抱える魔物は、あらゆる生物に破壊と荒廃をもたらす。そのため魔物が大量にいる場所においては獣や鳥どころか昆虫さえも寄りつかなくなる。現状、周囲にそうした生物がいない以上、魔物達が洞窟内を牛耳っているのは確定的だった。


「さっさと入って魔物を倒そう……問題はこの洞窟がどの程度深いか、かな。それによって殲滅できる時間が変わるけど」

『まあなんとかなるでしょ。少なくとも私で索敵できるくらいのものだし、ここから逃げられても対応はできるよ』


 そんな会話を行った後、雪斗は洞窟内へと足を踏み入れる。魔法で明かりを作成するが、少なくとも入口付近に魔物はいない。

 魔剣を手に出し、雪斗は前方を注視しながら歩を進める。砂を噛む足音だけが洞窟内に響き、ここに魔物などいないかのような印象を受けるが――奥に存在する魔力が、間違いないと確信させる。


 道なりに進んでいると、やがて開けた空間が姿を現した。魔法の明かりが届く範囲に生物の類いは見受けられないが、明らかに前方――そこに魔力の塊が存在する。


(罠、だな)


 真っ直ぐ進めば確実に戦闘が始まる。魔物達は息を潜め、気配を殺し、魔力も可能な限り閉じており、例えば霊具を所持していない者ならば、何も気付かず足を踏み入れてしまうだろう。

 前に進めば、魔物達が一挙に襲い掛かり蹂躙が始まる――


(問題は、この挙動が俺のことを把握しているためか、それとも最初からこういう形で迎え撃とうとしているのか……あるいは予期せぬ侵入者に警戒しているのか)


 昨日雪斗が魔物を殲滅した以上、その人物がここを訪れたと認識している可能性は十分ある。ただ魔物を指揮していたデーモンリッチは頭もよく、雪斗の動きに対応し戦術を構築していた。そんな存在の司令塔とも言うべき魔物が、実力を把握しているのなら手の込んだ策を用いてもおかしくない。


(俺が魔物を全滅させたとわかっているなら、単純な数の暴力では通用しないとわかるはずだが……仕込みでもあるのか?)


 あるいは単純に考えすぎか――ここで雪斗はふう、と息をついた。


(幸い逃げ道はある。まずい状況になったとしてもやりようはある、か)


 それに、罠だとしても退く気はない――雪斗は心の中で断じ、足を前に。

 その直後だった、前方から魔物の唸り声が聞こえ、雪斗を威嚇する。


「やる気はあるみたいだな」


 呟きながらゆるりと剣を構える。刹那、闇の奥から一体の魔物――大柄のオークが姿を現した。

 元の世界ではオーク、といってもその姿形が千差万別であったが、この世界にいるオークは人間の顔を醜く歪ませたような、言わば人の出来損ないといった風体だった。


 そんな敵が雪斗に真っ向勝負を仕掛けてくる。だが、


「遅い」


 一言呟くと、オークが剣を振り上げるよりも先に雪斗がその首筋に一閃した。


 結果、オークは剣を掲げたまま動かなくなり、頭部が地面へと落ちる。消え失せていくその姿を雪斗が眺めていると、後続から多数のオークが襲来する。


「猪突猛進か……昨日の戦いは見ていなかったのかもしれないな」

『そうかもしれないね』


 どこまでも間延びした会話を繰り広げながら、雪斗は迫るオークを片っ端から切り伏せていく――それは勝負にすらなっていない。オークが攻撃するよりも早く、雪斗が首を斬るか胸を刺し貫いているため、敵の刃が放たれることすらない。


(この調子でいけば、そう時間も掛からずこの場にいるオークは倒せる。ただデーモンリッチの動きを考えれば、交戦する間に何かしら変化があるか?)


 それを見極め、終わらせる――心の中で呟きながら、雪斗は暗闇の中でオークを斬り続けた。



 * * *



「一説によれば魔紅玉(まこうぎょく)は、勇者が王になることを諸国の王が認めるよう、魔法で意識を変えたと言われている」


 レーネは飲み干したカップに目を落としながら、翠芭(すいは)貴臣(たかおみ)へ語り続ける。


「迷宮最奥に存在していた魔紅玉は、他の霊具と同じく魔力の塊だ。それを戦闘などに利用するのではなく、使用者の願望を叶えるために使われる……そういう性質なのだろう。ともあれ勇者はフィスデイル王国を建国し、また聖剣と魔紅玉は宝物庫に入れ、厳重に管理されることとなった」

「迷宮は、どうなったんですか?」


 質問したのは貴臣。レーネは彼に視線を向け、


「宝玉がなくなったためか、魔物は完全に消え失せた。どこからか現れるようなこともなく……調べ回ったが財宝の類いなどもなく、ただ放置はまずいので封鎖した」

「しかし、今迷宮は復活している」

「これは人為的なものだ。順を追って説明する」


 レーネは重い口調で答えた。


「勇者は建国し、徐々にではあったが国が豊かになっていった。それは少しずつで勇者が望んだ繁栄と栄華とは違っていたかもしれないが……国民は生活が良くなっていくことを喜び、また王となった勇者を称えた。そうして月日は流れ初代国王の勇者は死去し、何代も経ておよそ百年ほど平和に経過した時、転機が訪れた」


 転機――翠芭はじっと耳を澄ませ、話を聞き入る。


「ある学者の実験だ……宝物庫に収められている魔紅玉を迷宮の最奥にある台座に安置すれば、再び力が宿り、願いを叶えることができるのではないか……そんな仮説を立てた。それは勇者が存命している時から言われていたことだったが、再び魔物が現れる多大なリスクがあるとして、勇者は実験に同意しなかった。だが」


 百年経ち、人々が認めてしまった――翠芭はそう予想し、レーネもまったく同じことを言及した。


「百年という歳月は、迷宮の怖さを薄れさせるのに十分な役割を果たした。あるいはその当時の王がさらなる繁栄を求め、強行したのかもしれない。ともかく実験が行われた。魔物がいなくなった迷宮に学者達は足を踏み入れ、魔紅玉を最深部にある台座に安置した。その結果――」


 レーネは一度視線を変えた。方角は北――迷宮の方を見たのだろう。


「実験は成功した。魔紅玉は力を蓄え、願いを叶えられるようになった……だが、魔物もまた出現するようになった。実験に参加した学者達の多くが犠牲となり、王は非難に晒され、彼が魔紅玉を得ることはできなくなった……とはいえ、魔物は迷宮から外に出なかったため、民に影響はほとんどなかった」


 そこでレーネは一度息をついた。


「犠牲なども生まれてしまったが、宝玉に力が戻ったのもまた事実。よって人々は願いを叶えるという話を元に、大陸中の人々が迷宮へ向かい始め――」


 一瞬だけ間があった。そしてレーネの顔にはなお、自嘲めいた笑みが浮かんでいた。


「人が集えば、それだけ国は栄える――この国の繁栄が加速した瞬間だった」


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