たった一つの質問
「……実は、雪斗以外の武具に全員、次の使い手に指導できるよう、魔力を残していたんだ」
一言一句カイの言葉であり、唐突な口調の変化に雪斗は一瞬戸惑った。しかし、
「……カイ? もしかして、カイなのか?」
「ああ、そうだ。邪竜との決戦で死ぬ直前の記憶を持った、カイだ」
その言葉に雪斗だけでなくシェリスやナディも驚いた様子。
「ま、驚くのは無理もない。最終決戦に残っていた者達は記憶を霊具へと注いでいたんだけどね……ただ、それを伝える機会はなかった」
心の中のカイは苦笑していた。
「さて、もう少し話をしたいところだけど、あいにく邪竜とのたたかいで力を使い果たしてしまった。よって問答はあまりできないから、一つ質問をして終わりにしたい」
「質問……?」
雪斗が聞き返した矢先、翠芭は即座に言葉を紡ぐ。
「――元の世界に戻った時、雪斗はたった一人になってしまったんだね?」
問い掛けに、雪斗は最初沈黙していた。だが同時に全てを察するかのような言動のカイに対し、
「……さすがだな」
「このくらいは予測できるさ。それについては、僕が何かを話す資格はない……だから雪斗自身の問題だ。けど、誰かに頼ってもいいんじゃないかと思うけど」
雪斗は黙し、何も語らない。ただ、一定の効果は出たのか、雪斗の表情は幾分和らいでいた。
「……うん、もう時間のようだ」
そう翠芭が口にした矢先、カイの魔力が消えていく。
「所詮霊具の力によって存在していた意識だ。消えることについて何か感情があるわけではないが……ただ、そうだな。元の世界に帰った僕自身がどうなっているかを確かめることができなかったのは、少し心残りかな」
「カイ……」
「その辺りは、雪斗の表情を見て想像するかな……さて、お別れだ。邪竜は何やら最後に言葉を残した。どうやら雪斗達が元の世界へ帰るためには、あと一悶着ありそうだが……雪斗達なら、できるさ」
翠芭は何かさらに言葉を発しようとしたのだが、それよりも先に彼の気配が、消滅した。
「……消えた、みたい」
「そうか」
短い返事と共に雪斗は小さく息をついた。
「最後の最後まで、仲間の心配をするヤツだったな」
「雪斗……」
「そして、彼らに感謝を……翠芭達が生きてくれていて本当に良かった」
その言葉に対し他のクラスメイト達も頷く。カイ達が意思を残していなければ、この場にいた人達は間違いなく全滅していた。彼らのおかげで、難局を切り抜けることができた。
「邪竜の言葉については俺にも聞こえていた。それは迷宮を精査しなければわからないし、攻略していく上では避けては通れない話だろう。なら、今は気を揉む必要はない」
雪斗はそうまとめた後、レーネへ顔を向けた。
「そっちは動けそうか?」
「ああ、無論だ。不甲斐ない結果になってしまったし、後処理などで挽回しようか。何をすればいい?」
「邪竜の痕跡を辿り、分身とか、そういう類いの存在がいないか……消え去ったが、前の戦いの時のように寸前で逃げ出している可能性もある。その対処をお願いしたい」
「わかった……が、さすがに邪竜そのものへ変貌したのだ。本物である可能性は極めて高くないか?」
「だとは思うけど、念のためだ。そのくらいの警戒をすべき相手だろ?」
「……そうだな」
レーネは同意し、騎士達を指揮し始める。その間に翠芭の下へリュシールが近寄ってくる。
「聖剣の力を……図らずとも手にしてしまったようね」
「はい。あの……」
「その辺りのことについては、今後検証が必要だから置いておきましょう……今は、そうね。激闘の後だもの。私達に任せてゆっくり休んでもらいましょう」
そしてリュシールは翠芭の耳元にまで顔を近づけ、
「ユキトのことを含めて、いずれ語ることになるとは思うけれど……それまで、待っていてくれるかしら?」
「はい、もちろんです」
顔を離すリュシール。その表情は笑顔となっていた。
「では、早速行動を開始しましょう。まずはスイハ達を部屋へと……あと、城にいる人達を呼び戻すことから始めましょう――」
翠芭達はその後、自室へと戻り休むこととなった。その間に雪斗達はキビキビと動き、淡々と後処理を行っていく。
邪竜についてだが、リュシールを交えた再検証によると本物である可能性が極めて高いとのことだった。仮に他に個体がいるにしても、その力はかなり小さいという結論に達した。
数日後、アレイスの体を乗っ取り邪竜が潜伏していた場所などを見つけることができたが、そこはもぬけの殻――逃げ出したというよりは、作戦実行のために全員が動いたという雰囲気が強く、結局それから配下と思しき存在は見つからなかった。
様々な策謀を擁して翠芭達を追い詰めた邪竜であるため、今後警戒する必要は十分ある。ただレーネいわく「いないものをいないと断定するのは難しい」とのこと。いわゆる悪魔の証明というやつであり、今後は邪竜の幻影がつきまとうことになるかもしれないが――各国とも邪竜の恐ろしさは認識しているため情報共有などは容易であり、もし何かあっても対応はできるだろう、とのことだった。
不安はあるが、邪竜という存在を滅したのは確実であり、今後脅威が無くなったことによって国も正常な形に戻っていくだろう、とはレーネの言。それに貢献できたのは翠芭としては嬉しかったし、また同時に聖剣を握ったことに誇りを抱く結果となった。
重荷を背負わせるのではないか――そんな風にレーネは尋ねてきた。しかし翠芭は首を左右に振る。消えたカイの技術や力は体の中に残っている。ならば、その力を振るうのは当然の話だろうと翠芭は思う。
よって、次回の迷宮攻略については翠芭や他のクラスメイト達も参加することになるだろう――そういう結論となった。邪竜という脅威が消えたとはいえ元の世界へ帰るにはまだ道半ば。邪竜の残した言葉を含め、やらなければならないことは多い。
けれど、直近の脅威は消え去った。ここからは自分達だけの問題――そう思うと、翠芭としては心の負担が軽くなった気がした。




