神の剣
翠芭が邪竜へ聖剣を一閃した瞬間、相手はその魔力により押し留めようとした。突然真正面から暴風と呼べる魔力の波が押し寄せ足を阻んだが、翠芭は全身に力を込め、それでも足を踏み出そうとする。
邪竜も負けじと魔力を発し、さらにその口を大きく開けた。喉の奥からも魔力を感じ取ることができ、身動きがとれなくなった翠芭達を仕留めようとする。
だが、そこへ――花音が動いた。彼女の持つ霊具が火を噴くと、真っ直ぐ熱線が竜の喉奥へと注がれた。
直後、邪竜が吠える。途端喉奥の魔力も消え失せ、攻撃は不発に終わる。
しかし邪竜が硬直した、というわけではなく――さらなる魔力が体の奥で収束し始めていると、翠芭は直感した。
(一度でも、攻勢に入られたら負ける……!)
心の中で翠芭は断じる。その根拠はカイの記憶。前回の最終決戦において、邪竜が攻撃が決まれば、確実に誰かが犠牲となっていた。
邪竜の力は確かに膨大ではあるが、その技法自体は言うほど高くない。戦法そのものは力によるゴリ押しの面が強く、その一方で力を振るえば確実に犠牲が出る必殺の一撃だった。
(だから主導権を明け渡したら、その瞬間に敗北が決定する……!)
翠芭がそう確信した矢先、信人の槍が邪竜へ向け放たれた。今までとは異なる、刺突の連撃。そこに多大な魔力が乗ることにより、先ほど以上に強烈な槍の応酬が始まった。
『貴様、邪魔立てするか……!』
邪竜もさすがに捨て置くことはできず、槍を前足のかぎ爪により防ぐ。そこで信人はすかさず引き下がった。深追いすれば命はないと彼もまた理解している。武器に宿っていた来訪者から助言を受けたのだろう。
しかし大きな隙を作り出すことには成功し、今度は千彰と花音の風と炎が邪竜へ突き刺さった。どちらも渦を巻く強力な魔法であり、胴体へ直撃することにより邪竜の体がぐらついた。
そこで邪竜は吠える。魔力を発し、二つの魔法を打ち消そうとする。
結果は――風と炎の勢いが一気に弱まった。
『――例え、貴様らがどれだけあがこうとも』
邪竜はそう口にする。
『聖剣を握る者を殺せば、全て終わりだ――』
「ええ、そうでしょうね」
対する翠芭の返答は、極めて冷静なものだった。
呼吸を整え、邪竜を見据え――同時に、あることに気付く。
『認めよう、我が策を乗り越えここまで到達したことは褒めてやろう。だが、それも終わりだ!』
その声は、まるで自分自身を鼓舞するかのようなもの。窮地に立たされているのでは――そんな考えを振り払うための、弁明のようだった。
ならばと翠芭は、一つ口にする。
「私達を倒す……それが本当に……できるの?」
『例え力が以前と比べ及ばずとも、貴様らを殺すなど造作もない!』
「そう」
邪竜の声に翠芭は聖剣を構えることで応じる。次いで振りかぶり放った斬撃を――邪竜はその身で受ける。
直撃により再び巨体がぐらつく。しかし聖剣の攻撃であっても、元の姿に戻ったことにより耐えた。
『蹂躙してくれる!』
再び咆哮。そこで翠芭は剣を今までよりも強く握り締めた。そしてありったけの魔力を、聖剣へ注ぐ。
決める――そういう意識をもって、剣を薙ぐ。それと共にクラスメイト達もまた、全力で魔力を高め、渾身の一撃を放つ。
邪竜の一際大きい咆哮が、魔力を拡散し周囲のものを吹き飛ばそうという勢い。だがそれに翠芭達は真っ向から応じた。手足のように力を操ることができる翠芭は、気配でクラスメイト達がどのように動こうとしているのか手に取るようにわかる。
そして――あることを思い浮かべた矢先、翠芭達の攻撃と邪竜の無差別攻撃がぶつかり合った。その結果、魔力が弾け周囲に拡散し、翠芭の斬撃により広間が白光に包まれた――
やがて視界が元に戻った時、目の前の邪竜は――健在だった。
『さすが、といったところか。亡霊の力によるものだとしても、ここまで戦えたのは見事だ』
邪竜は、勝ち誇ったように声を上げる。翠芭達の全力攻撃を、邪竜は防ぎきった。カイ達の魔力もそれほど多くない。あと一撃か、二撃といったところか。一方で邪竜はまだ余裕があるように見える。
『どうした? 命乞いくらいは聞いてやってもいいぞ』
「……あなたは」
翠芭が声を上げる。クラスメイト達は、次の攻撃準備を始めながら、無言を貫く。
「一つ、気付いていないことがある」
『……ほう?』
「今の攻防だけを見れば、確かにあなたの勝利でしょう。けれど、それを見越して……それを計算した上で、私達が攻撃したと解釈することはできなかった?」
『ずいぶんと面白いことを言う。猶予がないのはそちらのはずだが?』
「必要ならもう少し長く戦えるプランもあったし、仲間も同じように思っていたはず。けれど……あなたは気付いていないのね」
そこで邪竜は何かを察したように唸り声を上げた。同時に、広間に変化が生じる。
突然、入口が開いたのだ――それは騎士達も翠芭達と同じ事に気付いていたということ。いや、気付かないはずもなかった。
「この場で気付いていなかったのはあなただけ……いえ、私達が気付かせないように立ち回れたってことかな?」
邪竜が首を入口へ向ける。そこに立っていたのは、
「……久しぶりだな、邪竜」
既に『神降ろし』を行った、雪斗の姿だった。
「そして、お前にこれ以上何かを主張する権利はない。この場所で藻屑と、消えろ」
『セガミ、ユキト……!』
吠える。それに呼応するように雪斗は走る。
翠芭達もまったく同じタイミングで駆けた。彼がどう動こうとしているのか、それが如実にわかる。他のクラスメイト達も同じだろうし、雪斗もまた、同じのはずだった。
四方を囲むような形で邪竜へと迫る。さらに入口には援護すべく雪斗達と共にいたシェリスを始めとした仲間が控え、準備万端のようだった。
邪竜はこの状況で――もっとも憎むべき標的を見定め、突撃を開始した。もはや逃げることなど捨てた、完全な特攻だった。
それに雪斗は真正面で応じる構えを示す。ならばと翠芭は聖剣の力をさらに引き出す。それと共に次で本当に最後だと――そう心の中で強く感じながら、最後の攻防へ向け邪竜へと迫った。




