刹那の攻防
翠芭が行動に移した直後、視界が急激に狭まり、アレイスだけが見える。そして二歩目を踏んだ瞬間、彼の刃が迫ってきた。
それを翠芭は瞬間的動作により、弾く。明らかに力が上の相手に対し、きちんと防御できたことは奇跡と言ってもいい――が、防御だけでは勝てない。
けれど翠芭だけでアレイスを倒すことはできない――間違いなく切り札が自分であることは自覚できている。しかし、周囲にいるクラスメイト達の援護がなければ勝てないことは、自分でもよくわかっていた。
翠芭が次の動作に移るより早く、信人の槍がアレイスを捉える。しかし相手は瞬間的に反応してまずは槍をさばいてみせた。
ならばと、次は千彰の風。ただ無闇に攻撃すれば味方をも巻き込みかねない特性の霊具。どうするのかを思った矢先、彼の手先から風が生まれた。
それは翠芭達を巻き込むようなことには至らず――いや、むしろ風により翠芭達の攻撃をさらに勢いづける効果さえあった。そうして発生した千彰の攻撃は、風の塊とでも言うべき力。それがアレイスへ向かい――信人に注意を向けていた相手は、直撃した。
風が弾け、アレイスの体に打ち付ける。魔物ならば吹き飛び、地面に足を着けるより前に滅び去ってしまうほどの濃密な魔力。だがアレイスは耐えた。いや、より正確に言うならば、耐えられると判断しあえて受けた。
「無駄だよ」
対策はできている――アレイスからすれば一目見ただけでどのような霊具を持っていることがわかる様子なので、これはばかりはどうしようもなかったか。
しかし、当の千彰はあきらめていなかった――風が再びアレイスを襲う。確かに相手はしっかりと受け止めているわけだが、それをどうにかして打ち崩す、という意図が千彰の目からはっきりわかった。
その結果は――連続攻撃が功を奏したのか、翠芭の目にはアレイスの動きが鈍ったように見えた。それが罠なのかそれとも本当なのか判別はまたもつかなかったが、翠芭としては余裕はなかった。好機と見て、踏み込んだ。
それと同時に後方から明確な気配。貴臣と花音の二人が攻撃準備を始めている。その魔力の高さからアレイスに対しても十二分にダメージを与えられるか――いや、と翠芭は否定しながらも、剣をかざす。
直後、再び翠芭とアレイスの剣が交錯する。力による押し込みは当然通用しない。けれど相手も自分を押し込めるほどの力はない。直後、左右にいる信人達が攻め立てようとしたが、アレイスはすかさず後退する。
一進一退の攻防ではあるのだが、翠芭達もこれだけの人数がいて追い込めない。けれど相手も決定打を生み出すには至らない。
翠芭としてはここで選択に迫られる。火を噴くように攻め立てるか、それともアレイスの真意を探るか。さすがにこのまま終わるとは思えない。ただ、一度仕切り直しをして果たして自分達が勝てるのか。
鋭敏化した思考の中で翠芭は必死に考える。先ほどの動きの鈍りが本物なのかどうか。
「――っ」
小さく翠芭は声を上げた。それと同時、信人と千彰がまったく同じタイミングでアレイスへと仕掛けた。
どうやら二人は攻めを選択した――これにより、翠芭も半ば引っ張られる形で動くことになる。迷うのが一番まずい。ならばいけるところまで――それが一番勝ち筋があるような気がした。
アレイスはそれに対しまず目を細めた。翠芭達の動きを見極め、どう対処するのかを考えている。ただ彼の判断は早かった。まずは左右から押し寄せる信人達に対処する。
翠芭はわずかに迷ったことで一歩遅れる結果となる。それによりアレイスは二人のことに集中できた。無論時間にしては数秒にも満たないもの。けれど彼にとってそのほんの少しの時間は、間違いなく余裕を生むことになる。
翠芭はこの時点で自分の迷いが最悪の結末を呼び込む結果になるのでは――と思ったが、思考を振り払い足を前に出す。先にアレイスへ仕掛けたのは信人。限界まで高められた魔力が刃先に伝わり、大気さえ震わせながら刺突が繰り出される。
それは間違いなく、今の信人にとって最高の一撃に違いなかった。鋭さは翠芭が目を見張るほどであり、もし相手がアレイスでなければ――迷宮に存在する強力な魔物でさえも、倒せるだけの力を持っているはずだった。
けれどアレイスはそれをまず剣でいなす。最高の一撃も打点さえ見極めてしまえば対処できる――そう翠芭は理解し、信人の攻撃は不発に終わる。
そこへ千彰の風が舞った。明確にアレイスの動きを妨害するものだったが、それによって作り出せた時間もまたわずかなもの。けれど信人が攻撃によって生じた隙を埋めるには十分なものであり、反撃されることなく、槍を引き戻すことに成功した。
アレイスは防戦一方――ならばと、翠芭はこのタイミングで踏み込んだ。
声を張り上げ、斬撃を放つ。それと同時、後方から貴臣と花音の魔力を感じ取った。双方の魔法が翠芭の横を駆け抜け――炎と光が、アレイスへ迫る。
さらに体勢を立て直した信人と千彰もまた攻勢に転じる。五人がまったく同じタイミングで仕掛けた。もしこれで聖剣が届けば、勝機があるかもしれない――
「見事だ。とても霊具を握って少ししか経っていないとは思えないものだ」
その時、アレイスの言葉が聞こえた――いや、本来ならばあり得ないはずだ。一瞬の攻防。その最中に悠長な彼の声を聞くことになるなんて。
「こちらとしては強力な霊具だ。確かに君達の全力には、双方の力でなければならなかった……正直に言うと、多少の余裕はあったが、その余裕で君達を刺すことはできないと判断した」
まずい――翠芭は内心そう呟いた。これはもしや、
「ただ、一つだけ……落ち度があるとすれば、私の能力を完全に把握できていなかったことだ。もしユキトが同じ立場に立っていたならば、せめぎ合った後に引き下がることを選択していただろう。仕切り直し、こちらの真意を探る……そのくらい用心していなければ、邪竜との戦いには勝てなかった」
言葉の直後、アレイスに翠芭以外の攻撃が突き刺さった。けれど聖剣だけは――アレイスはしかと受け止めた。
「聖剣だけは致命傷になり得る。だが、それ以外の攻撃ならば耐えうる――結論から言えば、ただそれだけの話だ」
まずい、と翠芭は悟る。だが聖剣を引き戻すことはできず、このまま押し切るしか手がなかった――




