伝説の勇者
雪斗は早朝に城を脱し、都を出て街道を疾駆する。速度は全力から抑えめ。まずは慣らし運転という案配だ。
『で、雪斗は魔物がいそうな場所はわかる?』
ふいにディルが問い掛ける。装備は戦闘状態のものだが魔剣の姿はなく、今は雪斗の頭の中に声が響く。
「いや、わからない。とりあえず周辺を片っ端から調べよう」
『アバウトだなあ……しかもそれやるの私だし』
「そこは頼むよ。ではディル、索敵を始めてくれ」
『了解』
その間も雪斗は街道を進む。この道を突き進めばいくつもの町を越え、国境をまたぐことができる。
(そういえば、この道もずいぶん利用したな……)
各国が危機に瀕していた中で、雪斗は戦場を駆け巡った。特に召喚されてからの二ヶ月……武器を無理矢理持たされて最前線に立たされた状況は、悲劇以外の何者でもなかった。
だが、それをしなければ大陸の人々が死に絶えていた――だから聖剣所持者であった『白の勇者』を始め、雪斗やクラスメイトも戦った。戦い、戦い、戦い続けて――
『雪斗、ゆきとー』
間延びしたディルの声。雪斗はそこで我に返り、
「ごめん、昔のことを思い出していた」
『おじいさんみたいな言い方だね……ま、それも仕方がないか。ここにある景色全部に、思い出が詰まっているわけだし』
「まあな……で、何だ?」
『索敵始めてすぐだけど、見つかったよ』
「本当か? 場所は?」
『真正面にある山の麓』
雪斗の目の前にはそれなりに標高のある山――というより山脈が存在している。街道はあの山を避けるように続いているのだが、山に魔物がいるらしい。
「数や位置はわかるか?」
『山の麓にある森の魔力に紛れて潜んでいるみたいだね。場所や数まではまだわからないなあ』
「放置しておけばいずれ再び魔物が都へ来ていただろうな」
そう呟きながら雪斗は山を眺め考察。
「問題はその魔物がどこから湧いて出ているか、だな。隠れている場所で作っているのか、それともどこかから援軍を送り込んでいるのか」
『前者だったら索敵した場所叩いたらおとなしくなるだろうけど、後者の場合は……』
「その拠点まで潰さないと終わりがない。けど援軍を送る以上はルートがあるはずで、それを探せばいい……索敵範囲を広げるだけ広げて調査するしかないな。ディル、どのくらいまでいける?」
『うーん、さすがに国中探すならシンドイなあ……そこまで大規模だと索敵する間は私も戦えないよ?』
「なら都に帰ってから話し合うしかないな……とにかく今は山へ向かおう」
『わかった』
会話をしながら雪斗は山へと進路を向ける――とはいえ、不安などは一切なかった。
* * *
「――まず、この国の成り立ちから説明するとしよう」
レーネはそう口を開いた。場所は城内の一室で、全員朝食を済ませこの部屋に移動した。室内にいるのは彼女に加え翠芭と貴臣。
翠芭はテーブルの上に置かれたお茶を飲みながら、耳を傾ける。
「この国……というよりこの世界には、過去強大な力を持った二つの神がいた。片方は私達人間に力を授けた天の神……天神という存在だ。そしてもう一方が、破壊と荒廃をもたらし、天神と対立した存在……魔神だ」
「その両者は、今どこかにいるんですか?」
翠芭の質問に、レーネは首を左右に振った。
「天神と魔神が戦っていたのは、それこそおとぎ話になるほど遠い昔の話で今はいない。また普通のおとぎ話はあくまで空想的なものであるが、天神と魔神は間違いなく存在し、その戦いの痕跡が大陸のそこかしこに存在する」
そう言って彼女は部屋の一室に存在する窓に目を向けた。
「町の北にある山……その麓に存在する洞窟は、そのうちの一つだ」
「そこに、何があるんですか?」
「洞窟だ。全十層の比較的構造がシンプルな洞窟」
「そこが迷宮と呼ばれる場所……?」
翠芭の疑問にレーネはコクリと頷いた。そこで貴臣が疑問を挟む。
「迷宮って、町の中にあるんですか……?」
「そうだ。迷宮についても今から説明する……まずこの国についてだが、昔――数百年前には荒野しか存在していなかった。大陸中央部に位置しているにも関わらず、人口も少なく当時は辺境中の辺境という扱いを受けていたらしい。その理由は、魔物の多さだ」
「魔物?」
「迷宮があったから、というだけではない、人の手が入らない場所……この国は山岳地帯も多いのだが、そうした場所には魔物が多く棲んでいた。よって開拓民が多少存在する程度で人が寄りつかないような所だった」
そう言ったレーネは、カップを手に取りお茶を一口。
「そういう状況に変化が訪れたのは、とある勇者が訪れた時だ。今に至るまで勇者と呼ばれる存在は多数現れたが、彼以上の力を所持する者は、ほとんどいなかった。百年に一人の逸材……大陸中の人間に名を知られる、伝説的な勇者がこの場所を訪れた」
「目的は、迷宮の攻略?」
今度は翠芭。レーネは「おそらくそうだ」と頷く。
「この場所の悲惨さを嘆き、せめて魔物だけでも駆逐しようと動いたらしい。彼の働きでこの周辺に存在していた魔物の巣は次々と駆逐されていった……そして人々は諸手を挙げて歓迎し、勇者を称えた」
「そうした彼が、迷宮にも入り込んだと」
「そうだ。もっともあの迷宮は他と違い特殊な環境にある。基本洞窟などを根城としている魔物は地上に湧き出ることがあるのだが、あの迷宮だけは魔物が外に出なかった。もっともユキトが召喚された戦いは例外で、悲劇を生んでしまったが」
「何か違いが?」
貴臣が問う。真っ直ぐレーネを見据え、彼女の話を聞き入っている様子。
「ああ、これは長きに渡る研究により結論づけられたものなのだが……あの迷宮は天神と魔神の最終決戦地であり、それが理由ではないかと」
「最終決戦……!?」
「他の場所以上に魔力……魔神の力が多く滞留していることに加え、それを外に出さないようにと天神の力もまた迷宮内に存在し、魔神の魔力を外に出さないようにしている……まるで消え去った両者がまだ戦っているかのように」
「魔神の力が眠っているとしたら、迷宮には相当な強さの敵が――」
「タカオミ君の指摘通りだ。あの場所の魔物は他のどの場所よりも強く、大陸中に名を轟かせていた勇者ですら、苦戦するほどだった」
それほどの――翠芭は胸中で呟き、じっと話を聞き入る。
「それでも勇者は少しずつ迷宮を攻略し、やがて一本の剣を発見する。それは後に聖剣と呼ばれ、ユキト達が戦った先の戦争でも活躍した物だ。それには天神の力が大いに宿っていた……もしかすると、天神が実際に使っていた剣だったのかもしれない」
「その剣を使って、勇者は――」
翠芭が呟くと、レーネは深々と首肯する。
「そう。ついに最深部に辿り着き、とうとう最奥にいた魔物を打ち倒した……しかし話はこれで終わらない。その魔物に守られていたとある道具が、この場所に繁栄をもたらした」
レーネは一度目を伏せる。それを彼女も見たことがあるのか、形を思い出しているのかもしれない。
「それを私達は『魔紅玉』と名付けた。名の通り紅の色を持つ、水晶球のような物だ。最初勇者は魔物が守っていた物である以上、警戒した。ただそれに吸い寄せられるように手を伸ばし、触れた瞬間――宝玉が語りかけてきたと、伝記には記されている」
「語りかけてきた……?」
「魔物が守っていた以上、魔神由来のものだとは思う。ただ宝玉自体は例えば人間の意識を乗っ取るなど、危害を加える物ではなかった。天神が魔神の力を消すために力を宿し、人間にとって有益な物になったのだと後の研究者は結論を出した……宝玉はこう語りかけてきたらしい――そなたの願いを叶えると」
レーネは翠芭と貴臣を一瞥。そしてやや沈黙を置いて、
「そこで勇者は願った……この地に住む者達に栄華と繁栄が訪れるように、と。長き戦いにより彼はこの土地に暮らす者達に親近感が湧いていた。そしてこの地に存在していた宝玉は、この地で使われるべきだという判断でそう願い――」
彼女は微笑を浮かべる。果たしてそれはどんな意味があったのか――
「実際、願いは叶えられた。迷宮を踏破し、人々に称えられた勇者はこの地に根を下ろし……やがて王となり国を作った。他国はこれを認め歓迎し、勇者を崇め祝福した。これがフィスデイル王国の始まりだ――」