復讐
翠芭が城の中を歩いていると、ふいに首筋に小さな痛みが走った。それが何なのかを考える間に、城外へと逃げる転移場所へと辿り着く。
それは城の上階に位置する所で、魔術師達が急造で作り上げた魔法陣。ただこれを作成するには時間が掛かるということで、ディーン卿の際は用いる暇がなかったとレーネは語っていた。
「来たか」
ジークが述べる。魔法陣を通じて侍女や兵士などが相次いで脱出していた。
「転移場所は郊外だ。ようやくこうした緊急避難が役に立ったな」
「……ようやく、というのは?」
「過去にも城を襲撃されたケースは、ディーン卿のことを始めとして邪竜との戦いでもあったが、例えば設営する暇がなかったとか、あるいは郊外も危険地帯であったりとか、色々とあったのだよ」
そう語りながらジークは苦笑。
「では、先に行ってくれ……他の者達が避難を行った後、私も続く」
翠芭は小さく頷き、クラスメイト達を先に魔法陣へ促した。
そうして彼らは一人、また一人と魔法陣の中へと入り込んでいく。中央付近に足が触れると光に包まれ、消えていく。
作業そのものは非常にスムーズにいき、あっという間にクラスメイトの大半が飲み込まれる。そして翠芭もまた歩き出す。
ジークが王であるにもかかわらず率先して配下達を外へと送り出す。やがて霊具を持たないクラスメイトが全員外へ出た後、翠芭が魔法陣に踏み込んだ。
光に包まれる。同時、視界が真っ白に染まり、浮遊感が前進を駆け巡った。
やがて光が晴れる。話では城外周辺にある森の一角に転移する――はずだった。
「え……?」
けれど、そこは森ではなかった。なおかつ周囲に自分以外に立っている人は、たった一人しかいなかった。
「来たか」
男性の声。そこは城のエントランス。この場には倒れ伏す騎士達の姿と、真正面には――アレイスが。
何が起こったのか。理解できないまま翠芭はゾクリと背筋に悪寒が走った。少なくとも、目の前の状況がアレイスの策略であることはわかった。
ならば次に起きることは何か――アレイスが足を動かす。歩くような小さい動作であったが、その一歩で間近に迫ってくるのだと翠芭は克明に理解した。
自分の体が勝手に動き出す。気付けば振り下ろされた彼の剣を、翠芭は一瞬で剣を抜き放ち、受け止めていた。
金属音がエントランスにこだまする。その時、翠芭は気付く。アレイスの奥――床に倒れ伏す騎士の中に、レーネがいることを。
「聖剣によりこちらの剣を受け止めるか」
語りながらアレイスは剣を引き戻すと、後方に移動した。
「どうやら見立て通りだな……さて、今までとは違う戦い方を必要とするが……」
「どういう、ことなの……?」
翠芭はそう疑問を口にせざるを得なかった。もっとも、答えが返ってくるとは思えないが――
「ディーン卿と私。こちらの勢力が短期間に二度ここへ入り込んだ。仕込みをするには十分過ぎるだろう?」
そうアレイスは言うと、剣を軽く素振りする。
「ああ、周囲の騎士達は全員気を失っているだけだ。君達と共にいたレーネも同じ。出血などしていないだろう? さすがに殺してしまっては、交渉にも使えないからな」
「交渉……?」
「もしこの場が死屍累々であったなら、君は迷わず逃げていただろう。圧倒的な力を持っている相手に、罠に掛けられたった一人で戦うのは無謀極まりないからな。けれど、周囲に騎士が倒れていれば話は別だ。君はもう一つの選択肢を取らざるを得ない」
言いながらアレイスは、近くに倒れる騎士の一人に剣の切っ先を向ける。
「君がここから逃げれば、私は騎士を一人一人殺していく」
「っ……!!」
「来訪者達はとても優しい。こんな風に告げれば、犠牲を増やさないために踏みとどまってくれるだろう?」
「……全部……私を始末するための作戦だったというの!?」
「少し違うな。君だけでなく、現在いる霊具所持者を始末するためだ」
彼は視線を上へ。
「君が避難場所ではなくこのエントランスに来たことは、他の霊具所持者はすぐにわかるはずだ……というより、理解してこちらへ来ようとしている」
「まだ満足に扱えない私達に狙いを定め、こんな真似を……!?」
「そうだ。城の戦力を全て削り、なおかつユキト達を迷宮へ追いやった。全ては聖剣使いと、いずれ障害になるであろう来訪者の始末……ただ」
と、アレイスは苦笑する。
「これは……そうだな……私の発案とは少し違う。言ってみれば邪竜の意思がそうさせた。私の内に眠るわずかな意識が、やれと駆り立てた。来訪者達は前とは違うが、同じ霊具を持ち挑む以上……復讐の対象というわけだ」
「復讐……?」
「邪竜は滅ぼされたことを心の底から憎んでいた。その憎悪だけを頼りに迷宮で死に絶えようとしていた私の肉体を利用した。グリーク大臣を利用し迷宮を再び復活させ、力を得ようとした。もっとも大臣も対策を講じており、来訪者を再度招くようなことをしでかしたわけだが……その始末も城の構造などを完全に把握している私なら、付け入る隙もあったし短期間で潰せるはずだった。ユキトが一緒に来なければ」
そう語った後、アレイスは翠芭と視線を重ねた。
「作戦変更を余儀なくされたわけだが、やることは想定していた当初と変わらない。邪竜の力を利用して手駒にした邪竜戦争の英雄達をユキトと戦わせ、その間に策を仕込む……少しばかり遠回りになってしまったが、嬉しい誤算もあって君達が霊具の扱いを習熟するまでにこうして作戦を組めた」
クラスメイトのトラブルに乗じて、作戦を早めた――その時、アレイスの体に魔力がまとう。
「邪竜の目的は二つ。一つは当然再び迷宮に入り力を得ること。そしてもう一つは世界に復讐を遂げること……無論、その最大の障害となる聖剣使いは、念入りに潰す。その取り巻きと共に」
悠長に語っているが、これは間違いなく上階から貴臣達が来るのを待っているのだろう。ここに至り翠芭も理解できた。上からまだ転移していなかった貴臣達が、エントランスへ向かってきている。
「そろそろ来るようだな……では、始めるとしようか」
アレイスはそう語った直後、翠芭は剣を強く握り締める。来る――直感した矢先、アレイスが再び襲い掛かってきた。




