覚悟の時
城側が異変を察知したのは、アレイスが小迷宮に出現したおよそ十五分後だった。
アレイスは出現した時点でその場にいた者達を全て気絶させたが、それで調査していた兵が全てというわけではない。偶然彼の攻撃から逃れたものがどうにか王城へ報告することができたのだ。
しかし、アレイスに対抗できる人物は全員迷宮へ入り込んでいる。なおかつ今度は話し合いで解決することは間違いなくできない。
「覚悟を決めなければならないか……!」
ギリッ、とジークは拳を握り締め、声を漏らす。
廷臣達が玉座の間に集結し、どうすべきか話し合っているが――今から迷宮に赴いたとしても、アレイスが城に到着するまでには間に合わない。
だからといって、異世界からの来訪者達に任せるのはまずいというのもこの場にいる誰もが理解できている。ディーン卿達が襲来した際に多少なりとも戦闘経験を得ていることは事実だが、だからといって戦わせるわけにはいかない。いや、そもそも――
「アレイスの狙いは私か聖剣所持者か……ユキトという存在がいなくなった状況。この千載一遇の好機に討つためにここへ来る」
ジークの発言に玉座の間の空気はひどく重くなった。
「こちらに取れる選択肢は多くない……なおかつアレイスも直に来るだろう。悠長に会議を開く余裕もない」
「――既に、レーネを含め霊具を持つ騎士は城内に展開しております」
そう騎士団長は話し始める。
「ですが、アレイスを食い止めるのは……」
「わかっている。だが私達が打てる策は一つだ……即ち、ユキト達が戻ってくるまで耐えること」
――アレイスもさすがに雪斗達を安易に地上へ帰還させるようなことはしないだろう。ジークは頭の中でどれほど時間が必要なのかを見積もり、
「……そうだな、雪斗達がこの事態に気付き、戻ってくるまで……希望的観測ではあるが、半日程度だろうか?」
――アレイスはおそらく迷宮の状況を把握しているはずで、もし雪斗達が戻ってくるとわかれば苛烈に攻め立てるだろう。となれば、半日持ちこたえることだって厳しいのは明白だった。
どれだけの犠牲が生じるのか――廷臣達の中にはそれを予測する者もいるだろう。来訪者と王だけはどうにか――そう考えているに違いない。
またここで廷臣達が犠牲になれば、この国の政治機能が失われる。待っているのは混沌であり、それに乗じてアレイスが何か策を実行する可能性もある。
(しかし、犠牲は避けられない……か)
苦渋の決断ではあるが、他にやりようがない。
「……戦闘員以外を速やかに避難させろ」
まず王はそう指示を下す。それに廷臣は応じ、
「アレイスの行動を逐一把握し、どうするかは適宜判断する。現状、聖剣所持者を含め異世界からの来訪者達に戦わせるわけにはいかない……よって、可能な限り時間を稼ぐ」
素早く動き始める。ジークもまた彼らに同調するように玉座から腰を浮かせ、部屋へと戻った――
* * *
翠芭が一報を聞いた直後、レーネからは「すぐに避難できるように」という指示が成された。よって貴臣達と協力してクラスメイト達をまとめていたのだが、
「……さすがに、こればかりは予想外だったな」
と、貴臣はふいに発言する。
「敵は何重にも策を仕込んでいた……そしてこちらは完全にしてやられた形になる」
「私は……」
自分が戦えれば、と吐露しそうになったのだが、貴臣はそれを否定する。
「前回の邪竜という存在に挑めるだけの力を持っていなければ到底敵わない相手だ。僕らが現時点でどれほど訓練をやろうとも、どうにもならない相手だったさ」
「それは、そうかもしれないけれど……」
「今僕らにできることは、クラスメイトに被害を出さないために迅速に動くことだけだ」
きっぱりと貴臣は告げる。それを見て翠芭は意図的に避難のために思考を集中させるようにしているのだとわかった。
気に負う必要はない――そもそもアレイスという敵の総大将が出張ってきているのだ。どれだけあがいてもこの世界にやって来てほんのわずかな時間しか過ごしていない翠芭に勝てる道理はまったくない。
聖剣を完璧に使いこなすなど、いくら剣を振っても不可能だった違いない。だからこそ誰も翠芭に背負わせるつもりはなく、むしろ今後のことを考えて絶対に交戦させないよう準備を行っている。
「――スイハ」
レーネが近寄ってくる。彼女は完全武装状態であり、既に臨戦態勢に入っていた。
「クラスメイトは全員、準備できたか?」
「はい」
「ならば侍女達と共に城を出てくれ」
「あの……レーネさんは?」
「私は当然、アレイスと戦う」
きっぱりと、それでいてどこか悲壮感すら漂う空気。もしアレイスと対峙したら、命はない。そんな予感を抱いている様子。
翠芭はどう声を掛けようか迷ったのだが、レーネにとってはそうした所作で何が言いたいのか察した様子で、苦笑する。
「スイハが考えるとおり、分の悪い戦いだ。勝算は限りなく低い。アレイスの技量について判然としないところもあるため、どこまで持ちこたえられるかわからない」
そう語ったが、レーネは笑顔を見せた。
「ただ決して勝機がないわけではないさ。相手は邪竜の力を得ているにしても、剣術など技両面においては知った相手となる。その辺りを上手くつけば、十二分に見込みはあるさ」
楽観的に言うが――レーネ自身厳しいと自覚しているのは翠芭もわかった。
だがそれをこの場で口にしても、意味はない。自分にできることは、クラスメイトの安全を確保することだけ。
「わかりました……その、ご武運を」
「ああ、必ず食い止めてみせる」
レーネは立ち去る。その後、入れ違うように侍女が姿を現し、翠芭達の避難誘導を始める。
「行こうか」
「うん」
貴臣の言葉に頷き、翠芭はクラスメイト達を呼ぶ。そこで信人や花音が姿を現した。二人が引率として他のクラスメイト達がぞろぞろと廊下に現われる。
おそらく今回の事態は、ディーン卿襲来の時よりも遙かに危険なもの。しかしバタバタしているとはいえまだ城内の雰囲気はそこまで悲壮的なものではない。
それはまるで、嵐の前の静けさ。この戦いで騎士達は、レーネは――嫌な想像を振り払い、翠芭はクラスメイト共に歩き始めた。




